第153話(5-2-6)
「モニカちゃん、お菓s____」
モニカちゃんに忘却薬を飲ませるためそう言おうとした瞬間、死んだと思っていたフジマルさんがお腹を抑えながら痛そうに立ち上がった。
「おう、モニカちゃん、どうだった、最後のショーは????」
「えっ?」
「だから、最後の怪獣バトルショーはどうだったかって」
「怪獣バトルショー??」
「ああ。このお腹の傷ケチャップなんだわ。気付かんかったやろ?」
「そっ、そうなの、エーデル!?!?」
「えっ!?!?えああああ、あーー。あっ、うん。そうだよ!!!モニカちゃん、途中でおトイレ行ったでしょ。その時にくっ、くっ、クマちゃんとフジマルさんと3人で最後に凄いショーをやろうって相談してたの!!!!」
しまった。勢いで嘘に乗ってしまった!まあどうせ2人とも記憶を消すからいいか。多分フジマルさんはさっきまでの戦いを全部ショーだった事にして、モニカちゃんにトラウマが残らないよう考えて言ってくれたのだろう。というか、この人、大丈夫なのか??
「そうなの!?!?!わっ、私、本当にクマちゃんがフジマルを殺しちゃったかと思って!!!」
「凄かっただろ、俺の名演技!!!」
「もうフジマルのバカー!!!!エーデルのバカあああああ!!!クマちゃんのバカああああ!!!本当に恐かったよおおおおお!!!!バカバカバカバカバカ!!!」
「ははは。悪いな、流石にやり過ぎちまったみたいだな。まあそこに落ちてるオルゴールで勘弁したってくれよ。クマ公がお土産にってさ」
「そうだったんだ!ところで、クマちゃんはどこ??」
「クマちゃんなぁ。モニカちゃん楽しませるために全力出し過ぎて疲れ果てて今頃別室で眠ってるんじゃねぇかな」
「そっか。クマちゃんお休みなんだね」
「そそ。そこらに散らばってる黒いベトベトも、今、モニカちゃんの下に落ちてる黒い腕も全部小道具で、本物はもうここにはおらんな」
「そっか。でも、大きな声でお礼言ったら届くかな?」
「おう。きっと喜ぶで」
「クマちゃん、最後のショーはちょっぴり恐かったけど、今日はとってもとっても楽しかったよ!!このオルゴール大事にするね!!」
モニカちゃんがオルゴールを手に取り、風船で出来たドームの中心で天井に向かって叫んだ。返事は無かった。でも、返事の代わりに魔女の胴体の黒いドロドロが、跳んで行った頭が、モニカちゃんにオルゴールを差し出した腕が、ショーのフィナレーを飾るように青く暖かい光の球体に変わり、フワフワと漂いながら天井へ昇って行く。
モニカちゃんは目をキラキラさせてそれを見送る。
全ての青い光が天に昇ると、黒いドロドロがあった場所にソウルティアだけが残った。いつの間にか白いワンピースの人間の姿に戻っていたヨハナさんがそれを拾い上げ、優しくキスをし、『遊園地の魔女』を自分の身体に取り込む。
少しの気まずい沈黙の後、声が響いた。しかし、それは音ではなく頭に直接。
[エーデル。エーデルは2人に忘却薬を飲ませるんだよね]
[はっ、はい。『テンプル騎士団』の、きっ、規則なので]
私は頭の中で返事をした。
[すっ、凄く言いにくいんだけどね。今回は見逃してあげられないかな?]
[えっ!?]
[この子、この子ね。人を楽しませるのが大好きな子だったの。この子が人を殺めてしまっているのも分かってる。このボールの下に子供が4人埋まっているのが感じられるの。でも、でもね、彼女はずっと抗ってた。自分と怪物の狭間でずっと戦ってた。彼女、最後、『ありがとう』って言ったの。だから、だから、せめて、彼女のために、彼女があの子に送った思い出を、無かった事にしないであげて欲しい・・・・]
[・・・・・・]
[ごっ、ごめんね、我儘言って。でも、『人間』だった彼女の、最後の贈り物がなかった事になっちゃうなんて、私、同じ『魔女』としてなんだか悲しい。彼女は好きで人間を襲った訳じゃない、ただ『魔女』なってに理性がなくなって・・・]
[・・・・・]
私は頭の中まで沈黙した。
今のヨハナさんの話で彼女が、なぜあの時停止したのか分かってしまったのだ。彼女はあの時、一瞬だけ自分を取り戻したのだ。だから、止まったのだ。あの時、彼女が止まってくれていなかったら、間違いなくヨハナさんの助けは間に合わなかった。
『テンプル騎士団』は『魔女』に関わった一般人の記憶を消さないといけない。でも、私は、今、同じ『魔女』であるヨハナさんから本当の彼女を聞いてしまった。今なら分かる。彼女は本気で私たちを楽しませようとしていたのだ。私たちを殺す機会など、いくらでもあった。それに、彼女は指パッチンひとつで空間を丸ごと作り変えてしまうほどの力を持っていた筈なのに、戦いでは、その片鱗すらなかった。きっと、私たちを楽しませるために殆どの魔力を費やしたのだろう。そんな彼女の最後の想いを無かった事にするのは・・・・・・・彼女は罪のない子供の命を奪った邪悪な怪物。それだけなら、心置きなく2人の記憶を消せた。でも、知ってしまった以上、私にはそんな、残酷な事・・・・・彼女は、人を楽しませる事が大好きな彼女は、確かに、確かに、生きていたのだ。
天国にいる犠牲になった子が納得するかは分からない、それでも、私は、私には、もう出来ない。私も、彼女の最後の贈り物を消したくない。そう思ってしまった。
[分かった。今日は、薬は使わない]
だから、私は、ヨハナさんにそう伝えた。
[ありがとう。ありがとう、エーデル]
彼女が言った。
「・・・・・なあ、この沈黙耐えられないからもう喋っていいか??」
不意にフジマルさんが言った。私はコクコクと頷く。そういえば、私たちがテレパシーで会話しているのが聞えないから、今の時間はフジマルさんにとっては謎の沈黙の時間になっていたのだ。
「そっちの可愛い赤毛の姉ちゃんがさっきのデカいムカデなわけ?」
「えっ、ああっ、はい、」
「ったく、訳わかんねぇな。色々あり過ぎてもうめちゃくちゃだわ。まぁ、久しぶりにヒヤヒヤして楽しかったけどよ」
「あっ、あはははは。でっ、でも、あのっ、その傷・・・・・・・・」
「これか?これなぁ・・・ツっ」
「あっ、あわ・・・・・」
私は慌てて、フジマルさんの身体を義手で支え、ゆっくりとボールの上に座らせる。すると、フジマルさんは私の耳を少し引っ張り、私を座らせた。そして、私に耳打ちをする。
「エーデルちゃん、聞いてくれ。俺は、ここまでみたいだ。もう、正直、話すのも、しんどいわ・・・・・だから、・・・・2人で、いや、赤毛の姉ちゃんと3人で帰ってくれ。モニカちゃんには、フジマルは別ルートで帰るから、みたいな、こと、言って、テキトーに誤魔化しといてくれや・・・・・・どうか、この夢を、モニカちゃんにとって〝悪夢〟にさせないでやって・・・・・・ゲホっ、ゲホっ・・・・」
私はそれを聞き、一瞬言葉を失ってしまった。さっきの普通に話している感じからなんとなく大丈夫そうだなと思ってしまったが、現実、そんな事はなく、見た目通り、致命傷を・・・・・。
「そんな・・・・・そっ、そっ、そんなの、・・・・まっ、まだ」
「いっ、いいんだ・・・・・・頼む、もう・・・・・行ってくれ」
「いっ、嫌です。いっ、いっ、一緒に帰りましょう!」
「あんま、大声出すな。モニカちゃんに気付かれちまうだろう・・・・・」
「でっ、でも・・・・・・」
「これは、夢だろ。だから、平気だから。目覚めの世界で、またすぐ会おうや」
フジマルさんは消え入りそうな声でそう言って、送り出すように私の肩を叩いた。嫌だ‥‥いやだ・・・・・・誰か、誰か・・・・・・・彼の傷を・・・・・彼の右手を義手で握り祈る。
「エーデルちゃん、モニカちゃんを、よろしく、たっ______」
フジマルさんが最後の言葉を口にしようとした瞬間、ボールプールの中から拳ほどのサイズの黒いドロドロが4つほど湧き出し、宙に浮かび上がったかと思うと一気にフジマルさんの傷口に吸い込まれるように入って行ったではないか!!
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
黒いドロドロに侵入されたフジマルさんが苦しそうなうめき声を上げる。なっ、何が起きて!?!?その声を聞き、ヨハナさんが良い感じに足止めしてくれていたモニカちゃんが流石に異変に気付きこちらに走ってくる。
「フジマル、フジマル!!!どうしたの!??!!?」
「・・・・」
「フジマル???」
「・・・・」
フジマルさんは仰向けに寝転がった姿勢のまま、無言で自分のお腹をサスサスする。あれ??ない。ないのだ。さっきまで、フジマルさんのお腹に開いていたあの3つの穴が!
「フジマル・・・だっ、大丈夫だよね?」
「・・・・・・おう。今、丁度、ケチャップを拭き終わったところだ」
フジマルさんは何事もなかったかのようにスクっと立ち上がり、心配するモニカちゃんの頭を撫でた。えっ???? えっ????? あえ??
「あっ、あの・・・・・」
「なんか、さっきの黒いドロドロで、大丈夫になったわ。だから、さっきの話はなしって事で。やっぱ、4人で帰ろうや。ほんま、夢だから、何でもアリやなぁ。はっはっはっは」
「えっ・・・・・ええ・・・・はっ、はい!」
私は、ちょっと煮え切れない感じもしながらも、結局彼が死なないで済んだ安心が勝り元気に返事をした。なんだかよく分からないが、私の祈りが通じたのかもしれない。なぜ、本体であるソウルティアを失った筈なのに魔法が残っていたのか、なぜその残された魔法がフジマルさんの傷を塞いだのかは分からない。でも、フジマルさんが無事なら、もうそんな事はどうでもいい・・・・いい、のか?
「・・・・・」
「・・・・・」
「なんか俺の顔に付いてっか?」
「あっ、いえ、あのっ、よっ、良かった、なと思って。あと、えっと、そのっ・・・・・この事は、今日の事は、私たちだけの、ひっ、秘密にしませんか?」
「そうだな。なぁ、モニカちゃん、今日の事、絶対誰にも話したらあかんで」
「えーーーー何で!?!?」
「それはな。こんな事、話したら頭おかしい人だと思われて速攻病院連れていかれる」
あっ、割と現実的な理由。
「モニカちゃん、注射は嫌だろ???」
「いや!!注射嫌い!!!」
「それなら、秘密にしといた方が賢いだろうな」
「分かった、3人・・・・えっと、違う。4人だけの秘密だね!!」
「おう!!!!」
これで、ハッピーエンドと行きたいところだが、出口はどこ??っと思った瞬間、まるで私の思考を読んでいたかのように私たちの目の前にボールプールの中から真っ赤な扉がせり上がってきた。あまりのグッドタイミングだったので私たちは顔を見合わせる。
皆で前に立ち恐る恐る扉を開けると、私たちは眩い白い光に包まれた。
目を開けると、そこは元いた車両とは全く違う見知らぬ車両の中だった。でも、席についているのは、私とモニカちゃん、フジマルさん、そして、後から合流したヨハナさんだけだった。陽が沈んでいる。とりあえず、電波は正常なので、結界の中ではないのは確からしい。多分、どこかの人がいない車両に飛ばされたのだろう。上に貼ってある路線図を見ると、どうやらかなり南の鉄道に飛ばされたみたいだった。斜め前の席でフジマルさんは壁に寄りかかり、いびきをかいて寝ている。ヨハナさんは私の肩に頭を乗せ眠っている。そして、モニカちゃんはピンクの鞄を抱いてこっくりこっくりしている。しかし、その手元には例のオルゴールが、確かに、握られていた。
夢の様で夢じゃなかった出来事。私たちだけの秘密。モニカちゃんにとってはきっと夢の世界の楽しかった冒険。それこそが、あの子が、生きていた確かな証。
「うにょ・・・・うにょん・・・・・」
「あっ、ヨハナさん、おっ、おは、おはようございます。きょっ、きょっ、今日は、本当に、あ、あっ、有難うございました」
「んんーー??いいの、いいの。こんなのエーデルが私にくれた恩に比べれば全然大した事ないから。でも、たまたまストーキングしてる日で、なんとか間に合って良かった。それに、私こそありがとう。彼女を怪物じゃなくてエンターテイナーとして終わらせてあげてくれて。きっと、彼女も感謝してると思う。だから、イテン魔法で、最後、あの男の人を治してくれたんじゃないかなって」
「・・・・・そうですね、きっと、そうですよね」
私はイテン魔法がなんの事か分からないが、半分自分に言い聞かせる様に言った。私のした事は間違いじゃなかったと自分に言い聞かせるために。でも、実際、本当にそうだったかもしれない。私が、彼女の最後の思い出を無にしていたら、フジマルさんは助からず、出口の赤い扉すら現れなかったかもしれない。そういう事にしておこう。
「それにしても、私とエーデルは相性ばっちりだね。あんなに上手く一切触れる事無くリンクで魔力を全部乗せられる人、他に誰もないよ!」
「そっ、そうなんですか?」
「うん。それに、『叛逆の詩』は私たちのための唄だからね」
「・・・・・くっ、クレッシェンドに感謝しないと、ですね」
「うん、音楽の才能が消える前に完成出来て本当に良かったよお~」
「きっと天国のクレッシェンドも・・・・」
「違うよ」
「えっ?」
「彼女はね、私の中にまだいるの。今日エーデルを助けたのはね、ヨハナでありクレッシェンドなんだよ」
「・・・・・そう。そうなんですね。クレッシェンド、ありがとう。私を、モニカちゃんとフジマルさんを助けてくれて」
私はヨハナさんの胸に人差し指と中指を当てながら言った。
すると、ヨハナさんが満足そうに多分二人分の微笑みを私に送った。
それから、私たちはモニカちゃんとフジマルさんが眠っている間にたくさんお喋りをした。トゥワイスとモアが相変わらず元気いっぱいな事、フランが私に会えなさ過ぎて常にご機嫌斜めになっている事、次いつ会うか、その段取りについてなど、本当に沢山の事を話した。
『魔女』と『魔女』を倒すために生まれた『テンプル騎士団』の私が、だ。
私が、私たちが進む道は__________。
「あれ!?ママ!!このオルゴール、今、ビクンって、ちょっと動いたよ!」
「はいはい。それより、迷子の間にそんな高そうなオルゴールなんて買って貰っちゃって。本当にあなたはちゃっかりしてるはね。でも、次からは乗る電車を間違えないようにしてね。今回、見つけてくれた人がたまたま良い人みたいだったから良かったものの。ママ、心配で心配で胸が張り裂けそうだったんだから」
「ごめんなさい・・・・・・でも、ママ、本当に、今、動いたんだよ!!」




