第149話(5-2-2)
「・・・・・・」
私は言葉を失った。モニカちゃんに手を引かれ、渋々遊園地のゲートまで来た。武器が使えない今、『魔女』にも『使い魔』にも出会わないのが一番だと考えていた矢先だ。それは、すぐ目の前で、ゲートの横で私たちを待ち構えていた。体長は大人のフジマルさんより更に一回り大きく、ピエロのような服を着た二足歩行のアニメのキャラクターのようなクマ。それが舌をでろんと垂らし、私たちに向け両手を振っている。頭の血の気がサーっと退いて行く。いや、絶望している場合じゃない、モニカちゃんを守らな・・・そう思って私が動く前に既にそれは動いていた。それはいつの間にか、モニカちゃんの前に屈みこんでいた。駄目だ、間に合わない!!!
「わーーーーー!!!ありがとう、クマさん!!」
モニカちゃんが嬉しそうに言った。それは彼女を襲うのではなく、自分の背中に巻き付けたていた風船をひとつ彼女に渡したのだ。良かった。いや、全然良くない。戦えない状況でもう既に『使い魔』もしくは『魔女』そのものに見つかってしまったのだ。
どうしよう、どうしよう・・・・・・。
考えていると、屈んでいたクマがスクっと立ち上がり首をギュンっと横にし、私を見た。そして、一瞬で間合いを詰め私の目の前まで来た。ヒエっ!!私が慄くと、クマはモニカちゃんにそうしたように私の義手に半ば無理やり風船の糸を握らせた。そして、〝恐くないよ〟と言わんばかりに私の髪を優しく撫でる。だが、その行動で私の恐怖は返って倍増する。友好的な『魔女』だと思って迂闊に気を許して命に危険に立たされた経験は一度や二度ではない。
「エーデルちゃん、こいつは、エーデルちゃんの言ってた怪物と違うみたいだな。折角だし、このクマ公に案内して貰おうぜ。いいよな、クマ公」
モニカちゃんと同じく全く今の状況の危うさを分かっていないフジマルさんが呑気に言う。クマはそれを聞くと、フジマルさんの方にギュインと首を回し、〝任せろ〟と言わんばかりに右手の親指を立てた。遊園地のマスコット的な存在が遊園地の案内を引き受けてくれた。2人にはそう見えただろう。でも、今の些細なやり取りで分かってしまった。意思疎通が出来ると云う事は、もうこいつがただの『使い魔』ではない事が確定してしまったようなものだ。この遊園地のマスコット的なこのクマさんこそ、この空間の支配者で、『魔女』なのだ。そして、あれほど明確に意思疎通が出来ると云う事は、良くても『知性魔女』、悪ければ、『魔人』クラスだ。
状況はあまりにも絶望的。モニカちゃんはるんるん。
フジマルさんも危機感ゼロ。
でも、どうしたら。下手に刺激して怒らせてしまったら、返って取り返しのつかない事になる。武器も使えない状況で小さい女の子を含め一般人2人を守りながら戦うのはあまりにも現実的じゃない。さりげなくモニカちゃんを遠ざけながら、出口を探す。そして、隙を見て皆でそこに逃げ込む。今、思いつく案はそれしかない。でも、それも現実的かと言われると、全くそんな事はない。少なくともフジマルさんには協力して貰わないといけない。どこかで隙を見て、耳打ちしないと・・・って考えてる傍からモニカちゃんが『魔女』と手を繋ごうとしている!!!
「だああああああああああ!!!」
私は風船を手放し、叫びながら『魔女』とモニカちゃんの間に割って入り『魔女』がモニカちゃんの手を引こうとするのを阻止し、代わりに私がモニカちゃんと手を繋ぐ。
「急にどうしたの、エーデル。風船飛んで行っちゃったよ?」
「だっ、だっ、大丈夫。ただ、私が、モニカちゃんと手を繋いだ方がいいかなって。ほっ、ほら、くっくっくクマさん、手が大きいから、ちょっと、繋ぎにくそうだから、ねっ???」
「そっか。分かった。でも、エーデルの手、凄く冷たい。何で?」
「あっ、あっ、これは、、本物の手じゃなくて、ロボットの手だから」
「何で、何で???」
「えーーーとっ、これは事故で・・・・・」
「どんな事故???どんな事故???」
「えっと、それは・・・・・」
「モニカちゃん、止めとき。人には思い出したくない事もあるんだよ」
応えに窮していると、フジマルさんが助け舟を出してくれた。
「むうううーーん、分かった。エーデル、嫌な事聞いてごめんなさい」
「うっ、うん。だっ、大丈夫」
私は言った。そして、何気なく左上を見る。すると、丁度、『魔女』が首をギュンっとこちらに動かしたところで、視線が重なってしまった。
灰色に透き通った両目がジっと私を見つめる。この『魔女』が何を考えているのか全然分からない。なぜ襲ってこない?確実に3人を仕留めるため??分からない。でも、一瞬たりとも警戒を怠る事は出来ない。こいつが牙を剥いた時、どう対応する。全速力で逃げる??それとも、フジマルさんにモニカちゃんを頼んで私が時間を稼ぐ??考えなきゃいけないことは・・・・ん?急に『魔女』が〝閃いた!〟みたいな表情をして背中に付けた風船をまた取り、私の赤いリュックサックの肩ひもに薄紫色の風船を手早く結びつけ、満足そうな顔で私を見下ろす。
・・・・・・。
「わーーー、エーデルいいなぁ!」
「似合うじぇねぇか、エーデルちゃん!」
2人が呑気に言う。マズい、非常にマズい。この『魔女』、どんどん打ち解けて行っている。この様子ならまだ余裕がありそうだと思いそうになるが、多分そうではない。この怪物はこうして私たちを油断させて、逃げられないどこかに連れて行き私たちを食べる気なのだろう。そうだ。そうに違いない!こいつは、私たちをこいつのお食事スペースまで連れ込む気なんだ。それなら、尚更急いでフジマルさんに協力を仰がないと。どこかで隙を見つけて、出来るだけ早く。
「ねぇ、クマさん。モニカね、メリーゴーランドに乗りたい!!メリゴーランドはどこ?」
心配で頭が一杯の私を余所に、モニカちゃんが無邪気に言う。すると、『魔女』が首を横に振った。
「えっ??ここの遊園地、メリーゴーランドないの!?」
『魔女』がまた首を横に振る。メリーゴーランドはあるらしい。
「じゃあ、メリーゴーランドに案内して!!」
すると、『魔女』がまた首を横に振り、服の大きなポケットからレースカーの模型を取り出し手の平でそれを走らせる。その後、それをポケットに戻し、今度は海賊船の模型を出しそれを手に持ったままぶらんぶらんさせる。それが終わると今度は私の手の平サイズの箱をだし、その箱をモニカちゃんの目の前でパカっと開けて見せた。それは、メリーゴーランドの模型が入った綺麗なオルゴールだった。
中のメリーゴーランドが回り出すと、楽しくそしてなぜか切ない音楽が流れた。
「どういう事!?!?全然分かんない!!」
そんな謎の一連の動作を見せられたモニカちゃんがちょっと怒ったように『魔女』に言った。すると、『魔女』は少し目を垂らし困った顔になった。
「・・・・・・分かったぞ。モニカちゃん、こいつはメリーゴーランドは最後の楽しみにしようって言いたいじゃね???最初はゴーカート、次にバイキング、それからメリーゴーランドだ!!!違うか、クマ公!?」
フジマルさんがそう言うと、『魔女』の顔がパーっと明るくなり、フジマルさんに向かって、両手で親指を立て、それを上下に振って彼を目一杯称賛する。表情も豊かだし、凄い人間臭い『魔女』だ。油断したら、私も気を許してしまいそうになるほどフレンドリー。でも、絶対、駄目だ。こいつは、人を食べる怪物。そのために、私たちをここに連れてきて、そのために私たちを油断させ続ける、狡賢く、恐ろしい『知性魔女』。こいつがヨハナさんのような人を助ける良識のある正義の『魔女』なら、そもそも、自分の結界に人間を引き摺りこまない。
私は、人知れず唇を噛み、改めて覚悟決める。
2人を死なせはしない。
2人を必ず生きてこの『結界』の外に。




