第166話(5-4-11)
「ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・うっ、うっ」
「____しろ、おい!!__ィ!ラヴィ!!」
無限に続く怨嗟の声の中、微かに私を呼ぶ声が聞こえた。
目を開けると、目の前に泣きそうな顔のルミナスがいた。
「・・・・・・・・ルミ、ナス」
「ああ、そうだ。良かった。正気に戻ったんだな」
「・・・・・え、と」
「夕方、センスがバス停で血を吐いて蹲って泣いてるお前を見つけて、それからずっと今まで魘されてたんだ。お前、ミーミルの姉ちゃんにああ言われたのを真に受けてナイトストームを探しに行ってたんだろ。ごめん、ごめんな。俺のせいで・・・・」
「ちっ、違う、よ・・・・・ルミナスの、せいじゃない・・・・私は、ただ・・・・」
「いいんだ、いいんだ。とにかく、『イテン魔法』が解けたみたいで良かった」
「イっ、『イテン魔法』?」
「ああ。お前が魘された原因は多分ナイトストームの『遺展魔法』じゃないかってウルザ先生が言ってた。『遺展魔法』ってのは上位の『罹人』が死んだあと自動的に発動する厄介な魔法だ。ちなみに、ウルザ先生がクマになったのも〝ズー〟って『罹人』の『遺展魔法』らしい」
「・・・・・そっ、そうなんだ」
『遺展魔法』が何なのか分かったが、それならナイトストームさんの『遺展魔法』は、あの最後の大爆発だった筈だ。それとは別に悪夢を見せる魔法も発動していたのだろうか。今度、あの場にいた他の人も私と同じように悪夢に魘されたか聞いてみよう。
それにしても、本当に酷い悪夢だった。未だに、頭に、声がこびり付いて中々離れてくれない。もうあんな思いはこりごりだ。
「なぁ、ラヴィ」
「なっ、何??」
「本当にごめんな。俺のせいで、俺が余計な事したせいで・・・・・お前まで。あの時、余計な事言わなければ、ミーミルもザクロも、お前も、こんな目に遭わず済んだのに。自分の力量も弁えず・・・・・全部全部俺が悪いんだ」
「それは違うわ、ルミナス」
私が言う前に、病室の扉からひょっこり横向きに顔を出した女性が言った。彼女の顔を見て反射的に「ヒエっ」と言ってしまった。彼女は、ルミナスと私をぼこぼこにした張本人、ミーミルのお姉さんだ。
「ルミナス、聞いたわよ。あなた『結界』に入った直後、『天装』でフラッシュを焚いて〝桔梗〟を助けたそうじゃない。あれがなかったら討伐隊は全滅してただろうって彼らが言っていたわ。何でそういう大事な事を先に言わないの?」
ミーミルのお姉さんが横向きにひょっこり顔を出したまま言う。
「えっ・・・・それは、なんか、反射的にやっただけで、本当に役に立ってたか、ぜっ、全分からなかったし、それに・・・・あの後、結局、討伐隊の先輩たちに、ずっと守って貰って・・・・・絶対足手まといに・・・・・」
「あれがなければ〝桔梗〟が落ちて、そこからなし崩し的に討伐隊は全滅していたそうよ。アンドロメダ様が駆けつける前にね」
「・・・・・」
ルミナスは何も言わなかったが、顔が確かに少しだけ明るくなっていた。多分、私も。ルミナスは、余計な事なんて何もしてなかったのだ。
「腹立たしいけど、あなたの行動はいたずらにポーラを傷つけただけじゃなかった。あの時は一方的に壁に叩きつけて悪い事をしたわね」
「いや・・・・・それは、でも・・・・・」
「それに、顔を殴ったあなたも、私が余計な事を言ったせいで変な気を起こしてしまって悪い事をしたわ。妹が、あんな目に遭って、気が動転していたの。許して頂戴」
「あっ、あっ、あのっ、全然、私は気にして・・・・ませ_____」
「という事で、あなたたち二人に素晴らしい提案を持ってきたわ」
ミーミルのお姉さんは私の言葉の途中でヒョイっと部屋に入ってきて不気味な笑顔で言った。えっ、なんだろう。恐い。
「すーーーーっ。ルミナス、ラヴァンローラ」
「らっ、ラヴィンロールです」
「ルミナス、ラヴィンロール。あなた達2人にドラクロワ家のスポンサー権限で『テンプル騎士団』を辞める権利をあげるわ!」
「「はい?」」
私とルミナスが同時に同じ返事をした。
「私なりに色々考えたの。妹は、あなた達が大切な『家族』だって全然譲らなくて意地でも離れようとしてくれない。でも、あなた達が『テンプル騎士団』である以上、今回のような事は必ずまた起こる。それに、あなた達のどちらかが死んでも妹は死ぬほど悲しみ心を病んでしまうかもしれない。なら、どうすればいいか。そう。あなた達が『テンプル騎士団』でなくなればいいのよ!!!そうすれば、妹は『身体』も『心』も傷つく事なく、普通の一貴族として平穏無事に安心して家の事に集中できる。心配しないで、祖父の代からの教会への援助を考えれば、教会が申し出を断れる訳がないわ!!衣食住も全部ドラクロワ家が責任を持って保証してあげる!!!」
「・・・・」
「・・・・」
それを聞いた私たちは顔を見合わせる。多分、いや、絶対、ルミナスも同じことを思っているだろう。出来る訳がない。ここの皆を捨てて自分たちだけ戦いを離れ、悠々自適に過ごすなんて。出来るはずがない。
「あの、お姉さん・・・・・・折角、ご提案なんですけど、そのっ、お断りさせていただきます」
「ごっ、ごめんなさい・・・・・わっ、私たち、だけ、戦いから、逃れて、のんびり過ごすなんて、とても・・・・・・出来ません。ごめんなさい」
「は?」
ミーミルのお姉さんは首をゴキっと90度曲げてそう言った。こっ、恐っ!!!
「なぜなの。訳が分からないわ。あなた達は『死』を望んでいるの?」
「違います。でも、俺たちは、一度『テンプル騎士団』になっちまった以上、人を傷つけ悲しませる怪物たちを見て見ぬフリなんて出来ない。お気持ちは、本当に嬉しいっすけど、それは出来ません。ごめんなさい」
「・・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
ルミナスがそう言うと、お姉さんは一呼吸置いた後、突然叫び声を上げ自分の頭をガリガリと掻き毟り始めた。
「じゃあ、じゃあ!!私はどうすればいいのよ!!!」
そして、膝を折り、泣きそうになりながら病室の床の白いタイルを素手で何度も叩く。その姿はあまりにも悲痛だった。きっと彼女にとって妹のポーラが全てなのだ。しかし、そのポーラは、ミーミルは、『テンプル騎士団』の私たちを家族と言って頑なに離れようとしない。もしも私が逆の立場だったら、私もお姉さんと同じような提案するだろうし、お姉さんと同じように苦悩するだろう。でも、こればっかりはどうするのが正解なのか全く分からない。お姉さんには本当に申し訳ないが、私たちは『騎士』なのだ。今の仲間を忘れて、自分たちだけ平穏無事に暮らすなんて、決して出来るわけがない。
「ああああああ・・・・あああ・・ああああ」
拳から血が出るまで床を叩いた後、蹲り、静かに呻き声を上げる。まるで、私が悪夢で聞いた呻き声のひとつのように悲痛な声。心がビリビリする。
しばらくして、呻き声が止んだと思うと、お姉さんは不意にシュっと顔を上げ急に真顔になった。いっ、いちいち動作が恐い。
「ルミナス、ラヴァ、私は諦めないわ。必ず3人とも幸せになれる別の道を探し出すわ。それまで、絶対に妹を守りつつ、自分たちも死なないようにしなさい。あなた達が死んだ時のポーラを想像するだけで頭がクラクラするわ」
「「はっ、はい!!」」
私たちは口を揃えて言った。
「本当に頼んだわよ」
お姉さんはスクっと立ち上がり、私たちの目の前まで自分の顔を持ってきて、それをまた90度に傾けながら言った。赤いギョロっとした目の『圧』が凄い。
彼女はそうやって私たちに『圧』を掛けた後、私たちを睨みながら、ドアの向こうにフェードアウトして行った。・・・・・・ひと悶着あったが、結果だけ言えばルミナスが自信を取り戻せたので、お姉さんが来てくれて良かった。多分ミーミルのお姉さん以外の他の誰が許したとしてもルミナスの心は救われなかったと思うから。そして、ルミナスの心が救われたと同時に私たち3人の中の誰も欠けてはいけない。それを改めて強く認識した出来事だった。
私は決して死ぬわけにはいかない。いかないのだ。




