第167話(5-5-1)
土曜日の朝、恒例の太極拳を終え食堂に向かっていると、食堂の外のラウンジでフリージャと隣のクラスのバンビが何やら話しているのが目に入った。フリージャは白いフリルシャツにぴっちりした黒スキニー、バンビは白のセーターに茶色のサロペットパンツを履いている。2人ともお洒落でよく似合っている。何の話をしているのだろう?あっ、バンビが声を荒げて怒っているみたいだ。少し様子を見に行った方が良いかもしれない。
いや、待てよ。今の私はワンポイント猫ちゃんの灰色パーカーに黒のジャージパンツのかなりラフな姿だ。向こうのレベルが高くてちょっと恥ずかしいな。いや、運動明けだから、仕方ない、よね?まあ運動する予定がなくてもても普通にこの組み合わせを使ってる事はよくあるけど・・・とにかく、喧嘩になる前に止めないと!
「おっ、おはよう、フリージャ、バンビ」
「あっ、おはよう。ラヴィータ」
「ハロー、ラヴィ。早速だけど、コイツは敵国のスパイだから気を付けた方がいいよ」
バンビは挨拶の後、間髪入れずにフリージャを指さしそんな事を言った。てっ、敵国のスパイ?!?!中々ぶっ飛んだ話が来たな。
「・・・・・・バレちゃったか」
指を差されたフリージャはいつもの優しくてどこか切ない口調で言った。随分、あっさり認めるスパイだな。
「ついに正体を現したわね。全く油断も隙もあったもんじゃない」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと、待って、何があったの???」
「よく聞いてくれたわね、ラヴィ。こいつがさっきうちのジッジが果物を作ってるところを見せて欲しいって言ってきたのよ!」
「そっ、そっ、それの、何が、何か問題だったの?」
「バカ!!!」
「ひえ!ごめんなさい!」
「いつも私が持ってくるメロンやいちごやラフランスがロクに土地も持ってないただの学生に家庭菜園感覚で作れると思ってる訳!?」
「たっ、確かに!」
「つまり、こいつは、うちのジッジの技術を盗んで祖国に持ち帰って、祖国で美味しい果物を大量生産しようと企んでたのよ!!」
「そっ、祖国で、美味しい果物を大量生産!!そっ、それは、大変だ!!」
とは言ってみたものの、正直いまいち大変さがピンと来てない。祖国で美味しい果物を大量生産ってワードがなんか可愛いと云うか、微笑ましいと云うか・・・・でも、本当にそうなのだろうか?
「バンビ、君が今言った事は全て正しい」
認めちゃった!!
「全く最初からなんか怪しい奴だと思っていたのよ」
「面目ない」
「はい、これ頼まれてたイチゴ」
「ああうん有難う。それにしても・・・・・」
「何?」
「もう少し、そのっ、安くならないかな?」
「なる訳ないでしょ。それだけ手間暇掛けてるんだから」
「それを言われると、返す言葉がないね。はい、お金」
「はい。毎度」
「ところでなんだけど、バンビのおじさんってただの農家じゃなくて農学科の教授とかだよね?ただの農家にしては育ててる果物の種類が多すぎる」
「勘の良い奴は長生きできないわよ」
「うん、ごめん。いちご有難う。良かったら、完成したジャム食べて欲しいな」
「頼まれなくても貰いに行くわ。ジッジのいちごでマズいジャムなんて作ったら死刑だから」
「あはは。頑張るよ」
「そうして。じゃっ、これからも御贔屓に」
バンビは最後にそう言って軽く手を挙げ別れの挨拶をしてから食堂に入って行った。口で言った割にスパイの件は気にしてないみたいで良かった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・本当に、スパイだったの?」
「そうだね。黙っててごめんね」
「さっ、最初から、しゃっ、喋ったら、スパイじゃないからね」
「確かに」
「そっ、そういえば、フリージャの祖国って、そっ、その、どこなの?」
「過去の詮索は厳禁でしょ、ラヴィータ」
「あっ、ごっ、ごめん、なさい!」
「気にしないでいいよ。でも、私の祖国はね、まだ発展途上の国だから、祖国であんな美味しい果実が取れるようになったら素敵だなと思って、つい、ね」
「そっ、そっか」
そう言われると、尚更責めにくい。いや、元から責めるつもりもないけど。
「・・・・・」
なんだろう。凄い見られてる。なんだか照れる・・・・・いや、これ、見てるの私の顔じゃなくてパーカーのワンポイント猫ちゃんだ。正確にはアニメ『ケットシーの足跡』の主人公ケットシーくんの顔だが、普通の人が見たらただの赤い帽子をかぶった猫ちゃんだ。だから、ワンポイント猫ちゃんでいいのだ。
「ラヴィータ、もしかして、同志なの?」
「えっ???」
「どういう・・・・」
言おうとすると、フリージャは無言で肩にかけていた黒いポシェットを私に見える位置にまで持ってきた。そのポシェットに缶バッチがひとつだけ付いていた。
「こっ、これは・・・・・・・」
「そう。ケットシー旅団のシンボルの缶バッチ」
「しっ、信じられない・・・・・・わっ、私以外に、『ケットシーの足跡』を観てる人がいたんなんて!」
「同じ気持ちだよ。皆、キャラクターが3頭身だから幼児向けアニメだと思って観ようとしないんだよね」
「分かる!!じっ、実際観たら全然幼児向けじゃない深い話ばっかりなのに!!」
「先週の話も凄かったよね。ブランウェンが昔の知り合いに〝戦場であれだけ沢山の人を殺めたその手で人助けとはな〟って言われて自責の念に駆られ自ら旅団を去ろうとするのをケットシーが止める話」
「うん、凄かった!ちょっと泣いちゃった!」
「私も、泣きはしなかったけど、なかなか心に来るものが、あったね」
「ぜっ、ぜっ、絶対、面白いから皆も観ればいいのにね!」
「うん。エンヴィに勧めたら〝そんな幼児向けアニメ私が観る訳ないでしょ〟って言われちゃった」
「あっ、あははは。言いそうだね」
「実際に言ったからね・・・・・・あっ、そうだ」
「?」
「これ当ったんだ。良ければ、一緒に行かない?当たったのは良いけど、1人で行くのは、ちょっとって思ってたんだよね」
フリージャはそう言ってポシェットから1枚のチケットを出した。
こっ、これは・・・・。
「コラボカフェの先行招待券!?当たったの!?!」
「うん。なんか当たっちゃった」
「わっ、わっ、わっ、私なんか、どっ、どっ、どうせ、当たらないと思って、最初から応募しなかったのに・・・・・・すっ、凄い!」
「私も100人は流石に無理だなって思ったけど、こんな事もあるんだね」
「本当にすごいよ。でっ、でも、流石にこれに連れてってもらうのは、悪いよ!」
「・・・・・・・・・・それは、私に、『ケットシーの足跡』コラボカフェにひとりで孤独に行けって事??あの空気感の中、1人で過ごせと??」
「あっ、そう言われると、せっ、折角だから、ごっ、ご厚意に甘えようかな!」
「ありがとう。旅団のメンバーに似た本物の猫ちゃんがいるみたいだから、それも楽しみだよね。まあ流石に服は着てないけど」
「無理やり服を着せるのは虐待だからね!!私はあの形で正解だと思う!!」
「気が合うね。私も、同じ考え。先行公開されたケットシー似の子、本当に似てるし、可愛かったね」
「うん、もう今から会うのが楽しみ!!!」
「ふふっ、そうだね」
フリージャは上品に笑いながら言った。まさか、フリージャが『ケットシーの足跡』の視聴者だったなんて夢にも思わなかった。しかも、『ケットシーの足跡』のコラボカフェに連れてって貰えるなんて、なんという幸運。幸運すぎて、これからどんな不幸が降ってくるのか恐いくらいだ。
今日、フリージャとの距離が一気に縮まった気がする。隙があれば、何気なく『罹人』について本当のところどう思うか聞いてみようかな。多分、ここまで同じアニメで盛り上がった相手をいきなり殺すって事はないと思うから。でも、ルミナスみたいに教会の考えに順じて殺すべきだと言われたら、嫌だな。こんなに意気投合したのに。やっぱり、聞くのはやめておこうかな・・・・・・。でも、でも・・・・考えが違うからと諦めると云う事は、ルミナスと敵対すると云う事だ。そんなのは絶対だめだ。私たちは、家族なのだから。最初から味方になってくれそうか、説得が必要な人なのか、それを確かめるためにも、やっぱり、聞いておかないと。




