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二章②




「嫌ああああーーーーッ!! ーーふわあっ!?」


 ーードシンッ!!


 突如、身体を襲った衝撃に、ハッと目が覚めた。

 

 気がつけば、私は広々としたベッドの縁から転がり落ち、優美なゴブラン織りの絨毯が敷かれた大理石の床に、しこたま頭を打ち付けていた。


 視点の定まらない視界の中、天井のシャンデリアがグルグル回る。冷や汗でびっしょりになったナイトドレスが、肌に張り付いて気持ち悪い。


「…………ゆ、夢?」 


 むくりと起き上がると、紫の薔薇のレリーフを基調とした豪華絢爛な寝室が目に飛び込んできた。ここは私のーープリマヴェラの寝室だ。


 無理矢理に握らされた暗器の冷たさも、力を加えるごとに濃さを増す血の匂いも……どこにもない。

 

 眩しい朝日に照らされた室内をじっくりと見渡して。


 そうしてようやく、さっきまでの生々しい光景が、全て夢だと気がついた。


「はああああ……っ! 夢でよかったああ……! 全く、私としたことが、なんて悪夢を見るの! いくら乙女ゲームの世界でラスボス(サルファード)の下僕になったからって、推しをこの手で殺すなんてーー」


 ありえない、と言いかけて、ハタと思い直す。


 数日前。ひょんなことから乙女ゲームの悪役令嬢プリマヴェラとして生き返ってしまった私は、暗殺をやり直しに来るであろう暗殺者から命を守ってもらうため、義兄であるラスボスヴィラン、サルファードと契約を交わした。


 命を助けてもらう代わりに、彼の下僕になって仕えると。


 ーーしかし、よく考えたら、下僕になってなにをするのか、具体的なことはなにも聞いていない。


 もしかしたら、さっき見た夢のように、命を助けてもらう代わりに彼の下僕となって監禁調教。暗殺術を叩き込まれて命じられるまま王子を殺害させられるという可能性も充分考えられる。


 なんてことだ。


 このままでは、愛する推しをこの手で殺めることになってしまうかもしれない。


「無理無理無理っ!! 推しを殺すなんて、そんなの闇堕ちエンドより酷いじゃないの! も、もしそんなことをさせられそうになったら、全力で拒否しないとーー」


「朝っぱらから煩いね、お前は。床の上でなにを騒いでいるんだい?」


「ヒイッ!?」


 バッ、と声のした方に顔を向けると、サルファードが寝室の扉に背を預け、冷ややかな瞳で私を見つめていた。


 黒づくめだった夢とは違い、銀髪蒼眼の偽りの姿だ。いつものことながら、声をかけられるまで気配は一切無し。国家最強の暗殺者の実力を悠然と見せつけるサルファードに、バクバクと騒ぐ心臓を抑えつつ震え上がった。


 多忙なサルファードが朝に顔を出すのは珍しい。この屋敷に連れて来られてから絶対安静の療養を続けているが、彼が様子を見に来るのは決まって夜だ。


 一体、こんな朝っぱらからなにをしに来たのだろう。


 床にへたり込んだまま身構える私に、彼は相変わらずの無表情のまま近づいてくるーーその足取りに合わせて優雅に翻る衣装に、私はあっと声を上げた。


「金の満月と杖の紋章が印された、純白の導衣(ローブ)……!! それって、ルミナリス王立魔法学園の教員服ですよね!?」


「そうだけど。そんなに驚くようなものかい?」


 コツ、と私の前で足を止め、サルファードは長く垂れた導衣の袖を広げてみせる。右手を腰に、モデルのように美しく立つその姿は、追加配信されたサルファードルートで初公開された、教師バージョンのサルファードの立ち絵そのものだ。


 輝く銀の髪。冴え冴えとした蒼い瞳。


 隙一つない美貌に、眩いばかりの純白の導衣を纏ったサルファードは、闇堕ち後の黒づくめの姿と比べると天使と悪魔ほど違う。こうして間近で目にする彼は、ラスボスヴィランとは思えないほど毒気がなく、女神のように神々しい。


(うわあああ……っ!! 悔しいけど顔がイイッ!! この姿が公開されたとき、サルファード推しのファン達が尊いしんどい無理とSNS上で大騒ぎしていた気持ちが、ほんのちょっとだけわかるような気がする……っ!)


 至近距離から物理的に衝突してくるかのような麗しさに、思わず唖然と見惚れてしまう。すると、サルファードはふいに長身を屈めーー何故か、私の身体をドサリとその場に押し倒した。


「……へ? ええっ!? な、なんですか、義兄様!? まさか、また私を殺すつもりなんじゃ……!」


「違う。どうやら、まだ寝ぼけているみたいだね? 『明日から学園に復帰させるから、六時には起床して、登校する支度を済ませておくように』ーー昨夜、俺は下僕であるお前にそう命じたはずだ。それなのに、どうしてまだそんな格好でいるのかな?」


「が、学園……?」


 学園というのは、サルファードの勤め先でもあるゲームの舞台、ルミナリス王立魔法学園のことだろうか。あの悪夢に全てを吹き飛ばされてしまっていたが、言われてみれば、寝る前にそんな話をしたように思う。


(そういえば、制服や鞄も渡されてたんだった……! ど、どうしよう、すっかり忘れてた……!)


 床に押し倒されたまま、ダラダラととんでもない量の冷や汗をかく私に対し、サルファードはくりっと真顔を傾げた。


 その目。


 磨き抜かれた暗器の刃よりも冷たく光る蒼い瞳に、スゥッと暗い影が落ちていく。


 ーー怒っている。


 表情がないから非常にわかりにくいが、この全身が凍りつくような殺気。間違いなく絶対に怒っている。


「ふぅん……? まさかとは思うけど、ご主人様の命令を忘れて、こんな時間まで暢気に寝こけていたわけではないよね? いくら生き返ったお前が、生前のプリマヴェラとは似ても似つかないほど警戒心がなくてポンコツなお馬鹿さんでも、そこまで命知らずではないはずだよね?」


「ーーーーッ!? そ、それはその……っ! 実はちょっと悪い夢を見てしまいましてですね、寝不足というか、不可抗力というか、に、義兄様のご命令に背くつもりは、これっぽっちもなかったんですけどーーひゃああっ!?」


 ガシッと、サルファードの左手が見えない速さで私の両手を掴み上げ、頭の上で拘束した。まただ。初日にもされたこの拘束、決して強い力を込められているわけではないのに、関節や筋肉の動きを完璧に封じられているせいで、指一本動かせない。


 拘束した上、問答無用で馬乗りになってくる彼に、まさか今度こそ義兄と義妹の禁断のなにがしが始まってしまうのかと逞しい想像力が火を吹いてしまうがしかし、ああいうものは二次作品だから楽しめるのだ。夢設定は苦手だし、ましてや相手が大地雷のサルファードだなんて言語道断嫌である。


「な、ななあな……!? なにをするんですか! お戯れはおやめください、義兄様っ!!」


「なにって、お仕置き。言い忘れてたけど、俺、自分の命令に背かれるのが大嫌いなんだよね。だから、二度と背く気が起こらなくなるように、じっくりと躾けてあげるよ」


 言いながら、サルファードは眉一つ動かすことなく、空いた右手を私の身体に向かって躊躇いなく伸ばして来た。


 そしてーー


「い、嫌ああああっ!! ごめ……っ! ごめんなさい、義兄様ッ!! 嫌っ! それだけは、嫌あああああーーーーーーーーッッ!!」


「ははは。今頃謝っても、もう遅いよ」


 爽やかなモーニングティーの香りが漂う朝の公爵邸に、サルファードの無機質な笑い声と、私の悲壮な悲鳴が幾重にも響き渡る。


 そして、その悲鳴はその後約一時間、一秒として途絶えることはなかった。



           ***




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