じゃあ、測ろうか
やっと和音からの返信が来て、授業中ではあるが、詩はそっとスマホの画面を見た。
なんですと? 寝坊したから、ラテを飲みに行く?
「先生」
詩は右手を高くあげた。
「西園寺さん、どうしました?」
「お腹が痛いので早退します」
先生が何か言いかけたが、詩はリュックを持つと、《《元気》》に教室を後にしたのだった。
和音が入ってきたのは、詩がお店に入って1時間以上後のことだった。
「詩ちゃん、何してんの? 学校は?」
和音がたいそう驚いたのは当たり前だろう。
「サボっちゃった」
ペロッと舌を出す。
「ダメでしょ、学校サボったら」
「それ、寝坊した人が言う?」
目を合わせ、そのうちお互いに笑いがしばらく止まらなくなった。
「でも詩ちゃん、本当になんでここにいるの?」
「だってさ。音ちゃんがいない学校って、つまんないんだもん。そこにトークの返事があったから、音ちゃんから呼ばれてる、行かなきゃ!って思っちゃったんだよね」
それは本心だった。教室の和音がいつもいるところに空の机がポツンと置かれていて、寂しくて。
「呼んでない、呼んでない」
和音が大げさにパタパタと顔の前で手を横に振って笑って言う。
「呼んでないけど……うれしかったよ。うん。なんか、そこに詩ちゃんが座ってて、実はすごくホッとした」
和音がその白い頬をぽっと染めた。
「ねえ音ちゃんて、ひとりのときにワンピとか着て街を歩いたことって、今まであった?」
一瞬何か言いかけた和音が、唇をつぐんで小さく首を横に振った。
「だよね。だからさ、お店に入ってきた音ちゃんを見たとき、ちょっと驚いたの。私と待ち合わせるわけでもないのに、その服を着てたから」
和音が視線を落として、テーブルを見つめている。詩は黙って和音が喋り出すのを待った。
やがて和音がゆっくりと視線を上げて口を開いた。
「……確かめたかったんだ」
「何を?」
「ボクは、何を着ててもボクで間違いないのかなって」
ああ……
詩はすぐに言葉が出てこなかった。和音の言葉は、きっと軽々しく答えていいものじゃない気がしたからだ。
「ボクがこの服を着て街を歩いてても、誰も気にならないみたい。きょうはメイクも何もしてないんだけどね」
和音がとつとつと話を続ける。
「うん」
詩は小さく相槌を打つ。
「てかさ、遊び行かない? とか、モデルにならない? とか」
「へえ、ナンパされたんだ」
「うん。ちょっと洋服とか見て歩いてるだけなのに、ねえねえ彼女、とか気持ち悪い男たちがすぐ絡んでくんだよ? ゆっくり街も歩けやしない」
和音は、プッと頬を膨らませる。もう、その仕草が可愛い。そりゃモテるわと思う詩。
「私だってひとりで街歩きしてたら、結構そういうことはあるよ」
音ちゃんほどじゃありませんが。
「でも変じゃない? だってボクは……ボクなのに」
和音は視線を落とした。
「誰にも、本当のボクが見えてないみたいだ」
詩は息をのんだ。
何か言わなきゃと思うのに、簡単な言葉を返していい気がしなかった。
「……ごめん。今、うまく言えないけど」
「うん」
「でも、音ちゃんがどんな服を着てても、私には出会ったときからずっと和音くんに見えてる」
和音が微笑んで言った。
「大丈夫だよ。ボクは詩ちゃんに感謝してる。ボクに似合う服を見つけてくれたのはキミだからね。でもたぶん、ボクがまだ、ボクを見つけられてない」
ふたりが黙り込んだテーブルへ運ばれてきたベーグルを詩はかじった。トッピングしたトマトがきょうはやけに酸っぱく感じた。
「きのう、詩ちゃんが言ったことさ」
「きのう?」
「うん。前よりふくらんでるみたいって」
ああ。
わかっていても一瞬、胸に目をやってしまう。
「うん」
「ボクの体は、ほかの男子と少し違う方向に成長してるみたいなんだよね。……声だけじゃなくて、体つきも」
「うん」
またしばらく黙り込んだ。
「じゃあさ、そろそろちゃんと合うブラ探したほうがよくない?」
自分、何言ってんの! それ、今言うこと?
「ご、ごめん。そういう意味じゃ……」
あわてて取り消したけど。
「そ、そうだよね。そうなんだよ。最近合わなくてさ」
和音が顔を真っ赤にして言う。
そっか。一応それも間違いではない、か。
「じゃ、決まり。行こか」
「行く? どこに?」
「銀座。行きつけのデパートに、すごいプロのいる、とびきりのランジェリーショップがあるの。せっかくだからちゃんと測ってもらわない? まあ、無理にとは言わないけど」
「銀座のデパート? この間みたいにナイクロとかじゃなくて?」
「だめ。この間とは話が違うの。今度はちゃんと見てもらった方がいいって。フィットすると全然違うから。ほら」
詩は強引に和音の腕を引いて立ち上がらせた。
「で、でも測るって、その、脱ぐってことじゃ……」
「大丈夫。そんな全部脱ぐみたいな話じゃないから」
腕を掴んだまま、レジでカードを出して精算して、ズンズンと歩く。
「だって、銀座なんてめっちゃ高いんじゃないの、そういうとこ。ボク、お金が」
「だからまかせといて。音ちゃんの記念だから、私からのプレゼントよ」




