徳島県にそびえ立つえ立つ巨壁 食の保存について考える 封入の章 後編
今日も今日とて駄文書き。日々面白いことや楽しいことを求めています。硬いお話からクッソネタまで幅広く色んな所が硬かったり柔らかかったりする筆者が書いております。
よろしければごゆるりと。
はいどうも~。
腹は減ったが作るのも頼むのも面倒な時はやっぱこれでしょ!っとお湯を沸かし始める今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
毎日食事を作るって大変なんで、時には手抜きをしたい。そんな時の強い味方がレトルトカレーです。世界初のレトルトカレーは大塚製薬のボンカレーなんですが、その大塚製薬の本社は四国の徳島県鳴門市にあります。
一部では有名な話なのですが、その鳴門市のあちこちにビルの壁面に描かれた大塚製薬の巨大広告が存在します。ポカリスウェットやオロナミンC、そして勿論ボンカレーもです。なんと全長10mを超えるボンカレーのパッケージの中で微笑む 松山容子。割とホラーです。
そんな一部地域に住む人間にしか共感を持って頂けず、何の得にもならないお話をした今回は食の保存について考える第5章 封入の章 後編 になります。前回は缶詰が発明されて48年後に漸く缶切りが発明されたことまでお話しました。その続きと参りましょう。
結局缶詰は発明されてから50年経った以降もとても高価な食品で、使用するのは軍用食の一部、探検家、船舶用非常食と非常に限られていました。量産体制が整って本格的に導入されだしたのはアメリカの南北戦争辺りからと言われています。
日本に缶詰の製造がもたらされたのが1871年(明治4年)だそうです。その6年後には北海道に大規模な缶詰工場が建設され、輸出用に鮭缶が生産されたそうです。当時缶詰は20銭、米1升が7.5銭である事を考えるとかなり高価ですね。
当然その後の日本でも缶詰は軍事物資として生産が続けられており、第2次世界大戦時にはお赤飯やみつ豆の缶詰、果ては缶詰爆弾なんていう武器まで開発されております。缶詰の無限の可能性を感じますね。
そして遂に日本が食品保存の大発明をします。レトルトカレーの元祖 ボンカレー です。レトルトは最初アメリカが軍隊用食料として缶詰に代わる保存用加工食品として研究が進められてきました。
1958年には試験的にレトルトパウチ食品として製造されています。これらは宇宙開発のアポロ計画での宇宙食に採用されて多くの注目を集めました。しかし、当時のアメリカでは冷凍冷蔵庫が普及し、冷凍食品が広く発売されていた為、全く広まりませんでした。
一方当時の日本では冷凍冷蔵庫の普及が進んでおらず、常温で流通・保存出来る缶詰に代わる新しい食品が求められていました。そこで1968年大塚食品工業がレトルトカレーの発売を開始し、爆発的に全国へ広がっていきます。
このレトルトカレーの開発に成功した大塚食品工業は大塚製薬が母体であり、医療用点滴などの生産をしていました。レトルト食品開発に必要な滅菌技術やパッケージ技術を持っていたことがその一端でしょう。
また、レトルトカレーが国民的人気を獲得したのはレトルト臭と言われる加熱不快臭が出やすいレトルトの弱点をスパイスを使ったカレーの香りで克服したことが大きな要因として挙げられると思います。
こうして今に残る保存食である瓶詰、缶詰、レトルトが世の中に出揃いました。これらが全部現在に残っているのは瓶詰、缶詰、レトルトそれぞれに長所があるからです。それでは各々の長所を挙げていきましょう。
瓶詰…中が見える、重さがあるので少し高級感がある
缶詰…容器が頑丈、一番保存性が高い
レトルト…重量が軽い、そのまま加熱してそのまま食べられる
今やこれらは用途や販売戦略に応じて使い分けられています。更にはそれぞれが進化し、今まで考えられなかったメニューがこれらの加工食品として登場して来ております。日々進化を続けるこれらの保存食はとてもありがたいですね。
最近では災害時の食品として水を入れるだけだったり、そのまま食べられる缶詰やレトルトが発売されています。水を入れるだけで食べられる五目御飯とかバンの缶詰だとか。皆さんも自分の家の非常食が賞味期限切れになっていないか確認してみてはいかがでしょうか。
嫁が会社で賞味期限切れになった災害用非常食を持って帰って来たので食べてみました。水を入れるだけで食べられるドライカレーでしたが普通のレトルト並みに美味しかったですね。
まぁ、こういう食事をしなければならないような羽目にならないことが一番ですが。関東大震災から100年、とりあえず備えるだけ備えておきましょうかねぇ。
今回はこの辺で。でわでわ~。
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