魔法
翌日学校へ行くと、隣の席にはちゃんと詩が座っていた。昨日のことを思い出すと、胸のあたりが温かい。
机の上には「婚約おめでとう」とか「詩ちゃんを泣かしたら許さないよ」とか、好き勝手な寄せ書きみたいなのが置いてある。山内さんの「誰にも言わない」は、一晩で簡単に破られたらしい。
詩は「ほっときゃいいのよ」と平然としているが、和音はますます恥ずかしい。うつむいて、前髪の奥に顔を隠したくなった。
今の和音の髪型は、基本はマッシュウルフというらしい。詩の行きつけの美容室でカットしてもらったのだが、あえて分け目を作らず、横もすきすぎず、襟足も少し残してある。前髪は「うざバング」というやつで、目元にしっかりかかるくらい長い。
この髪型のすごいところは、前髪を分けて少しおでこを見せ、横の髪を耳にかけてピンで留めるだけで、もっさりした陰気な男子が、たちまち明るく可愛い女子に変わってしまうところだ。
これは詩が信頼している美容師の魔法だった。和音が簡単に男子と女子を行き来できるのは、この魔法のおかげでもあった。
土曜日の午後、石上のところへ遊びに行き、例の山内さんの件を伝えた。
「女の子?」
「うん。クラスの子がどうしても石上くんを紹介してって言うんだよ。ムリなら仕方ないけど、どうかな?」
「ま、まあ和音と詩子の頼みなら断るわけにはいかないな。しかたねえなあ。ははっ、ははは」
明らかに石上くんは舞い上がっていた。この間まで、なごみが忘れられないって言ってたくせにね。
「山内詩織ちゃんていうんだけど、どんな子か気になる?」
「まあ俺は見た目は気にしないがな。……気にしないけど、一応聞くけど、か、可愛い子か?」
「うん。石上くん、たぶん好きなタイプだと思うよ」
和音はもう、外出するときは自然に音の服を選ぶようになっていた。石上がそういう雰囲気を好むことも、なんとなくわかっている。
「いやあ、断りたくねえなあ。うん。女の子を泣かすのはいかんよな。な?」
放っておいたら、本当に空に浮いていきそうな勢いだった。
「それとさ、あと2人ぐらいバスケ部で彼女がいない人を誰か連れてきてよ。彼氏探してる子たちから頼まれたんだよ」
「おう、聖華の子を紹介するって言えば、断る横浜男子はいないぜ」
「でもね、みんな詩ちゃんの昔からの友だちだから。変な人を混ぜたら、あとでボクが怒られるからねよ」
石上がちょっとだけ真顔で頷いた。
そのままカラオケに行く。詩は用事があると言ってこなかったので、ふたりで久しぶりにたっぷり歌ったのだった。
さて、翌週の月曜日のこと。登校した和音たちのところへ、少し憂鬱そうな顔で詩織がそっと近づいてきた。
「あのさ……石上くんは、もしかして彼女がもういるってことはない?」
「まさか。学園祭にも来るって言ってたんでしょ?」
詩が和音に確認するので、「うん」と短く返事をする。
「でもね、土曜日に見ちゃったんだよね。彼がカラオケ屋さんに女の子と腕組んで入ってくとこ」
うわ、やっちゃった。それ、僕だ!
僕が音になってるとき、石上くんは腕組んで歩きたがるんだ。
詩が和音をジロリとにらんでから、視線を詩織に戻した。
「へえ、どんな子だった?」
素知らぬ顔で詩が聞いた。
「同じ年ぐらいで、ショートカットのかなり可愛い子だったよ。背は私と同じくらいかな。身長差もあったし」
詩織はため息。
「ああ、それ私のいとこ。三人でカラオケに行くところだったけど、私が急に行けなくなって。で、ふたりで行ってきてって」
詩がごまかしてくれた。
「でも、すっごい仲よさそうだったよ。腕組んでくっついてたもん」
口を尖らせてる。和音はもう一度、詩からにらまれた。
「大丈夫だって。あの子も小さいころからの兄妹みたいな友だちなんだよ。今度学園祭に来るから、紹介するよ」
「本当に?」
「もちろん。さんちゃんは誠実さが取り柄だから、安心して」
「うん、わかった」
詩織の顔がパァッと明るくなって、自分の席に帰って行った。
「ふーん、仲がいい子がさんちゃんにもいるのかなあ」
和音をじとっとした目で見ながら、詩がささやいた。
「だから、あれはボクで……」
コソッと呟く。
「あら、仲がよろしいことで」
そう言って詩は立ち上がると、
「ふん、キスなんかしてあげるんじゃなかった」
とそっと言い残して、おしゃべりをしてた女子グループの方へ行ってしまったのだった。




