二章⑤
「ルーナ……!?」
飛び込んできた彼女を抱き止め、サルファードは蒼い双眸を驚きに見開く。
この光景はゲームで見たことがある。攻略キャラの好感度がマックスになると発生する、朝の挨拶イベントだ。これがゲームなら美麗スチルに喜ぶところだが、設定になかったサルファードの本性を知っている私は真っ青になって震え上がった。
(ひい……っ!? あ、あのサルファードに断りもなく抱きつくなんて、ルーナったらなんて恐ろしいことを……っ!!)
ルーナはサルファードの本性どころか、シナリオ上、まだ暗殺者だということすら知らない。だが、それ以前に彼は公爵家の嫡男だ。
国力の要たる優秀な魔法士達の養成のために、公爵家の命を受けて特別講師に着任している最高位貴族に対して、婚約者でもない女性が抱きつくなんて。
(そ、そういえば、モーヴハルト王子ルートでルーナが同じことをしたとき、プリマヴェラが無礼者だって滅茶苦茶怒ってたな。あれは悪役令嬢キャラの嫉妬じゃなくて、貴族として当然の怒りだったんだ……! どうしよう、もし、サルファードが怒ってルーナになにかしたら……!!)
ルーナにもしものことがあれば、闇堕ちエンドの回避どころではなくなってしまう。
そのときは、この身を挺してでも止めるしかない……!
彼がいつ袖口の暗器に手を伸ばすかと震えながら見つめていると、サルファードの蒼い目が、何故か一瞬だけ私を向いた。そして、無言のまま、腕の中のルーナにスッと手を伸ばす。
(ダ、ダメえーーーーーッ!?)
ーーポン、なでなで。
「おはよう、ルーナ。朝から元気だね。君に会うと、荒んでいた気持ちまで明るくなるよ」
「えへへ! ルーナが元気なのは、サルファード先生に会えたおかげですっ! プリム様のお葬式の後、ずっと学園を休まれていたから、すっごく心配していたんですよ?」
「おや、本当かい? 心配をかけてしまってすまない。もう大丈夫だから、どうか安心しておくれ」
(あ、あれ……?)
なでなで、とルーナの亜麻色の髪を撫でながら、にっこりと微笑むサルファード。
ルーナはそんな彼をうっとりと見つめ、頬を薔薇色に染めて、一段と愛らしくはにかんだ。
ーーサルファードだ。
今、目の前で愛おしげにルーナを撫でているサルファードこそ、ゲームで目にしてきた彼そのものだ。ほんの数秒前までの絶対零度無表情毒舌キャラな彼からは想像できないほどの豹変ぶりに、言葉も出ない。
(…………誰? い、いやいやいや! いくらなんでも変わりすぎでしょ!? 猫被りすぎだし、頭撫ですぎだし……!!)
確かに、彼の任務はルーナを懐柔することなのだろうが、あの幸せそうな笑顔はどうだ。
ーー絆されている。
あのサルファードが、完全にルーナに絆されているではいか。
彼がルーナへの恋心を自覚するのは闇堕ちした後のはずだが、これはもう、すでに好きになってしまっているに違いない。
そう思えてしまうくらい、目の前のサルファードは幸せそうだ。
(な、なんだか意外だな……。てっきり演技してるだけだと思ったけど、違うのかな。あんなに幸せそうな顔が出来ただなんてーー、あっ!?)
仲睦まじい二人の様子に見入っていたら、ガタンッ! と椅子が鳴り、教室中央の席に座っていた金髪碧眼の生徒が立ち上がった。
モーヴハルト王子だ。
しかも、純白の制服バージョンの彼だ……!
ゲームのパッケージイラストから飛び出して来たような推しの登場に、「ぃよっしゃあああああーーーーッ!! 尊い! 尊いいいぃーーーーーッ!!」と天を仰いで声無き大歓声を上げる。そんな私を尻目に、王子は颯爽と前に進み出ると、ルーナの手を取り、まるでワルツを踊るように優雅に抱き寄せた。
「ルーナ、サルファード先生がお困りですよ? 婚約者でもない女性が、男性に対して不用意に抱きついてはいけません。ーー先生も、あまりルーナを甘やかさないでください」
「ふふっ! すまない。無邪気に駆け寄ってきた仔犬が、あまりにも可愛らしかったものだから、ついね」
「モーヴ様は厳し過ぎます! ようやく先生にお会いできたんですから、少しくらいギュッてしてもいいじゃないですか!」
ぷうっと頬を膨らませるルーナに、王子は困った顔をしながらも、「まったくもう、貴女という人は……」と苦笑する。そして、握った彼女の手を優しく両手で包み込み、その手の甲に、そっと口づけを落とした。
「私だって、可愛い貴女の我儘は全て叶えてあげたいのですよ? でも、こればかりは譲れません。ーーどうか、私以外の男性に、貴女の肌に触れさせないでください」
「モーヴ様……!」
(おおっ! すごい……! 手の甲にキスするってことは、サルファードだけじゃなく、王子の好感度もマックスなのか! 二人とも、好感度を上げる条件はかなり難しいのに、攻略サイトもない初見プレイでここまで攻略するなんて、流石はリアルのヒロイン……!!)
間違いない。これは、絶対にいい子だ。
サルファードルートは、サルファードと王子の二人に取り合われる、いわゆる『板挟みイベント』の連続だ。サルファードにも王子にも嫌われることなく、二人ともに愛情と優しさをもって接しなければ、終盤に到達することさえできない。
誰も傷つけたくない。
どちらも失いたくない。
この世界のルーナがサルファードルートに進んでしまったのは、きっと、そんな優しい気持ちからだったのだろう。
そんなルーナをあんな凄惨な運命に向かわせるわけにはいかない。王子や彼女の幸せな未来のためにも、きちんと謝罪して仲良くなって、サルファードの闇落ちエンド回避に協力してもらわなければ。
幸いにも、ルーナのおかげで教室内の空気は和やかだ。王子の口づけに真っ赤になって照れるルーナの可愛らしさに、教室中の生徒達が温かな目をしている。見えない花畑が一面に広がっているような穏やか雰囲気に、言い出すなら今しかないと、意を決して二人の前に進み出た。
深呼吸、一つ。
「あ、あの……! ルーナ様、モーヴハルト王子! ご、ご無沙汰しております……! 私、プリマヴェラ・アーベル・シーカリウスは、お二人にどうしてもお伝えしたいことがあり、ここへ参りました! ど、どうか、私の話を聞いてはいただけないでしょうか……!?」
「え……っ?」
「は……?」
だが、私の言葉が響き渡った瞬間。それまで甘やかに見つめ合っていた二人の顔が凍りつき、教室内の雰囲気が豹変した。
「プリマヴェラーーーーーーーーーーーーッッ!!??」
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