第155話(5-3-2)
「ご機嫌よう、ラヴィ。しかし、今日は特訓の日ではありませんよ。それとも、あれだけ私やノクターン様が貴重な時間を割いて特別に指導しているのにも関わらず、個人戦で何の成果も出せず停滞している事について大いに反省し、腹を切る覚悟が出来ましたか???それなら介錯はしてあげますが」
「・・・・・ちっ、違います」
カスケードたちに救われた次の日の放課後、私は『天装兵団』について聞くためノクターンさんのオフィス兼自室に来た。そこで、私を出迎えたのはノクターンさんではなく助手のフィンブルさんだった。相変わらず、私に対して当りが強い。
「そうですか。では今日はどのような用事でここへ?」
「あのっ、えっと、それは・・・のっ、ノクターンさんに、てって、てん・・・アブチッ!!」
「すみません。あまりにも本題に入るのが遅いので手が出てしまいました」
「だっ、大丈夫です、はい・・・・・・それで、きょっ、今日は、ノクターンさんに、そのっ、『天装兵団』について、聞こうと思って・・・・」
私がそれを言うと、いつも顔だけは優しいフィンブルさんの顔が一瞬で豹変し、冷たく刺すような視線が私に注がれた。こっ、怖い。フィンブルさんのこんな怖い顔は初めて見た。さっき、トイレを済ましていなかったら、漏れてしまっていたかもしれない。やっ、やっぱり、聞くのはマズかった。どっ、どうしよう。取返しのつかない事を聞いてしまったかもしれない。
「誰にその話を?」
冷たい視線のままフィンブルさんが言う。
「えっと、かっ、カスケードたちに・・・・詳しくは本人に聞いた方が早いって」
圧倒され、正直に白状してしまった。
「なるほど。全く。困ったお姫様と召使いどもです。しかし、まあ、今日、ノクターン様が緊急の会議でいないのが好都合でした」
「とっ、と言うと?」
「きっと、ノクターン様本人が話すと、自分を悪いように脚色して伝えてしまいますから。その前に私が御話しましょう。そこの椅子に座って待っていてください。長い話になるので、紅茶を淹れてきます」
「えっ、あっ、ありがとうございます!」
私は言った。良かった。あんまり、怒ってないみたいだ。
「紅茶は私が飲むのですが」
「えっ? あっ、はい。座って待ってます!」
いつも3人でご飯を食べる時のテーブルの前で座って待っていると、右手にティーカップ、左手に私用の猫ちゃん柄のマグカップを持ったフィンブルさんが来て、私の前にマグカップを置き、私の対面に座った。マグカップの中を覗くと、白くてドロっとした液体が入っている。多分、土曜の朝いつも私が飲んでいるホットミルクだ。
「いつもの土曜日の調子で、あなたの飲み物まで用意してしまいました。捨てるのが勿体ないので召し上がって下さい」
「あっ、あっ、ありがとうございます!!!」
そう。私は知っている。フィンブルさんは私に対して少しいやかなり当りの強いところがあるが、本当はノクターンさんと同じで優しい人なのだ。この猫ちゃん柄の可愛いマグカップも実は今年の2月彼女が出張に行って来た帰りに〝あなたにはこの貧相で子供っぽいマグカップがお似合いです〟とか言って、私に買ってきてくれたものだ。あの時は本当に嬉しかった。
「さて、何から話を始めましょうか____」
フィンブルさんはそう言って、一口だけ紅茶を啜った。私は息を呑む。
「始まりはアフガニスタンで20年ほど統治を行っていたアルハーフィズ政府が自壊し、その後釜にあたる新興勢力『カンダハルの火』が若者たちの支持を集め急拡大し、ここ数年で一気に周辺国を武力で制圧していった事です。そのあまりの暴虐振りを見兼ねた国際連合は連合軍を結成し、『カンダハルの火』の討滅を決定しました。ここまではよろしいですか?」
「はっ、はい。あのっ・・・・・」
「言いたい事は分かります。しかし、これは紛れもなく『天装兵団』の話なのですよ。『天装兵団』の話はあなたが思っているよりもずっとスケールの大きい本物の戦争の話です」
「・・・・・」
「当然連合軍を結成するにあたって主要国から軍の提供を打診するのですが、この国ドイツは自国の軍をおめおめと外に出したくなかった。それはなぜかいくらあなたでも分かりますね?」
「ぜっ、全然分かりません」
「この大バカ者。アニメや猫特集ばかりではなくたまにはニュースくらい見なさい」
「はっ、はい!」
「全く。ニュースを見ないスーパーおバカさんのためにわざわざ説明すると、今、ドイツとイギリスは度重なる貿易戦争や、これ見よがしの互いの軍拡により、大変な緊張状態にあります。だから、万が一に備え柔軟に動ける派遣部隊をわざわざ外に出して自国の防衛を手薄にしたくなかった。ましてやアメリカの尻ぬぐいなど」
「しっ、しっ、尻ぬぐい?」
「えぇ、そもそも22年前にアメリカが中途半端なところでアフガニスタンから撤退したせいでアルハーフィズが隆盛し、やがて、より凶暴な『カンダハルの火』が生まれてしまったのです。しかも、あろう事か最新鋭の武器を置き去りにお粗末な撤退をしたのです。もう呆れて言葉も出ませんね。っと、話が逸れましたが、とにかく、ドイツは自国の軍を出したくなかった。でも、国際社会の中で面子は保ちたかった」
「・・・・・」
「そこで白羽の矢が立ったのが、ミラを利用した最新鋭の武器で怪物と戦っている我々『テンプル騎士団』なのです。中でも人体実験を受けて改造を施された者が多くいるノクターン様やキュウ様、私などのいる32期生。ちなみに、私のこの冷たい身体も当時の科学班のクソったれどもの実験の産物です。マッド先生が皆殺しにしてくれたので今はもう1人も残っていませんが」
「・・・・・」
なんかついでにみたいにサラっと凄い事を聞いてしまった気がする。
「とにかく、ドイツは自国の軍をどうしても出したくないので、代わりにミラを利用した最新鋭装備が人間同士の戦いでどう活躍するかの試験も兼ねて『テンプル騎士団』を派遣することに決めました」
「・・・・・」
「当然反発が起きましたが教会への永続的な支援を人質に取られ、同じ32期生の中でも当時の17歳以下は免除と云う事を条件に、ノクターン様を含め当時18、19歳だった先輩たちは渋々戦場に行く事を同意したのです。全ては、未来の後輩たちの変わらぬ支援のために」
「・・・・・」
「そうして、アフガンに派遣された先輩たちは他国の軍が目を見張るほど、文字通り一騎当千の活躍をしました。殊にノクターン様やキュウ様は多くの敵兵を殺しました。ノクターン様は〝破壊者〟、キュウ様は〝黒い死神〟と恐れられるほど。これこそがノクターン様が、『天装兵団』について自分から語りたがらない理由です。しかし、なぜノクターン様やキュウ様が他の誰よりも多くの敵兵を殺めたか分かりますか?!!?」
話の最後でフィンブルさんはテーブルを両手で叩き、語尾を荒げて言った。
私は首を振る。
「それは、お二人が誰よりも優しく仲間想いだったからに他ならないのです!!敵兵が指一本でも動かせれば仲間の命が消えるのが戦場。故に誰よりも優しいがために誰よりも非情になったのです!!ただ戦場で仲間を守るために戦った彼らを誰が責められましょうか!?!?!?」
「・・・・・」
「すみません。つい興奮してしまいました。まあとにかく私があなたに伝えたいのは、ノクターン様は何も悪くないと云う事です。分かりますね、ラヴィ」
「・・・・・はい」
私は、はっきりと言った。ちょっと難しい話もあったが、『天装兵団』についてだいたいの事は分かった気がする。要するに、ノクターンさんたちは、私たちのために戦争に行ったと云う事だ。信じられない嘘みたいな話だが、フィンブルさんが言うのだから、本当の事なんだろう。そして、なんだろう、湧き出て来るこのモヤモヤした気持ちは・・・・・・・。
「話はここで終わってもいいのですが、どうせ後から知ることになるのだから今ドイツを騒がせているテロリスト『オプティマス』についてもついでに話をしておきましょう。いずれ戦う事になるかもしれない相手ですから知っていて損はないでしょう」
「えっ、あっ、あの・・・・・」
「心配いりませんよ。ちゃんとこれも『天装兵団』に関係する話ですから。というか、『オプティマス』の中心を成しているのが元『天装兵団』なのですから」
「えっ?」
「『天装兵団』の大活躍で戦争は終わりめでたしめでたしで終わらなかったのです。最初こそ完全優勢だった連合軍ですが、ある事がきっかけで戦況が一気にひっくり返ったのです」
「あっ、ある事?」
「これは完全秘密事項ですが、敵に『罹人』がいたのです。たった3人の『罹人』の登場で戦況がひっくり返ってしまったのです」
私はそれを聞いて目を丸くした。
「敵が、『罹人』を軍事利用していたのです。しかも、ただの罹人ではなく『人』と『魔女』の姿を行き来できる、今でいう『魔人』の逆バージョンのような『罹人』。彼女たちはその力を『ニグレド』と自称していたようです。彼女たちの力は凄まじく最初に姿を現した〝境界の魔女〟の最初の砲撃で連合軍は連隊を丸々ひとつ落とされました。そこでそれに随伴していた『天装兵団』の6人も命を落としました」
「・・・・・」
「そこから、一気に敵の反撃が始まったのです。まず〝境界の魔女〟の次の攻撃、磁器パルスにより全ての連合軍は通信を失いました。そこから、〝転移の魔女〟の力によりどこからともなく現れ一瞬で消えていく敵の戦闘機部隊の攻撃が始まりました。対応どころか、通信を絶たれその情報すら共有できないまま次々と連合国側の小隊が落とされ、当然その攻撃でも何人もの先輩たちが命を落としました」
「・・・・・」
「そして、極めつけは〝白銀竜の魔女〟の第一拠点の強襲。彗星の如く空から降ってきた〝白銀竜の魔女〟は圧倒的な防御力を誇り連合軍の中心で破壊の限りを尽くしました。敵の真打は『罹人』と密接に連携した全く新しい『軍隊』で、それまで戦ってきた敵は全て前座だったのです」
「・・・・・」
「しかし、連合軍は、いえ、『天装兵団』は諦めませんでした。誰に言われるまでもなく集合し、3手に分かれ各地で破壊を尽くす『罹人』の対処に当たる事を決めたのです。それは、命令されたからではありません。人々を守る『テンプル騎士団』の使命の根本、それが彼らを動かしたのでしょう。マックス先輩は言っていました。あの怪物たちを、可愛い後輩たちのいる本国まで行かせてはいけないと、その思いだけで戦っていたと」
「・・・・・」
「そして、彼らは多くの仲間の犠牲の上、成し遂げたのです。『天装兵団』は『カンダハルの火』が誇る3人の『罹人』に打ち勝ったのです。ただ、〝転移の魔女〟だけは満身創痍まで追い詰めたものの逃げられてしまったそうですが。そうして、『天装兵団』のお陰で、連合軍はなんとか勝利を収めることになりました。とはいえ、勝利こそしましたが、戦場に出た『天装兵団』43名のうち無事生きてドイツに帰って来たのはノクターン様を含め12名のみ。本物の戦争に行ったのですから12人でも多いのかもしれませんが。しかし、想像してみてください。あなたのクラスにいる2/3が国の命令で戦争に行き命を落としたのです。あなたなら、国をどう思いますか???」
「・・・・・・・・・にっ、・・憎い、と思います」
「そうですね。それが、それこそが、ドイツの現政府の転覆を図るテロリスト『オプティマス』が誕生した理由です。あの怪物たちは、我々を救った、我々の先輩たちなのです」
そう言った後フィンブルさんは涙を堪える様に下唇を噛み締めた。
何といえばいいのか分からなかった。私は本当に何も知らなかったのだ。この教会に在籍している3期生のうち32期生だけ異様に少ないのはこれが理由だったのだ。ノクターンさんが、どんな思いでそれでも教会に残る事を決めたのか。それを想うと心が灼けるようだ。ノクターンさんが優しい人なのは知っていたが、ノクターンさんの優しさは私の想像の遥か上を行っていたのだ。
「以上が『天装兵団』の全てです。きっと、ノクターン様は恥ずかしがり屋なので後輩のためを思って敢えて自分が鬼になって多くの人を殺めたなど言わないはずです。なので、僭越ながら私から話させていただきました。ですから、どうかノクターン様の事を人殺しだと、軽蔑しないで下さい。ノクターン様は_____」
「ただいま戻りました。とっ。2人で談笑とは珍しいですね。2人で私の悪口でも語り明かしていたのですか??」
話の途中でノクターンさんが帰ってきて上着をハンガーにかけながら言った。
「とんでもございません。それどころか、如何に我々の主たるノクターン様が偉大な方なのか時間を掛けて説いていたところです。ねぇ、ラヴィ?」
「えっ、はっ、はい!!」
「それはそれで気持ちが悪いですね」
「ふふっ。それより何か飲み物をご用意いたしましょうか?」
「会議中にしこたまコーヒーを飲んだので結構。それよりバカのブレイクが戻ってきたせいですぐまとまる筈の話までまとまらなくなりとても疲れました。なので、何か甘いものを」
「はい。すぐにご用意致します」
フィンブルさんは幸せそうな顔でそう言って席を立ち、すぐさまスイーツの用意に取り掛かった。今日は『天装兵団』について軽く聞こうと思っていただけなのに、とんでもなく重くて悲しい話を聞いてしまった。私たちがこうして毎日美味しいご飯を食べ、お風呂に入り、ベッドでぐっすり眠る事が許されているのは、『天装兵団』の、先輩たちが命を賭して戦場で戦ってくれたお陰だったのだ。
私はノクターンさんをより尊敬し、代わりに、このドイツと云う国そのものがちょっぴり嫌いになった。心の中に湧いたモヤモヤの正体がなんとなく分かってきた。私たちは『騎士』であって『軍人』じゃない。ましてや試験中の『新兵器』じゃない。
変えなければいけないのは、『教会』だけじゃないのかもしれない。
諸事情により2021/12/27の更新はお休みします




