第156話(5-4-1)
「たらたった~、ウ~サギとあっそぶ~~のだぁ~♪」
明かり少ない地下鉄の駅のホーム内、気まずい沈黙を破ったのは自動販売機の後ろから聞こえただいぶ音程の外れたロンネの変な歌声だった。一瞬、緊張が緩んだ。しかし、その緩んだ緊張はすぐに強張りを取り戻す。今の変な歌は、合図だったのだ。線路の下から赤い霧と共に現れたザクロが一番後ろにいたミーミルに強襲を仕掛け、いちはやくそれに気付いたルミナスがミーミルを逃がし、代わりに自分が赤い酸の霧をモロに受け負傷する。
「どけ、ラヴィンロール!!」
「ツっ!!」
慌ててルミナスのフォローに入り、ぎりぎりでルミナスを守る。
「スっきありな~~~んよ!!」
「させっかよ!!」
「ワオ。『女王蜘蛛』の子蜘蛛ちゃんを撃ち落すなんて大した剣技なのねん。でも、その身体でいつまで対応出来るか楽しみなんよ」
「俺が動かなくなる前にてめぇが先に死ぬんだよ!!」
「おぉっと、流石、アポロ様直伝の『閃き流』なんよ!!」
「ルミナスの心配より自分の心配でもしたら!?!?」
ザクロはそう叫び、今日こそ私を斬らんと猛攻を続ける。私の『ブレイブソード』と彼女の『メリジューヌ』の刃がぶつかる度に、『メリジューヌ』に塗りたくられた華苺石を溶かしたドロドロが酸の赤い霧になって拡がり私の肌を傷つけ続ける。満足に目も開けられない。肌が露出している部分が全部灼けるように痛い。
「らあ!!!!!」
ザクロの渾身の一撃で、私の『ブレイブソード』がホームの上から線路に弾き飛ばされてしまう。義手の右腕は大丈夫だったが、左腕が痛みで踏ん張り切れなかった。
「勝負あったわね、ラヴィ。死になさい!!」
「にゅわあ゛あ゛あ!!!!」
「もう、あんたってほんとしつこい!!!!!」
『メリジューヌ』の刀身を両手でなんとか受け止める。義手じゃない左手がどんどん赤く染まって行く、更に酸の霧で爛れた全身が灼ける様に痛み、喰いしばった唇から血が滲み、閉じた瞼から熱い涙が流れる。それでも、どんなに痛くても、壊れそうでも、堪える。最後の一発逆転のチャンスにかけて。
「お゛ね゛がい゛!!」
私は全ての痛みを一心に堪え目を閉じたまま叫んだ。
直後、私の目の前で何かがはじけ飛んだような凄い爆発音がして、謎の液体が私に降りかかり、私に掛かっていた負荷がスっと消える。
そして、急に周りが静かになる。
「おっ、そっちもやったみたいだな」
ルミナスの呑気な声が聞こえた。
遅れて、試合終了のサイレンがホームに響き渡る。
一発逆転の最後の賭けは成功したらしい。私の合図でルミナスが『シャインランタン』を閃光させ、2人の視界を一瞬だけホワイトアウトさせる。その一瞬の隙にルミナスがロンネを斬り、ミーミルは私が押し留めておいたザクロの頭を破砕矢で吹っ飛ばしたのだ、多分。酸で瞼がやられ最早目が開けられない状態で確認は出来ないが、勝利のサイレンが鳴ったと云う事は、そういう事だろう。
危なかった。全身が灼ける様に痛い。早く出よう。
「惜しかったな、2人とも。まあ約束通りパンは奢って貰うけど」
「そんな約束してないんよ。だいたい、3対2なんだからもっとハンデが欲しかったんよ。おまけにロンネのチームは今日の試合を合わせても、まだ3戦しかしてない出来立てホヤホヤのチームなんよ??」
「ちょっと、ロンネ。お願いだから、そのたまに出て来るナチュラル虚言止めて。〝3対2でも余裕、1人倒せばOKのハンデも要らないレベルで完封してやるんよ〟って試合前にイキってたじゃない」
「記憶にないんよ」
「何が、〝嘘つきは嫌い〟よ!!お前が一番嘘つきじゃねぇか!!」
「ザクロ、少し落ち着くんよ。そんなに怒ったらシワが増えてしまうんよ」
「ウがあああアアアアアぁああ!!!もーーーールミナス、助けて!!!」
「ザクロ、恥ずかしいからシュミレーションルームで奇声を上げないで欲しいんよ」
「ああああああああ!!!」
「・・・・・」
なんだろう。がっ、頑張れ、ザクロ。
「あー可哀想なロンネ。もうすっからかんになってしまったんよ」
「それはパンを奢ったせいじゃなくて大部分はあんたがこの前オークションで電車の玩具を250ユーロで落札したからでしょ」
「玩具じゃなくて、日本の軌間可変電車の試験車両クモ-E4-600の精工模型なんよ。まず、軌間可変電車って言うのは、異なる線路の幅を自由に行き来できる車両の事で、今は多くの国で実用されてるんけど、昔は____」
「止まれ、止まりなさい、ロンネ!!!この、暴走車両!!!」
「もーう、ザクロはすぐ熱くなってしまって困るんよ」
「誰のせいだよ!!」
「あははははは。2人は本当に仲良しだねぇ。ところで、ロンネ、お金に困ってるなら・・・」
「二度とお前のところで撮影会はしないんよ」
「ありゃま」
「この前はお金に釣られて本当に酷い目に遭ったんよ。いきりなり際どい水着に着替えさせられて1時間以上撮影会に付き合わされて。もう恥ずかしくて泣きそうだったんよ」
「だから、皆が必死に止めたのに」
「こればっかりは、皆が正しかったんよ。こいつは貴族のお嬢様の皮を被った性欲丸出しの野獣なんよ」
流石のロンネもミーミルの毒牙には耐えられなかったらしい。ちなみに、私の時はピンク色のフリフリのメイド服だった。もちろん、誰にも話していないが。私も、お金のために無暗に身体を売ってはいけないと勉強になったものだ。
「今回はお試しで手を抜いてあげたんけど、次は______」
「ロンネ?」
「静かに!」
話の途中でロンネの顔が見た事もない真面目な表情に変わり、口に人差し指を当てその場にいる全員に黙るよう促した。
『____繰り返します。本日午後5時頃、ベルリン、ミッテ地区のホテルアドロンピンスキー付近で巨大な竜巻が複数発生し、甚大な被害が出ています。ホテルでは社会民主党、現財務省大臣のホルセス・ブラウン氏の集会が行われていましたが、ブラウン氏の安否については未だ確認できていません。ご覧ください。このように建物が抉り取られるように削られ酷い状況になっており、今も警察・消防などによる懸命な救助活動が続けられております。また_____』
「・・・・嘘」
ニュースの途中でロンネが静かにそう漏らした。
ロンネが、真面目な顔で、静かに、そう、言ったのだ。
「何なの?確かに悲しい事故だけど、天災だからしょうがないじゃない。あんたって、意外とナイーブだったの?」
「違う!!!!ナイトストームが、ナイトストームが蘇ったんよ!!」
「えっと、誰だっけ??」
「自己紹介の時に話したロンネの両親を殺した極悪の『罹人』なんよ!」
「でも、そいつは教会の討伐隊によって討伐されたんじゃないの??」
「そう、そうなんよ!!討伐隊の先輩たちに直接聞いてみたけど、嘘は付いてなかったんよ!!でも、状況が、ロンネの両親が殺された時と全く同じなんよ!!ロンネのパパとママもあの時、当時の財務大臣の応援集会で公民館に来ていて、そこで、沢山の黒い竜巻に襲われて!!」
「おいおい、何が起きてんだよ。死んだ『罹人』が地獄から帰ってきたって云うのか!?」
「間違いないんよ!!これは、教会を震撼させるほどの一大事なんよ!!!」
「地獄から帰ってきたにしろ、模倣犯にしろ、『罹人』がこんなに派手に暴れるなんて、本当に一大事だよ!!」
皆が慌てふためく中、私は、1人だけ、別のある事に気付いてしまい、顔を蒼くして両手で口を押さえ震えていた。思い出したのだ。『ナイトストーム』と云う名前を。『ナイトストーム』、フランが私を助けるために出鱈目に蘇生させた、いつも赤いパーカーを着ている黒髪で白い眼をした『罹人』の女の人。彼女は、確かに『ナイトストーム』と呼ばれていた。よりにもよって、よりにもよって、蘇らせたのが、ロンネの親の仇だったなんて・・・・こんな・・・・こんな事って・・・・。
とはいえ、こんな蛮行をフランが許すはずがない。
つまり、もう、彼女がフランの支配下にないのは明らかだ。
つまり、つまり・・・・・フランは、もう・・・・・・いない?
「あーはいはい良かったね。もう私寝るから。おやすみなさい」
「待って欲しんよ。ロンネはまだ話足りないんよ」
「もう勘弁して。というか、あなた、もしかして事件が気になって眠れないの?」
「・・・・図星なんよ」
「なるほどね。じゃあ、私が添い寝して子守歌でも歌ってあげようか?」
「きらきら星をお願いするんよ」
「はいはい・・・・・って、ええ!?!本当に歌って欲しいの!?」
「今日だけお願いなんよ」
「マヂトーンじゃん。マヂか、ロンネ」
「ママが、眠れない時はいつも歌ってくれたんよ」
「・・・・あっそ。じゃあ今から行ってあげるからランプつけて待ってなさい」
「ありがたいんよ。ザクロは、良い奴なんよ」
「全く。本当にね。はい、来たわよ。ここでいいかちら甘えん坊のロンネちゃん」
「その添い寝した態勢のまま右手でゆっくりとロンネの肩を叩きながら歌って欲しんよ。あとロンネが寝てもいなくならないで欲しいんよね」
「あーーーもう!!注文の多い赤ちゃんだこと!!」




