第159話(5-4-4)
「おかえり、ルミナス。今日は遅っ_______」
「ラヴィ、大変だ。すぐに付いて来てくれ」
安堵の笑みをこぼし部屋のドアを開けると、そこに立っていたのはルミナスではなかった。立っていたのは青い顔をしたリバイス先生。私の顔から血の気がサーっと引いていく。そんな、そんな・・・・・まさか・・・・。
「あっ・・・・・あっ、あっ・・・・あっあっあっあっ・・・・あのっ」
「詳しい状況は分からないが、取り乱さず落ち着いて聞いて欲しい。今日、ルミナスたちの一行が討伐隊と共に件の『罹人』ナイトストームに遭遇した。後からたまたま近くにいたヴィース巡礼教会の剣聖様が撃退したが、討伐隊の3人と、君のチームのミーミル、そして、同行していたザクロが怪我を負った。中でも、ミーミルは・・・・」
「みっ、み、ミーミルが、どっ、どうしたんですか・・・・・?」
「・・・・・命の危険がある状態だ」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・・あっ、あのっ・・・・うっ、嘘ですよね?」
「・・・・私も、そうであって欲しかった」
「・・・・」
「付いて来てくれ。私が車を出す」
「・・・・」
リバイス先生の車に乗ると、既に助手席にキュウさんが座っていた。
「彼は、討伐隊の3人、桔梗、ガーネット、タンザナイトを指導していたんだ。ガーネットくんが、どうしてもキュウくんに会いたいと言ってるらしいので彼も一緒だが、構わないね?」
「えっ、あっ、はい。全然大丈夫です!」
私はそう返事した後、キュウさんの顔を覗いた。一見いつもと変わらず冷静に見えるが、違う。とても、とても、怒っているようにも見える。どんな事があっても心が揺るがない鋼の人だと思っていたが、きっと、私と同じ・・・・・・・。
移動中思ったのは、ミーミルの無事だけ。
ただただ祈り続けた。
「ルミナス!」
私は廊下を駆け、手術室の前のベンチで手を組んだまま俯いているルミナスに向かって叫んだ。すると、ルミナスが力なく顔を上げた。まるで、徹夜した後みたいに顔が疲れ切っている。そして、ふらふらと立ち上がり、私の方に歩いてくる。
「ごめん、ごめん・・・・・・・・俺が、俺が、悪いんだ・・・・・・・」
「えっ、何!?なっ、何言ってるの!?しっかりして!!!」
「皆、全部、今回の件は俺が悪いんだ。討伐隊があいつに負けたのも、ミーミルとザクロが負傷したのも、全部俺のせいなんだ!!」
「ルミっ___」
「俺が言ったんだ。討伐隊の反応が消えたからその地点に行って討伐隊と合流して援護しようって。ミーミルは、もし結界の中にいるのがナイトストームだったら足手まといになるから止めようって、それに今日はラヴィが気を付けろって口を酸っぱく言ってたし、なんか嫌な予感がするよって言ったんだ。言ったのに・・・・・」
「・・・・」
「あいつは完全に正しかった。ザクロは無理やり突っ込んでいくロンネを庇って背中を抉られ、ミーミルは俺の代わりに竜巻を脇からモロに・・・・・・それで、それで・・・・討伐隊の3人はそんな俺たちを結界の外に避難させるのが精一杯で、そのせいで・・・・だから、だから、全部、俺が悪いんだ!!!」
「・・・・・・・・・違う」
「は??聞いてだろ、俺が・・・・・俺のせいで、ミーミルが!!」
「違う!!!悪いのは・・・・・・・悪いのは・・・・・」
「・・・・」
「この____」
「るぅーーーみぃいいなーーーすぅうちゃ~~~~~~ん」
私が言おうとする途中で廊下の奥の方からそんな不気味な声が響いた。
なっ、なんか・・・・・壁に張り付いてる。多分フィンブルさんと同い年くらいのツインテールの女の人が壁にぺったりと張り付き顔だけ私たちを見ている。その女は不気味な笑みを浮かべ深紅のスカートをなびかせながら斜め横にスススっと独特の動きで歩いていきビタンっとまた壁に張り付いた。と思ったら、またスススっと歩き今度は右斜め前の壁に張り付く。そうして、左右の壁に張り付きながら、ゆっくりと距離を詰めて来る・・・・・・・えっ、こわっ・・・・・・いやいやいや、なっ、何なの、この人、・・・・説明を求めようと、ルミナスに視線を戻すと、ルミナスの顔がこの世の終わりを目撃したみたいに真っ青になっていた。
「あっ、あのっ、あの人・・・・・・しっ、しっ、知り合い?」
「あっ、あっ・・・・あああ。あの人は・・・・・」
「こんにちはこんばんははじめまして。私の名前は、クロエ・ドラクロワ。あなたたちテンプル教会の大スポンサー様であるドラクロワ家の現当主ポーラ・ドラクロワ。洗礼名ミーミルの、お姉ちゃん、です」
女の人はルミナスが紹介する前に、私に顔をずずいと近づけそう自己紹介をした。こっ、この人が、ミーミルの言っていた、『ちょっと気難しいお姉ちゃん』!!!
「さて、ルミナス、ルミナスぅ~。あなた、この前、ポーラが大怪我した時、私に何て言ったかしらぁ~~???覚えてるぅ???」
クロエさんは、今度はルミナスの方にズズいと近寄り、両肩を持って首を傾げながらそう迫る。
「・・・・」
「ま・さ・か、忘れたなんて言わないわよねぇ~~」
「・・・・」
「さっさと言えよ、この白ネズミが!!!」
ルミナスが返事に臆していると、クロエさんは突然ヒステリックな叫び声を上げルミナスの身体を壁に叩きつけた。横の掲示板の張り出し物が落ちるくらいの衝撃で。
「・・・・・みっ、ミーミルは・・・・絶対、俺が・・・・・守ります。もっ、もう二度と、ミーミルには、怪我なんて、させません・・・・・だから・・・・」
「なんだよ、コレ!!!」
ルミナスの話の途中でまたクロエさんが叫び、再びルミナスを壁に叩きつける。また掲示板のポスターがひとつ落ちる。多分、私も、顔が真っ青になっている。
「なんで??なんで??なんであなたがここにいて、私の大事な妹が手術室の中にいるの???」
「・・・・」
「答えろよ、白ネズミ!!!どうして、お前が無傷で、妹が大怪我を負っているの!?!ねぇ、どうして!?!?!?どうして!?!?」
クロエさんはそう言って、何度も、何度も、ルミナスを壁に叩きつける。
「やっ、やっ、止めてください!!」
耐えきれず、私はそう言ってクロエさんの右腕を引っ張った。
クロエさんがルミナスを壁に押し付けたままゴキっと首だけ動かし、真っ赤な瞳で私を睨む。
「あ~~なぁたぁ。あなたが、ラヴィンロールね」
「・・・はっ、はい」
「あ~~~~~なたわぁ。今日、どこで、何をしていたのかしらぁ~???」
「・・・・たっ、体調不良で・・そのっ・・・・・」
「そのぉ???」
「へっ、部屋で、やっ、やっ、休んでまっ____」
「ふざけんな!!!!」
話の途中で顔面を蹴り飛ばされ、2mくらい後ろに吹っ飛ぶ。鼻から血が出る。たっ、多分、鼻が折れた。痛い。痛い、でも、この痛みは・・・・・。
「大スポンサーの貴族の当主様本人がパトロール行ってる間、自分は部屋で休んでたって、お前、何様のつもりだよ!?!?!?なぁ!!!!」
クエロさんが倒れた私の顔を鷲掴みにし、床のタイルに後頭部を叩きつける。痛い。本気で殺しに来てるんじゃないかってくらい痛い。でも、彼女は、間違っていない。でも、私には、私で、外に出られない理由があって、でも、でも、・・・・・。
「何で、何で、怪我したのがお前たちじゃないんだよ!!!どうして、どうしてよ、どうして・・・・・どうして、あなたちじゃないのよ。どうして・・・・」
クロエさんは怒鳴った後、徐々に声量を落としていき、最後には、私に覆いかぶさったまま泣き崩れてしまった。
「あ゛―――あ゛―――あ゛あ゛あ゛あ゛―――ぁあああああああああ」
そして、私に覆いかぶさったまま悲痛な泣き声を漏らす。
「あ゛あ゛あ゛あ゛・・・・お゛前が、のんびり部屋で、休んでた、お前が、責任持って、あの怪物をなんとしてよ・・・・・・お前が、お前が、お前がぁあ゛あ゛ああああ゛!!!!」
彼女は泣きながらそう叫び、私の顔を両手で何度も殴りつける。
「おねえ様、止めてください!!」
無防備のまま殴られ続けていると、手術室から1人の少女が出てきてそう言った。クロエさんの手が止まる。顔が腫れ過ぎてよく見えないが、多分、昔、ミーミルが私の愛人って紹介した子だ。
「嗚呼、ロッタレース。あなたは、手術室にいないと駄目じゃない」
クロエさんがすくっと立ち上がり、出て来た少女に向け言った。
「峠は越えました。ポーラが、『お姉ちゃんが暴れてそうな音がしたから止めてきて』と」
「そうなのね。ありがとう、ロッタレース。世話になるわね。あなたはここで倒れている役立たずどもとは違う。あなたが妹の友人で本当に良かったわぁ」
「おねえ様、おねえ様も中へ。まだ手術は終わっていませんから手を握ってあげてください。ここで暴れるよりよっぽどポーラが喜びますよ」
「ええ。ええ、そうね。行きましょう」
クロエさんはそう言ってロッタレースの手を取って静かに手術室の中に入っていった。それを見送り、血を吐き、ヨロヨロと立ち上がる。折れた歯が一本口から零れ落ちる。とりあえず、ミーミルが一命を取り留めたようで良かった・・・・・・でも、痛い。殴られた顔ではなく、心が。私は、大事な仲間が傷ついている中、家ですやすやと寝ていた。これは、罰だ。でも、私にもしもの事があったら、フランが今日のクロエさんの如く暴走してしまう。フランは『罹人』だから、被害はこんなものじゃ済まない。しっかり嫌な前例もある。
私がもっと強ければこんな事には。自分が憎い。お姉さんはやぶれかぶれで私に無茶を言ったつもりだったろうが、完全にお姉さんの言う通りだ。あの怪物は、本当は、私が、私とフランでなんとかしなければいけないはずのもの。このままじゃ駄目だ。『ヴァルプルギスの夜』の皆の善意に甘えて待ってるだけじゃ。弱い私でも何か、何か、出来る事があるはず。囮だっていい。もう待ってるなんて耐えられない。どんな形であれ私も戦いたい。いや、違う。戦わなくちゃいけないんだ。
あの怪物は、私たちが、世界に解き放ってしまたのだから。




