第143話(4-12-9)
あっ、凄く馴染みのある天井。
私が目を覚ましたのは教会の6階にある病室だった。入団試験前にさんざお世話になったベッド。まだ目が慣れてないから照明が眩しい。思わず右手で顔を覆う。あれ?? ない・・・・・・右手どころか、右腕が、ない・・・・・。右腕があったはずの場所をぶんぶんと振ってみる。当然、何のトリックもなく。右腕は出てこない。そして、痛い・・・・・そっ、そっか。ついに、私の腕は、本当にお亡くなりになってしまったらしい。左はっ!? あっ。あった。包帯ぐるぐる巻きでしっかり固定されているが、確かに残っている。良かった。こっちは、回復の見込みがあったという事だろう。
利き腕を失った。これからどんな不便があるか、考えただけで頭が痛くなりそうだ。でも、微塵も後悔はない。あの時、ノクターンさんが来てくれたお蔭の偶然の結果論だが、私は確かにミスリードを助けたのだ。もし、私があそこで、彼女を見捨てていたら、ノクターンさんが来るより先にミスリードは握りつぶされていただろう・・・・多分。もしそうなっていたら、私は、私を許せなかっただろう。だから、これで良いのだ。
それより、エンヴィやザクロは大丈夫だろうか?
誰かに聞こうと思い横になったまま左を見ると、そこには大体いつもこういう時に横で私が起きるのを待ってくれているジェシカやエレクタ、アイさんがおらず、代わりにマッド先生が退屈そうに雑誌を読みながらパイプ椅子に座っていた。
「あっ、あの・・・・・・」
「ん? 起きたか。今から大事な話をするから心して聞け」
「・・・・・・はっ、はい」
有無を言わさずマッド先生が言ってきた。なんだろう。もしかして、エンヴィやザクロが・・・・・いや、そんな、まさか。ザクロもエンヴィもボロボロだが、一応あの時話も出来ていた。でも、それ以外にジェシカたちを下がらせてまで私に伝えなきゃいけない事って・・・・・・・。
「気付いてないかもしれないが、お前の右腕は、もう、ない」
マッド先生はわざとらしく大きく深呼吸してから覚悟を決めた様子で言った。
あっ、その話か。良かった。
「あっ、あっ、大丈夫です。きっ、気付いてます、はい」
私はそう言って、包帯ぐるぐる巻きの右肩を少しだけ上下した。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・あのっ」
「もっと取り乱すと思って、人払いしたが徒労だったか」
「えっ、っ、あっ、あっ、そっ、それで、皆が・・・・」
「はぁ、調子が狂う。まあ説明するぞ。簡単に言うとだな、お前の右腕は再生不能なほど神経まで傷付いていて、二度と上がらないどころか、ぶら下げておくだけで循環系に問題を引き起こし、細胞の壊死がどんどん拡がって行く。だから、仕方なく切り落とした。悪く思うなよ」
「あっ、はっ、はい」
「・・・・・俺は、お前が恐ろしいよ、ラヴィンロール。どうやったら普通の人間が自分の力で自分の腕をあんなにズタボロに破壊出来たのか」
「・・・・・ごっ、ごめんなさい」
「謝るな。名誉の負傷、だったんだろ?」
「はっ、はい・・・・・たっ、多分・・・・・・」
「・・・・・全く。どうして、こう、ここで手伝いやってる連中は自分を顧みない馬鹿ばっかりなんだろうな。理解に苦しむ。まあ、とにかく、俺からの話は終わりだ。義手の話はアイとエレクタから聞いてくれ。じゃあな」
マッド先生はそう言うと、わざと気怠そうな雰囲気で肩を回してから雑誌を持って部屋から出て行った。口は悪いが、私が腕が切断された事で取り乱したり、人に当たったりしてもいいように、わざわざ自ら出向いて来てくれたようだ。この人もノクターンさんと同じで本当は優しい人なのだろう。エレクタがツンデレって揶揄するのも、なんとなく分かる気がする。
マッド先生が出て行ってしばらくすると、病室の扉が少し開きエレクタとアイさんがひょっこり顔を出して私の顔を窺う。絵面が可愛い。
「だっ、大丈夫だよ」
私は言った。
「大丈夫だって」
「先生の言う通り、本当に大丈夫そうですね」
2人はそう言った後、部屋に入ってきた。なんか・・・・腕を、一杯持ってる。
「ラヴィ、まずはタナトスの件・・・・・本当に、なんと云うか・・・・・」
エレクタが持っていた3本の義手をサイドテーブルに置き、気まずそうに言う。
「・・・・うん。ザクロとエンヴィは???」
「大丈夫。2人ともボロボロだったけど、2ヶ月もあれば折れた骨も元に戻るし、一周回ってラヴィが一番重症だよ」
「そっ、そっか。良かった」
「・・・・」
「・・・・」
「ラヴィのバカ、全然良くないよ!!自分の腕を犠牲にして仲間を助けるなんて、本当かっこいいんだから、もう!!!バカ!!!」
「あっ、あははははは・・・・・・・」
「本当にラヴィはご立派です。安心して下さい。もしラヴィを責める様な輩がいるのなら、私がこの眼についたスカウターで焼き払います!ラヴィは正しい選択をしたのです!!!結果が全てなのです、はい!!!!」
「あはっ・・・・・・あっ、ありがとう、アイ」
「いえ、真実を述べたまでです。それで、本題の義手の件なんですが、一応3タイプ持ってきたので、今から私たちの説明を聞いてよく考えてから選んでください」
「はっ、はい」
「まずはこちら、モアセンセーション!」
エレクタは通販でも始める様な口調でひとつの義手を私に見せてきた。その義手の見た目は、殆ど本物の腕と見分けがつかないほどだ。
「この義手のセールスポイントはなんと言っても、肩の関節に直接針をぶっ刺して温度や感触を得られる事なんだよね。デメリットは内部の回路がとっても複雑で壊れやすいし、柔軟性に欠けること。後、一度付けたら外すのに大がかりな手術が必要な事かな。ちなみに、これは私の腕と同じやつね」
エレクタはそう言って、自分の腕を振って見せた。
「お次は、私の腕と同じ介護用アームですね。柔軟性に富み、微かに発熱し、最も人肌に近い義手になります。外部から神経の微弱な電流を読み込むタイプなので着脱は容易です。しかし、前者と違い感覚を得られる事はできませんし、強度は生身の腕に劣ります」
なるほど。アイさんの温もりは、この義手のお陰だったのか。
「そして、最後が、シーエスエムマークツー。これは、えっと、アポロさん、いや、ルミナスのパパって言った方がラヴィには早いかな??この腕は彼の『閃き流』をロボットにコピーさせようと作った腕なんだよね。『カナタ』って云うアンドロイドが付けていたのと同じタイプなんだけど、『カナタ』は色々と問題があって廃棄されちゃったんだよね」
・・・・・カナタ・・・・カナタ!?!カナタって、『ヴァルプルギスの夜』で絵本を描いたり、トゥワイスとモアに絵本の読み聞かせをしている、あの保母さんみたいなアンドロイドの名前じゃないか。あのカナタ!?私は思わず、同じアンドロイドであるアイを見た。すると、アイはプイっとそっぽを向いた。わっ、分かり易い・・・・やっぱり、あのカナタなんだ。と云う事は、アイが私が『ヴァルプルギスの夜』と関係がある事を言わないでいてくれるのは、カナタさんを想っての事なのかもしれない。彼女の新しい居場所を無闇に危険に晒したくないのだろう。
「どうかした?」
「えっ? うっ、ううん。なっ、何でもない。つっ、つっ、つっ、続けて」
「それ何でもない人の反応じゃないよ、ラヴィ」
「・・・・・」
「まぁ、続けるけど」
「あっ、有難う」
「この腕のセールスポイントはなんと言っても頑丈さ。流石に今回ほどの負荷は耐えられないかもだけど、生身の腕が1、2週間上がらなくなるほどの負荷なら平気で耐えられちゃう!!何せ、『閃き流』を使うために生まれた戦闘用の腕だからね。ただし、前者と違って見た目がソレっぽいだけで温もりを感じる事も出来ないし、他人に温もりを送る事も出来ない。それにこれ自体が重いし、装着は肩の甲の方から針をぶっ刺しまくって神経接続するから負担は特大。当然着脱なんて無理!!さぁ、ラヴィ、よく考えて選んで。何なら、来週まで考えてもいいよ!!!これからの人生に関わる事だからね!!!」
「うっ、うん、よっ、よく考えてみる」
私は言った。欲を言えば、全部兼ね備えた腕が良かったが、多分、そんなものはこの世界にないのだろう。それなら、私が、選ぶべきは・・・・。




