第142話(4-12-8)
「覚悟なさい」
人間離れしたジャンプで屋根の上まで1回で跳んで行ったノクターンさんが『魔女』に向けてそう告げ、がら空きのお腹に向け飛んだ。これで終わり。タナトスを残酷に葬った魔女の悪夢はここで終わる。私も思ったし、ミスリードも思っただろう。だが、そうはならなかった。ノクターンさんの『魔鎚』が『魔女』のお腹を打つ直前、『魔女』の身体が立体映像を消した時の様に一瞬で消え去ったのだ。エドウィージュさんのワープとも、シズカの瞬間移動とも違う。完璧な消滅。『魔鎚』が虚空を打ち、ノクターンさんの身体が『魔女』がいた地面に落ちる。何だ、何だ・・・・・・未だ、こんな技を、隠していたなんて・・・・・まだ、戦いは、終わってない・・・・・・。
ノクターンさんは少し当たりを見回した後、特に何も警戒する様子もなくトボトボとこちらに歩いてきた。
「逃げられました」
そして、サラっと言った。
「あっ、あのっ・・・でっ、・・・・・・・」
「あの様子ではもう一度出てきても私に勝つ事は出来ません。加えて、戦いの最中あの『魔法』を一度も使わなかった。おそらく、あの『魔法』は彼女固有のものではなく、誰かから借りた一度きりのものでしょう。近くにあの『魔法』を使える仲間が潜んでいたのなら、もっと有利な戦いが出来たはず。以上の事から脅威は去ったと考えます」
「ふぁ、、はい」
ノクターンさんは私が言おうとした心配を先回りして答えた。
「とりあえず、今は行方不明者を探しましょう。あとここにいたのは誰ですか?」
「えっ、えっ、エンヴィとザクロです。ザクロはあそこの家に吹っ飛ばされて、エンヴィは、エンヴィは、真後ろの崩れた家の瓦礫の中に居ると思います」
ミスリードは苦い顔で、あの『魔人』の変身時の爆発で瓦礫の山と化してしまった元民家を指差した。
「なるほど、少し見てきます。2人は一応私の背後を警戒していて下さい」
「はい!!」
「はっ、はい!!!」
ノクターンさんは瓦礫の山に辿り着くと、超人的なパワーで瓦礫を次々とどかしていく。あんな芸当私たちには出来ない。本当に彼女がここに来てくれて良かった。エンヴィ、エンヴィ・・・・・・どうか無事で・・・・・。腕が上がらないので、手を組めないが、心で祈る。しばらく、祈りながら様子を見ていると今度こそ本当に祈りが届いたのか、ノクターンさんが瓦礫の底から白いパーカーを着た少女を掘り出した。エンヴィだ!!!!ノクターンさんがエンヴィを担いで戻ってくる!!
戻ってきたノクターンさんはエンヴィの身体を優しく地面に置いた。全身ボロボロで、トレンドマークの赤い眼鏡はなく、代わりに額から大量の赤い血が垂れている。そして、目を瞑ったままピクりとも動かない。そっ、そんな・・・・・・・。
「彼女が死んだような顔をするのはお止めなさい。気を失っているだけでちゃんと生きていますよ」
ノクターンさんが言った。あっ、あっ、あっ、よっ、良かった。本当に良かった。よく見ると、確かにお腹が少しだが、上下している。良かった。本当に良かった。
「・・・・・」
「どっ、どうしたの、ミスリード?」
「エンヴィ、あの爆風に巻き込まれたのに、あんま焦げてないなって」
「どっ、どういう事?」
「多分、タナトスが咄嗟に盾になったんじゃないかな。だから、あいつだけ丸焦げで、エンヴィは焼けないで済んだ。チャラ男のクセにやるじゃんって思ってさ」
「・・・・・」
「・・・・・次は、ザクロの方を見てきます。引き続き警戒を」
ノクターンさんが何とも言えない表情で言った。感情を全く表情に出さない人だが、多分、ノクターンさんも私と同じ事を思っただろう。やりきれない思いと、彼への敬意。
「ザっ、ザクロ・・・・・・・・」
ノクターンさんにおんぶされて帰ってきたボロボロのザクロを見て私は言った。
「その眼、止めてくれない。私は、生きてるから・・・・ぇほッ ゲホっ」
ザクロが力ない声で言い、その後、咳き込み、少し血を吐く。ボロボロだが、生きている・・・・・生きている・・・・・・・良かった・・・・良かった。あんな派手に弾き飛ばされたのに咄嗟で受け身を取れたなんて、やっぱり、ザクロは天才だ。
「・・・・・・・・あのっ、エンヴィは?」
「心配いりません。生きています」
「・・・・・そっ、そうですか・・・・良かっ・・・・ゲホっ、ゲホっ」
「あまり喋るのはお止めになさい。傷に障りますよ」
「はぃ、でも、どうして・・・しっ、『審問官』のノクターンさんが、ここに?」
「たまたま近くに用事があったので、ついでに可愛い後輩たちを冷やかしに行こうと思ったら、よもやよもやです。まあ、それより、結界崩れる前に早く引き揚げますよ。ミスリード、ザクロを担げますか?」
「はっ、はい、なんとか」
「それでは、頼みます。私はより重症のエンヴィを担ぎます」
ノクターンはそう言って、背中のザクロを一旦地面に降ろした。
「・・・・・あっ、あのっ・・・・・タナトスは???」
ミスリードに抱き上げられるのを一旦拒否してザクロがノクターンさんに言う。
「ザク、ロ、ノクターンさんを、困らせ、ないで。『掟』は習ったでしょ?」
ノクターンさんの代わりに気絶していたエンヴィが目を開き無理矢理身体を起こして言った。
「そんな、顔、しない。タナトスも、分かってるから・・・・・・・ミスリード、悪いけど、あの十字架に竜の巻き付いた厨二病丸出しのダっさいネックレス、タナトスから取ってきて」
「おっけ」
「途中で落とさないように首にかけておくから」
「ありがとう・・・・・・・・こんな、ダっさいネックレスが、形見になるなんて・・・・・、ほんと、最低ね・・・・・・・」
エンヴィはそう言って、首に掛けたネックレスを握りしめ再び仰向けに倒れた。その眼には、少しだけ涙が浮かんでいた。エンヴィ・・・エンヴィ・・・・つられて私まで泣きそうになってしまう。冗談を言ってクラスの皆を笑わす彼が、クラスの誰かが落ち込んでいた時に何気ない一言で励ましてくれる彼が、Aクラスに比べお堅い人が多いBクラスをいつも明るくしてくれた彼が、頭に浮かぶのだ。
そんな彼は、今日。
「ぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
仰向けのザクロが空に向かって咆える。
それを見て、耐えきれず、私の目から涙が零れ出す。
これが。これが、私たち、『テンプル騎士団』の現実。私たち『テンプル騎士団』にとって『死』はこんなに近くにある。こんなにも。




