第154話(5-3-1)
「えっ・・・・おかしいおかしい。原子量の計算からもう既に間違ってる。ここに書いてある数字を組み合わせてただ足し算すればいいだけなんだけど、それすら出来ないの??」
「・・・・・みゅん」
「〝みゅん〟じゃなくて、しっかりして。あっ、ほらっ、ここ思い切り掛け算してるじゃん。クソデカ新原子勝手に創造しないでくれない?」
「・・・・・しゅみません」
「アハハハハ、ラヴィってばおもしろーーい」
「いや、チェリーあんたも相当おもしろいよ。何で標準状態の酸素分子3.2gの体積が6掛ける10の22乗リットルになるわけ?書いてておかしいなって思わなかった?あんたの世界の酸素分子はどんだけ拡がるの???」
「だって、計算したらそうなったんだもん!」
「ならない。あんたは1モルの個数と1モルあたりの体積がごっちゃになってる」
「あーーーんもーーどっちでも良いじゃん!」
「よくない! はぁ、全く。2人とも先が思いやられる」
ブーケはそう言って、私とチェリーの間の席に座ったまま右手で頭を抱えた。
ここは教会の玄関の右側にあるラウンジの更に右側にあるガラス張りで中が透けて見える広めの応接間のようなスペース。本当は教会皆の場所だし、カスケードも別に誰が使っても問題ないと公言しているが、この場所をカスケードと親衛隊以外の人が彼女たちの同伴なしで利用してるのを見た事がない。勝手にふかふかの絨毯を敷いて、勝手に椅子を全て低反発のものに取り換え、テーブルも真っ黒な大理石に替えて、空きスペースにお洒落なソファーなんか置いちゃって、もうほぼほぼ彼女たちのアジトみたいになっている。そんな彼女たちの領域で私はチェリーと一緒にブーケに化学の勉強をのんびり教えて貰っている。カスケードを含め他の皆は別の教科を教え合ったり、間食を取りながら雑談したり、ソファーでゲームや編み物をしたり、思い思いの事をしている。BGMが心地よい。あっ、そういえば、このスピーカーもカスケードの私物らしい。
「あのさ、周り見てのほほんとしてる暇があったら問題解き直して欲しいんだけど」
それにしても、ブーケもこうやって近くで見るとドキっとするほど美人だ。無造作っぽいフワっとしたアイボリー色の髪に、クルっと上品にカールした長いまつ毛、いつもちょっと瞼が落ちているエメラルド色の目。それを強調する自然な黒いアイシャドウ。彼女も例外なくおとぎ話のキャラクターのように綺麗だ。
「・・・・・私の顔に問題の答えは書いてないんだけど」
「あっ・・・ごっ、めんなさい。つっ、つい、そのっ、綺麗で、見とれちゃって」
「ごますったってちゃんと1人で問題解けるようになるまで今日は帰さないから。まずこの問題のサクサンの原子量を計算して。足し算よ、問題文の下に書いてある元素の原子量を組み合わせて足し算するだけだからね」
「うん、やってみるよ!」
「ここそんな気合入れてやるところじゃないんだけど」
「アッハッハハ」
「チェリーあんたも笑ってないで、ここの問題の計算を私に見せてみなさい。私がしっかり正してあげるから」
「はーーい、せんせー!!おねがいしまーーーす!」
「そういうのいいから早く」
「・・・・・今日も、平和ねぇ」
「そうですね、プリンセッサ」
「あら?」
「どうしたの、イシュタム?」
「ブレイク様がお戻りみたい」
「あ? あの脳筋チンパンついに戻ってきやがったか。一生、帰って来なければ良かったのに」
「こらっ、ダークローザ。審問官様にそんな事を言っては駄目よ」
「でもよぉ、本当の事だぜ?」
「なあなあ、ブレイク様、こっち来てない?」
「うん。来てる。間違いなくこっちに来てるよ!」
「ちょっと、ダークローザ、あんたが余計な事言うから!」
「うっそだろ!?!?あの距離で聞こえてんの!?!?」
「はいはい、皆、慌てない。大丈夫。聞こえてる訳ないし、皆やましい事なんてしてないでしょ?だから、失礼のないようにだけして。ダークローザは一旦ゲームしまって、ペリドットはマフラー編むの止めて。リヴァイアは服のボタンを閉めて水着を隠して、ヴァーミは音楽止めて」
慌てふためく親衛隊たちを、プリンセッサことカスケードが的確な指示でピシャリと収める。そんなにブレイクさんと云う人は恐い人なのだろうか。というか、この教会に審問官がノクターンさんとハイドラジアさん以外にいたなんて初めて知った。あっ、入ってきた。
「お勤め、御苦労様です。ブレイク様」
半ば強引に土足で押し入ってきた大柄の審問官の男に対し、カスケードは丁寧にそう声を掛け深々とお辞儀をした。親衛隊の8人もそれに倣う。ついでに、私も。
「大変お急ぎのようですが、どのようなご用件でしょうか?」
カスケードが言う。
「・・・・・それは、俺じゃなくて、ソイツに聞きな!!!」
すると、男はそう言いながら、斧のような『天装』を展開し、その刃をあろうことか私に向けた。
えっ!? 9人の視線が私に集まる、でも、全く身に覚えが・・・・・いや、審問官に裁かれる身に覚えは大いにある。私は『罹人』の仲良しグループのメンバーで、それとは別に交流のある『罹人』すらいる。ついこの前なんか『魔人』と共闘していた。身に覚えはある、あるけど、こんな人、一度も見た事もない・・・・・・いや、ある!!!この人、この人は!!あの日、フランとバードウォッチングに行った、あの日!!フランと私を殺そうとした男!!!
「その目、思い出したみたいだな。まさか、『罹人』がこそこそ教会に潜り込んでいるとはな。見た目によらず、恐れ入るぜ」
男が言う。
「えっ、ラヴィ、あんた『罹人』なの??」
「ちっ、tがいましゅ・・・・・ほっ、ほっ、__本当に、ちっちっち__」
あっ、駄目だ。肝心な時に、動機が。苦しくて、声が、でも・・・・。
「失礼ですがブレイク様、どのような根拠を以て、そうお考えなのかお聞かせ願えないでしょうか。彼女がここに来たのはブレイク様がここを発った直後、彼女がここに来てもう2年になります。彼女ももう立派な我々の一員です。それを何の根拠も聞かされないまま一方的に『罹人』だからと決めつけ処罰しようというのは納得できかねます」
カスケード!!あと、疑いながらも背中を擦って落ち着かせようとしてくれているブーケ!!
「ちっ、お姫様だからって審問官様に意見しやがって、めんどくせぇ。じゃあ、教えてやるよ。俺は2年前にこいつに会った事がある。あの日、こいつが俺にぶつかってきたんだ。んで、謝りもしねぇから締め上げたらよ、俺の腕が軋むくらいの力で抵抗してきたんだ。ただの一般人が、だ。あれは間違いなく常人に出せる力じゃない。こいつは、罹人だ」
「なるほど。ラヴィ、ブレイク様の言っている事は真実なの?」
「はぁはぁ・・・・・・はっ、はい、そっ、その、別の日も、友達とバードウォッチングしていた時も、おっ、おっ、追い回されて・・・・・でっ、でも、本当に違うんです。わっ、私は、『罹人』じゃありません!!」
「そんなの誰が信じ____」
「あっ、発言いいですか」
男の人がそう言いかけた途中でリヴァイアが手を挙げた。
「この子、入ってきて数か月は『魔女』に憑かれてたんで、謎のスーパーパワーの原因はそれだと思います。私も脚の爪やられました。イシュタム、覚えてるよね。あなたが後ろから頭しばいたの」
「あっ。あれね!覚えてる、覚えてる!!口調も乱暴だし、もう見るからに乗っ取られてます!って感じだったよね!」
「・・・・・」
「彼女から『魔女』を引き剥がしたのは6階の科学部の人たちだから、詳しくは6階の方に、ビゴさんやマッド先生に聞くといいと思います。そうすれば、より確証が取れるかと」
「・・・・・」
「謎のスーパーパワーの件は、6階の方々に話を聞けば説明がつくと思いますが、まだ他にも彼女が『罹人』だとする根拠はありますか?」
「・・・・・・・・・」
「ないなら、もうこれ以上話は進められねぇな、ブレイク様よぉ」
ブレイク様がなんとも言えない顔で沈黙していると、ここぞとばかりにダークローザがそう言って追い打ちを掛け、わざとポテチに手を伸ばした。
「チっ。クソガキどもが。まあ今回はお姫様の教会への援助の額を顧みて、渋々、見逃してやるよ、しーーぶーーーしーーーぶ、な!」
すると、ブレイク様は嫌味ったらしい口調でそう言って、全員を均等に睨み付けてから部屋から出て行った。
「・・・・・みっ、みっ、皆、ありが______」
「大勝利だ!!!」
男の人が完全に見えなくなった後、私が皆に精一杯の感謝の言葉を述べようとすると、その前にダークローザが大声で叫んだ。
「見たかよ、あいつがビゴさんとマッド先生の名前聞いた時の表情。マヂでケッサク。あの時、皆の前でしばかれたのがよっぽどトラウマなんだろうなぁ!」
「やめて差し上げなさい、ローザ。誰にでも苦手なものはあるものよ」
「いやぁ、でもマヂでクソダサだったね。流石、天装兵団最弱、名ばかり審問官」
「・・・・・ブーケ、ちょっと言い過ぎ」
「そうね、皆、ブレイク様への悪口はほどほどに。そして、ラヴィ、もう知っているとは思うけど、あの人も、あなたのご主人様のノクターン様と同じく、私たちのために、国家のために、命を投げ打って遠い異国の戦場で戦った『天装兵団』の一員なの。皆もそれは忘れないで」
「「「「「「「はーい」」」」」」」」
カスケードがそう言うと、親衛隊の皆が声を揃えて返事をした。しかし、『天装兵団』なんて初めて聞いた。遠い異国の戦場で戦って???どういう事だろう。ちょっと、聞いて・・・・・いや、今はお礼が先だ!!
「あっ、あっ、あの・・・・・危ないところを、たっ、助けて頂いて、そのっ、あっ、あり、ほっ、本当に、ありがとうございます!!」
私は席を立ち、皆に向かってそう言って思い切り頭を下げた。皆が庇ってくれなかったら、殺されていたかもしれない。チームメイトでもクラスメイトでもない私に何でこんなに優しくしてくれるんだろう。本当に感謝しかない。
「いいのよ、ここであなたを見捨てたらとても寝覚めが悪いから。とはいえ、折角皆で口利きしてあげたんだから、せめてブレイク様が土足で歩いたところ、あなたが掃除してよね。はい、掃除機」
「あっ・・・・・はい!!よっ、喜んで!」
私はなんと良い友人たちに恵まれたのだろう。必ず、必ず、この恩に報いなければ。ターボサイクロンでブレイク様が残した土を吸い上げながら、私は自分の心に決めた。




