変化したこと
「でも、体重は変わらないのに、最近、ちょっとブラがきつく感じるかも」
そう詩に言うと、彼女は首を傾げた。
「うーん、華奢なとこは見た目だと特に変わらないけどなあ」
そう言って全身を詩が見てる。
「でもね、ちょっときつくても実はブラをしてた方が逆に楽なんだよね」
「楽? じゃまじゃない? 私は取れるものならパーって取りたいけどなあ」
「もちろん家ではそうさ。でもほら、ブラしないで学校に行くとさ、体育の時間とか走ったりしてちょっと揺れる感覚とか、先端が服で擦れるからすごく嫌な感じなんだよね。他の男子よりちょっと脂肪がついてんのかな」
これは本当だった。最近、胸周りに脂肪が少しついた気がしてる。
「えっ?」詩が驚いた顔で胸を見た。「揺れるの?」
「う、うん。ちょっとだけね。ただの感覚だよ。そんな驚くこと?」
「ちょ、ちょっ」
腕を掴まれて木陰に連れて行かれる。
「なんだよ」
「ねえ、ちょっとのぞいていい?」
詩が和音の胸を指差した。まだ夏服なので、できないことはないが。
「詩ちゃんだからいいけどさ。何かあんの?」
ブラウスの1番上のボタンだけ外して、詩は人差し指を差し込んで和音のブラの中を覗き込んだ。
*
「ただいま」
女子制服のまま家に帰って、和音は詩から言われたことを考えていた。
音ちゃん、胸がふくらんでない? 体が丸くなってきたのも、ブラがきつくなってるのも、何かあなたの体に変化が起こってるのかも。
彼女はそう言った。
和音は洗面所の鏡の前に立ち、上半身の服をすべて脱いで、少し背伸びして上半身を鏡に映してみる。
最近、胸囲に脂肪がついてきたとは思っていたが、でも、ただ高校生になって太ってきただけだと、気にもしてなかった。ついさっき詩に言われるまでは。
小さいけど、確かに胸が軽くふくらんでるように見える。ただ脂肪がついてるだけじゃない。先端のピンク色が少し大きいのは気のせいかな?
腰に手を当ててみる。そういえば、腰の形も変わったって言われた。自宅に全身の鏡がないのでわからないけど丸くなってる?
そこへ扉が開いて、母が顔を覗かせた。
「何してんの?」
反射的に胸を手で隠してしまった。
「何よ、どしたの?」
母が笑う。
考えてみれば、いつもお風呂上がりに上半身裸でウロウロしてる。きっと母はボクよりボクの体をいつも見てたはずだった。
「あのさ、ボクの体、変……かな」
思い切って聞いてみる。
「変? どこが?」
「胸とか。女の子みたいじゃない?」
「ああ、確かにちゃんと成長してきたよね」
ちゃんと?
「ちょっと服着てリビングにおいで。座って話そうか」
そう言って、母は優しく笑った。
「ちょっと調べてみたんだよね」
2人掛けのソファーに並んで座ると、母はそう言った。テーブルには紅茶。
「調べるって、何を?」
「和音が声変わりしないでしょう? 体つきも柔らかくなってきたし。何が起こってんのかなって思ってさ」
「それはやっぱり、ボクが変ってこと?」
「変というのとは違うな。だって、背の高い人、背の低い人、男、女、年齢とか、人はみんな違って当たり前でしょ? それって別に変なことじゃないでしょ」
初めて会ったとき、詩ちゃんも同じようなこと言ってたな。
和音は軽く頷く。
「人間って、最初はみんな同じなんだって。お母さんのお腹の中ではね。そこから男の子、女の子って分かれていくんだけど、その分かれ方や体の育ち方は、みんながみんな同じじゃないんだって。両方の特徴を持つ人もいるし、思っていたのとは違うふうに体が育っていく人もいるの」
「それが、ボク?」
「うん。だからお母さんは変だなんて少しも思わない。自分でも想像してなかった方向に体が成長したら、びっくりもするし、不安にもなるよね。でも、それで和音が和音じゃなくなるわけじゃないでしょう?」
うん。
和音はそれだけやっと返事をしたんだ。
その日の夜、何かが不安でよく眠れず、目が覚めたのは、すでに学校に行く時間を過ぎていた。
あわてて飛び起きてリビングに行くと、朝食がテーブルに置いてある。
母はもう仕事に行ったみたいで、テーブルの上にメモが一枚。手に取ると柔らかい母の文字。
おはよう。学校にはお休みの届けはしてるから、今日はゆっくりしていいよ〜
和音は遅い朝食をとりながら、母の文字をゆっくりと何度も読み直した。
スマホを見ると、詩からのトークが何件も入っていた。そういえば、昨夜から一度もアプリを開いてない。昨日、あれから何をしていたのか、実はよく覚えてない。
画面をポンとタップする。
ねえ何してる? とか、おーい、とか。今朝は、おはよう、から始まり、行ってきまーす、とか、学校着いたよ、とか。そんな短いトークが何通も入ってて、つい笑ってしまう。
ここにも、いつもそばにいてくれる子がいる。
「寝坊したから休むよ。お昼はラテでも飲みに行ってきまーす。勉強がんばって」
ポンと送信すると、すぐに既読がついた。こらこら、あなたは授業中でしょうが。
お昼前、どっちの服を着ようか迷って、和音は紺色のワンピースを手に取った。1人で出かけるときにこっちの服を着るのは初めてかもしれない。
それでもこれを選んだのは、僕が僕であることは、着ている服が決めるわけじゃない。和音はそれを心に留めたかったのだった。
街をひとりでプラプラ歩く。みんなもお休みなんだろうか。横浜の街は人があふれている。
しばらくプラついていつものお店のドアを開けると、正面のテーブルで詩が待っていた。




