第163話(5-4-8)
キラキラ光る紫の斬撃が竜巻の黒い壁を一撃で切り裂く。もうこの怪物に何も奪わせない。他の誰でもない。私が、やるんだ!! 覚悟を決め、再び巨大な怪物に向け走り出す。
そんな私めがけ今度は空から数多の黒い竜巻が隕石のように降り注いでくる。それでも私は動じなかった。歯を喰いしばり、紫に光る瘴気を散らしながらそのすべてを蹴散らし驀進する。無敵になった訳じゃない。竜巻を『天装』で受ける度に、生身の身体が内側からスパークするように鋭い痛みが奔る。それでも、それでも・・・・・・やらなきゃいけないんだ。
「あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!!!」
空から落ちて来る竜巻が少ない一瞬の隙に私は叫び声を上げ、紫の瘴気で出来た大きな翼を広げ、空に飛び上がった。背中の肉が内側から弾けた様に痛かった。でも、信じた通り確かに飛べた。これで、終らせる!!!!
宙に浮いたまま怪物を見下ろし『天装』を両手で構える。すると、眼下の怪物が大きく口を開け、口の中に周りの大気を吸い込みながら真っ赤な渦を溜めているのが見えた。周りからは空から伸びて来た数多の赤い電撃を纏った黒い竜巻が軌道を変え迫ってきている。逃げ場はない。あの真っ赤な渦が撃たれるより先に、斬る!!
閃き流、奥義_______大鎌稲太刀!!!!!
私が『天装』を振った瞬間、ラメのような小さい光の粒が籠った紫の斬撃が、怪物の大きな体に眩く光る斜めの線を入れた。すると、私めがけ伸びて来た竜巻の全てが突然緩やかに逆回転し、ほどける様に大気へ溶けて行った。そして、怪物が口の中に溜めていた真っ赤な渦も、静かに蒸発し元の大気へ帰って行く。怪物の身体が、ゆっくりと崩れていく。やった・・・・・・・やったのだ・・・・・私は、やったのだ・・・・・・・安心した瞬間、背中を斬られたような激痛が奔り、紫の瘴気で作った翼をぐしゃぐしゃにしながら地面に落ちる。
なんとか着地できたが、全身が痛い。人の悲鳴や断末魔のような酷い耳鳴りがする。それでも、まだ倒れる訳にはいかない。トドメを、・・・・・・あの怪物を、ナイトストームを、確実にここで仕留めないと・・・・・耳鳴りを無視し、軋む身体を堪え、『天装』を杖のようにして人間の身体に戻ったナイトストームさんのところに向かう。
空からいつの間にか散らした花弁がはらはらと降ってくる。
「ナイトストーム・・・・・・さん」
私は、仰向けになり血を流しながらぼんやり私を見ている女性に向け言った。
「・・・・・何だよ、お姫様」
「あの時、私を、フランを、助けてくれて、本当に、有難うございます」
「別に、礼を言われる筋合いはねぇよ。お前の相棒に操られて他に選択肢なんてなかったんだからよ。それに、ラーメン屋に行く前に言った通り礼を言いたいのはこっちのほうだからよ」
「・・・・・」
「にしても、『テンプル騎士団』最強の『剣聖』になら、竜巻のひとつやふたつ斬られてもしゃーないと思ったが、まさか、よりにもよって一番弱そうなお前に、斬られるどころか、負けるとはな・・・・・・」
「わっ、私一人の力じゃないです。魔力をくれたフラン。そして、最初に私を助けてくれたエドウィージュさん、クリーム。それに、お前が自分で戦えって叱咤激励してくれたミーミルのお姉さん。皆がいてくれたから・・・・」
「納得行かねぇな」
「・・・・・・」
「でもよ、不思議と悪くねぇ気持ちだ」
「・・・・・」
「お礼に良い事、教えてやるよ」
「・・・・良い事、ですか?」
「ああ、きっとお前らに役立つ情報だ」
「・・・・」
「エイトの支配を解いたのは、グリザレアって名前の二足歩行の猫の姿をした古い『罹人』のババアだ。あいつは、魔法を解くスペシャリストでな。味方に出来れば、この上なく役に立つと思うぜ。味方に出来ればな」
「・・・・・二足歩行の、猫?」
「くいつくとこ、そこかよ・・・まっ、いいや。今日は楽しかったぜ。ありがとな。近いうちまたやろうぜ」
会話の最後、ナイトストームはそう言って傷など何でもないないみたいにスっと立ち上がり、フワっと黒い風に乗り出口の裂け目へと飛んで行く。
えっ・・・・・・嘘、嘘、嘘!!!!嘘!!!!にっ、逃げられる!!!!ここまで追い詰めたのに!!!駄目駄目駄目、そんな事、させない、ここで、倒、しゅ・・・・あっ、『天装』を落としてしまった。腕から力が抜けてしまったのだ。嫌だ、嘘だ、逃げられてしまう!あの怪物がまた誰かの大切な人を奪ってしまう!それなのに、身体が動かない。嫌だ、嫌だ。誰か、止め・・・・・・へ?
『誰か止めて』そう心の中で念じようとした瞬間、黒い風に乗っていたナイトストームさんの首がポロっと落ち。主を失った身体が黒い風と共に花畑にドシャっと墜落した。
なっ、何が起きて??
周りを見渡すと、入り口付近で二本の剣を持っていた女性が剣をクルクルっと回転させ白い棒に戻し、それをホルスターにしまっているのが見えた。あっ、あれは、間違いなく『天装』だ。『天装』と云う事は、『テンプル騎士団』!!!!!
私も『テンプル騎士団』だ。でも、ここで一緒に戦っていたのは『テンプル騎士団』の敵で狩猟対象の『罹人』や『魔人』だ。マズイ。本当にマズイ。しかも、あの距離から魔法もなしに斬撃で首を斬るなんて、まるで閃き流の極地の技、『断絶』だ。となると、彼女は次期『剣聖』と囁かれていたルミナスのパパと同等の強さという事・・・・・・・・ナイトストームさんが逃げるのを止めてくれたのは嬉しいが、私たち『ヴァルプルギスの夜』に、新しい脅威が。どっ、どうしよう、今度こそ、戦える人が1人も残っていない。
「やぁ、君」
「___っ」
いつの間にこんな近くに!
「悪いね。手柄を横取りしてしまって」
「・・・・・」
「でも、あいつの首を持ち帰らないと私の可愛い教え子の1人が安心して眠れないんだ。どうか、私にあいつの首を譲ってくれないかな?」
『テンプル騎士団』の女の人が優しい口調で言う。フワっとしたウルフヘアーで、雰囲気もノクターンさんやキュウさんやうちの先生方に比べ全然覇気がなくなんかフワっとしている。でも、離れた場所から人間の首を落とせるほどの強者だ。どうすればいい、どうするのが正解だ。ここにいる満身創痍の『ヴァルプルギスの夜』全員が生きて帰る方法。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・・・あっ。忘れてた。私、味方だよ」
「はい?」
「カインがさぁ~突然電話かけてきて、好きな物何でも奢ってやるからうちのガキどもを助けてくれって泣きついてきたんだよ」
「えっ、えっ、えと・・・・・・・・」
「間に合わなかったけど、間に合って良かったよ。紛いなりにもナイトストームを倒したのは私だ。そうだろ??」
「えっ?あっ、はい」
「つまり、私は、シータレイトの1320ユーロの超高級ベッドを奢って貰う権利がある」
「・・・・・」
なんだこの人、味方なのは良かったが、中身もなんかちょっとフワっとしてる。というか、ボスの名前を出すからと言って本当に味方だと思っていいのか?いきなりズバっと斬られないか心配だ。あっ、フランが足を引き摺りながらこっちに歩いてくる。
「フっ、フラン・・・・・・こっ、この人に近付かない、方が」
「大丈夫。この人はアンドロメダさん。『テンプル騎士団』にいた頃のボスの同期で、敵ではないわ」
フランが言った。とりあえず、肩を持ち身体を支える。どうやら、本当に味方らしい。まさか、『テンプル騎士団』の中に私以外にも『ヴァルプルギスの夜』がいたなんて。
「そうだね。敵にならない事を私も祈ってる。ところで、さっきの質問の続きなんだが、ナイトストームの首、私が持ち帰っていいかい?」
「あっ、えっ、はい・・・・・どっ、どうぞ!」
「ありがとう。お礼に飴ちゃんを進ぜよう」
女の人はそう言って胸ポケットから棒付きキャンディを取り出す。
「エーデルはコーラが苦手なので」
すると、横からフランがそう言って手のひらでキャンディを突き返す。
「そうか。今の子にしては珍しいね。それじゃあ、プリン味はどうかな?プリンが駄目ならチョコバナナ、それも駄目なら抹茶ラテ、もちろんスタンダートなグレープ、りんご、オレンジもあるよ」
うわあ凄いどんどん棒付きキャンディが出て来る。なんだこの人。
「流石、キャンディおばさん」
いつの間にか近くにいたエドウィージュさんが言う。なんか思っていたよりも全然ピンピンしている。
「君、死んだフリじゃなくて本当に死にたいのかな?」
「ししししっ、冗談冗談。プリンは私が貰うよ」
「ちょっと、君、年下の子より先に選ぶのはマナー違反だぞ!」
「・・・・・」
この緩い感じ。この人、本当に『ヴァルプルギスの夜』の人だ。アンドロメダさん、彼女が敵じゃなくて本当に良かった。アンドロメダ、アンドロメダ・・・・・・どこかで聞いたことがある気がするが、今は思い出せない。とにかく、今日はナイトストームを無事に倒せて良かった。
私は、悪くない。悪いのは、全ての『罹人』を『悪』と決めつけるこの世界だ。
でも、最低限、自分たちで始末はつけられた。
これで、ひと段落・・・・・・
「あっ」
「ん??どうしたエドウィ・・・・3人とも私の後ろへ!!!!入口近くで死んだフリしている君はそのまま結界の外に出ろ!!!!」
突然アンドロメダさんが今までの緩い雰囲気から一転して大真面目な顔で叫んだ。私はフランの肩を担いだまま慌てて彼女の後ろに行き、エドウィージュさんと彼女が見たモノを見た。赤い電流が迸り、黒いボコボコを噴き出し地面をのた打って今にも爆発しそうなナイトストームさんの胴体を。
「先輩、自爆とかマヂ勘弁なんですけどぉ!!!!」
エドウィージュさんがそう叫んだ直後、ナイトストームさんの胴体からピシュンッと云う小さい音共に黒い一本の細い線が天まで伸びた。そして、その線に引っ張られるように彼女の身体がフワっと浮かび上がりエビ剃りになった。刹那、その浮かび上がった身体が近くにミサイルでも撃ち込まれたような破壊的な爆発音と共に大爆発した。深紅のド太い雷撃を帯びた黒い爆風が信じられない速さと勢いで花畑を破壊しながら迫ってくるのがスローモーションで見える。多分、今までの攻撃の中で一番凄まじい攻撃。あっ、これ、駄目だ。皆、死ぬ。




