第151話(5-2-4)
「あびゅん」
痛っ。誰だ、ボールプールの中に人間の腕なんて埋めたのは。引っ掛かって転んでしまったじゃないか、全く。ん? んー。何か、おかしい。人間の腕???人間の腕!?!?!ハっと我に返り飛んでくるボールを無視して慌ててボールプールを掘ると、大量のボールの中に全く生気のない青白く縮んだ腕の主の顔が見えた。悟られないよう義手で何とか悲鳴を抑える。吐き気が込み上げてくるほどの腐敗臭。見るからに死んでいる。私は、私は、何をやって!!!!
私は自分の頬をパンパンと義手で叩き、なんとか自我を取り戻す。
そうだ、目の前でモニカちゃんと遊んであげている奴は、『魔女』なんだ。人を喰らう邪悪な怪物。ここが終点。あの埋まっていた子は、あいつが、あの化け物がやったんだ。正気に戻るのが、モニカちゃんが食べられる前で本当に良かった。きっと、天国のあの子がわざと私の脚を引いて助けてくれたのだろう。もうモニカちゃんのご機嫌を考える時間はない!!!
「モニカちゃん、帰ろう!!!」
私はモニカちゃんの方まで走っていき語尾を強めに言った。
「えーーーーーーやだぁ!!!もっとここで遊んでたい!!!」
「エーデルちゃん、急に怖い顔してどうした??もう二度と来れないかもしれないんだぜ??楽しもうや!!!」
「ふっ、ふたりとも、いっ、今何時だか分かりますか!?」
「あれ??モニカの時計、止まっちゃってる!!」
「俺の時計も止まってるな」
「モニカちゃん、随分遊んだけど、そろそろママが心配してるんじゃない?」
「そっ、それは・・・・でも・・・・・」
「モニカちゃんは、電車でどこに行くはずだったの?」
「えっ、えっ、えっと、ホーツに・・・」
「じゃっ、じゃあ、もうママ大慌てでモニカちゃんの事探してるよ!!」
「でも・・・・」
「ママ、モニカちゃんが見つからなくてきっと凄い苦しんでるよ!」
「あと、もう少しだけ・・・・・・・」
「ママ、苦しんでるよ!!!いいの!?!?!」
「・・・・・・」
「おい、エーデルちゃん、そんな怒鳴ったら駄目だろ。あとちょっとくらい許してやっていいじゃねぇか。後で、俺が、」
「そこ、掘ってみてください!!」
私はフジマルさんの話を途中で遮り、真下に転がっていたボールをさっきまで私がいた場所に向かって投げた。
「・・・・・・・そうだな。エーデルちゃんの言う通りだ。さっきの発言は取り消させてくれ。モニカちゃん、もう帰ろう」
多分、冷たくなった女の子を見たであろうフジマルさんが顔を青くしてモニカちゃんに言った。
「・・・・・フジマルまでどうしたの??」
「いや、なんでもない。ただ普通に大人としてだ。もう充分楽しませて貰ったよな、モニカちゃん。もう夢から醒める時間って事だ」
「違うよ、フジマル。これは夢じゃないよ!!」
「ならもっと帰らないと、ママが可哀想だぜ」
「・・・・・」
「モニカちゃん、良い子だから、ねっ?・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・分かった、モニカ、帰る」
「うん、そうだね。良く言えたね」
「ってな訳だ、クマ公。俺たちは帰るからさっさと出口に案内してくれよな」
私の代わりにフジマルさんが言ってくれた。しかし、『魔女』はそれを無視して、モニカちゃんにボールを投げる。
「ごめんね、クマちゃん。モニカ、もう帰らないとママが心配しちゃうから」
モニカちゃんが『魔女』に言うと、『魔女』は一瞬固まり、またボールを投げる。
「ごめんね、クマちゃん。でも、モニカ、今日の事は絶対忘れないよ!!!」
それを聞いた『魔女』はショックを受けたように前のめりに倒れ込み、そこからうつ伏せのままボールの上を芋虫の様にゆっくりっと這ってこちらに向かってくる。こっ、怖い。私はモニカちゃんの手を引きゆっくりと後退りをする。
「・・・・・・・・クマちゃん」
「・・・・・お願いです。出口を、出口を、教えてください」
「もっ、モニカからもお願い!!ママが、ママが泣いちゃうの!!!」
それを聞いたうつ伏せの『魔女』の身体が突然中で何かが暴れはじめた様にモゾモゾと動き出した。そして、逃げる間もなく『魔女』の首より下が風船のように破裂し、中から黒いドロドロが溢れ出した。その黒いドロドロが新しい身体を、4本の脚と2本の腕を、長いしっぽを模り、遊園地のマスコットみたいな可愛い『魔女』は体長3mほどの顔だけクマちゃんのままの異形の怪物に変わった。モニカちゃんが恐怖の悲鳴を上げる。私はほぼ反射的にモニカちゃんを守るように彼女に覆いかぶさり、怪物を睨みつける。
「させるかよ!」
『魔女』が黒い腕をモニカちゃんに向けて伸ばした瞬間、黒い腕に白い綺麗な刀身が重なった。
「エーデルちゃん、モニカちゃん連れて後ろにさがっとき!!なんだかよく分らねぇけど、こいつが、エーデルちゃんの言う怪物だったって事だな。こいつは俺がやる!!!」
『魔女』の腕を斬ったフジマルさんが叫ぶ!!!えっ!?!?えっ!?!?あんな武器どこから!?!?もしかして、フジマルさんも『テンプル騎士団』!?!?
「なっ、何がどうなってるの、エーデル!?何でクマちゃんは襲ってきたの!?!!何でフジマルとクマちゃんが戦ってるの!?!?!?」
「そっ、それは・・・・」
「あっ、フジマル!!」
声を聞いて後ろに向き直ると、『魔女』の右手の3本の指がフジマルさんのお腹を突き刺しているところだった。は??? は?????
『魔女』が雑にお腹から指を抜き取ると、フジマルさんは持っていた日本刀を落とし、ヨタヨタと3歩後ろに下がってから仰向けにボールプールに倒れ込んでしまった。カラフルなボールたちにじんわりと赤い血が滲んでいく。うっ、嘘だ・・・・フジマルさんが・・・・・皆で、無事に帰るって心に決めたのに・・・・・あれが人を襲う『怪物』なのは最初から分かっていた。それなのに、私は、この結末を、回避できなかった。きっと、もっと、他に何かできる事が・・・・私は何をやって。私は、本当に、本当に、無能だ。私は本当に何を・・・・。
私は義手で自分の顔を覆い、倒れたフジマルさんの身体を見ながら黙って立ち尽くしてしまった。
すると、誰かが私の服の裾を微かに引っ張った。見ると、今にも泣きそうな顔で、震えた右手で、私の服の裾を摘まんでいるモニカちゃんがいた。そうだ。駄目だ。まだ、絶望しちゃ駄目だ。まだ、モニカちゃんがいる!!彼女だけは、彼女だけは。でも、どうする!!?いや、もうどうしようもない・・・・もう、もう、戦うしか。駄目でも、やるしかないんだ!!モニカちゃんを守れるのはもう私しかいないんだ!!!
『繧ゅ▲縺ィ繧ゅ▲縺ィ縺壹▲縺ィ遘√→驕翫⊂繧ヲ!!!!』
私が改めてモニカちゃんの盾になるように立つと、『魔女』がこちらを睨み、クマの頭の下にある黒いドロドロの中から出てきた大きな口で、怪物らしい悍ましい声を上げた。そして、ゴキブリみたいな動きで迫って来る。逃げるな、目を瞑るな、諦めるな、戦え、戦え!!!!守るんだ!!私は義手に渾身の力を込める。




