二章④
『復帰って……私、暗殺者に狙われてるのに、学園に通ってもいいんですか?』
『構わないよ。勿論、狙われていることは他言無用だけど、通ってもらわなければ困る。俺には別の任務もあるから、学園を離れるわけにはいかないんだ』
別の任務とは、ゲームで彼が遂行していた月の乙女の懐柔のことだろう。わかりましたと頷きながら、これはチャンスだと内心で拳を握った。学園に通うことができれば、ルーナが知らずにイベントのフラグを立ててしまうのを阻止できる。それなら、たとえシナリオ終盤でも、闇堕ちエンドを回避する手が見つかるかもしれないーー
『そんなに難しい顔で考え込まなくてもいい。あの学園には、この公爵邸や王宮と同レベルの強力な防御結界が施されている。警備も厳しいから、並の暗殺者では近づくこともできない。つまり、考えうる限り最も安全な場所ということだ』
『えっ? あ、な、なるほど……!』
闇堕ちエンドの回避方法を思案していたら、学園生活に不安があると思われてしまったようだ。慌てて頷く私に、サルファードは長い腕を組みながら言った。
『ーーとにかく、暗殺者のことは俺に任せて、お前はしっかりと勉学に励みなさい。学園の卒業は貴族の義務だ。成績不振で落第したり、卒業の見込みがない場合、今度こそ父上に存在を抹消されてしまうからね』
『ええっ!? そ、それって、この屋敷に連れて来られたときみたいに、処分されてしまうかもしれないってことですか!?』
『そう。いくら契約でも、公爵家の決断には逆らえないから、その場合は俺も庇えない。殺されないためには、死ぬ気で勉強して卒業するしかない。ーーでも、大丈夫だよ。お前が一度でも赤点を取るようなことがあれば、命を守るという契約に基づき、学園の教師であるこの俺が直々に指導してあげる』
ヒュ……ッ、パシィインッ!!
ーーと、どこからともなく取り出した漆黒の教鞭を手のひらに打ち付けるサルファードは、無表情ながらもとてつもなく楽しそうに見えた。
(あんなもので引っ叩かれながら指導されてたまるもんですかっ! サルファードが持つとただの教鞭も凶器に変わる! ーーっていうか、もはや怪しいプレイに使う怪しい鞭にしか見えなかった! 赤点だけは、絶対に取らないようにしないと……!)
昨夜の記憶をブンブンと頭の中から振り払い、制服の胸元をギュッと握り締める。
学園の授業は三つの種類がある。医師の診断によると、私の魔力はまだ回復していないらしく、魔法実技の授業は免除してもらえることになった。あとは座学と魔法錬金術の授業だけど、教材を確認した限り、ゲームの知識があればなんとか乗り切れそうだ。
問題は授業よりも、サルファードの闇堕ちエンドをどうやって回避するかだ……!
「さあ、体調が落ち着いたならさっさと立ちなさい。教室はすぐそこだよ。ーーそれとも、葬儀のときのように抱いていってあげようか……?」
「ひゃあああっ!?」
ゾクリと鳥肌が立つような妖艶な声音で囁かれ、思わず叫んで飛び退いた。サルファードは顔もいいが、同じくらい声もいい。不意打ちの低音美声の迫力たるや、耳が溶けるとはまさにこのことだ。真っ赤になって叫ぶ私に、サルファードは無表情ながらも、ほんの数ミリだけ眉間に皺を寄せた。
不快そうに。
「……煩い。生前にも増して色気がないね、お前は。冥土に置き忘れてきたんじゃないのかい?」
「い、いきなりこんなことしておいて、理不尽な文句を言わないでください……っ!! それに、お姫様抱っこは絶対に遠慮しておきます! あのときはそれどころじゃありませんでしたけど、人前で抱っこされるなんて、恥ずかしいですよ……!」
「恥ずかしいんだ。ふぅん……」
「……な、なんですか? その意味深な『ふぅん……』は」
「別に。さ、抱っこが嫌なら自分の足で歩きなさい。下僕がご主人様を煩わせるものではないよ」
サラリと言って、サルファードは純白の導衣を優雅に翻しながら、回廊の先にある教室の扉へと私を引きずっていく。その冷たく意地悪な態度。やっぱり大地雷だと再認識しながら、いよいよだと気を引き締め直す。
寝不足になったのは悪夢だけのせいではない。前の世界で得たゲームの知識を総動員して、闇堕ちエンドを回避する方法を夜通し考えていたからだ。
シナリオはもう終盤だが、突破口はある。
プリマヴェラが国外追放されて死亡した後、間もなくしてサルファードの闇堕ちイベント『黒の森〜闇に目覚めし者〜』が発生する。
闇の魔力から生まれし悪しき存在ーー『魔物』。魔王の封印の綻びにより王国各地に現れた魔物を、ルーナは攻略対象達と力を合わせて討伐し、恋と絆を深めることで、光の魔力を成長させてきた。黒の森の魔物は、その最後の一体だ。
このシナリオの最後で、サルファードはルーナを庇い、闇の魔力による攻撃を受けて意識を失ってしまう。彼はルーナの治癒の力により意識を取り戻すが、闇の魔力の影響で心を蝕まれ、闇堕ちしてしまうのだ。
闇堕ちしたサルファードは、それまで自身の内に押し込めてきたルーナへの愛情を溢れさせ、歪ませていく。
その歪んだ愛情は、ルーナを自分から奪おうとするモーヴハルト王子への憎悪に代わり、あの凄惨な闇堕ちエンドに繋がってしまうのだ。
(でも、このイベントは自然発生するものじゃない。魔物討伐に苦戦するルーナがサルファードに悩みを相談した際、息抜きにと誘われる休日デート……! このフラグさえへし折れば、その後のイベントは発生せず、攻略失敗のノーマル卒業エンドを迎えることができる……!)
そのためには、なんとしてでもヒロインのルーナに会って、彼女との関係を改善しないといけない。
この世界のプリマヴェラができなかったこと。
今の私だからできること。
『ルーナにきちんと謝罪をし、仲良くなって、闇堕ちエンドの回避に協力を求める』。
ーー私は、そのためにこの学園に来たのだ。
(大丈夫! ルーナは、突然呼び出されたこの世界を救うために命をかけて戦ってきた、優しくて勇敢な、ヒーローみたいな女の子だ。きっと、悪役令嬢である私の言葉にも耳を傾けてくれるはず……!)
大丈夫、と自分に言い聞かせる私に、サルファードは教室の扉に手をかけながら冷ややかな声で言った。
「お前の席は中央の最前列だ。言っておくけれど、俺との契約は護衛であってお守りじゃない。暗殺者からは守ってあげるけど、生徒達とのトラブルには一切寛容しないから、どれだけ風当たりが強かろうが、自分で対象しなさい。『自分が流した血は自分で拭き取ること』というのが、シーカリウス家の家訓だよ」
「は、はい……」
「まあ、俺の場合は殺しても血なんか流さないけど」と、物騒なことを呟きながら、サルファードは教室の扉を開く。
ついに、この世界のヒロイン、ルーナに会えるのだ。
ドキドキと高鳴る鼓動を抑えながら、彼に続いて足を踏み入れたーーその途端、「サルファード先生!」と明るい声とともに、一人の女生徒が元気いっぱいに駆け寄ってきた。
この規律厳しい学園で、そんなことをするキャラクターは一人しかいない。
(ま、間違いない! あれがーー)
純白の制服姿の、小柄で可憐な少女。
その溌剌とした姿に、ドクンと心臓が高鳴る。
肩で弾む亜麻色の髪。キラキラと澄んだ湖面のように陽光を反射する、琥珀色の瞳。
ーー月の乙女、ルーナ。
彼女こそが、この乙女ゲーム『ルミナス・テイルズ』のヒロインだ。
(ふわああっ!? か……っ、可愛いいい……っっ!! こうして実物を見るとアイドルみたいに可愛い子だなあっ! なんていうか、人懐っこいワンコっぽい!)
軽やかな動きに合わせてフワフワと揺れるセミロングが、尻尾を振っているみたいだ。
ルーナは一直線にサルファードに駆け寄ると、迷わずその腕の中に飛び込んだ。
「おはようございますっ! サルファード先生!」
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