第144話(4-12-10)
「よく考えてみたんだけど、私さ、あんたが腕を駄目にする前にあんたの命助けてなかった?あの時、私がタックルかましてなかったらあんた死んでなかった?」
「死んでた」
「だよね。じゃあ、貸し借りなしじゃん?」
「うん」
「だよね。あーーーー良かった。結果論とは云え、あんたに貸しが出来るかと思ったけど、そんな事なかったわ」
「そっ、そうだね・・・・・・・あの時、たっ、助けてくれて、有難う・・・・今、私が生きてるのは、ミスリードのお蔭だよ」
「うんうん。私のお陰だね。つまり、私が言うべきは“ちゃんと借りを返してくれて有難う”だよね?」
ミスリードは意地悪な笑みを浮かべながらそう言って、私の右肩を軽く小突いた。私は笑みを返す。本当は義手の接合部をピンポイントで小突かれ激痛が走ったが、我慢だ。
「にしても、今の技術は凄いね。魔法で腕を再生させたのかと思った」
「そっ、そうだね。こうやって、手もちゃんと動くし、ほっ、本当に魔法みたい」
私はそう言って、義手をグーパーする。その度に接合部の肩のあたりが僅かに痛む。でも、ちゃんとこうなるから止めた方が良いと説明を受けた。それでも、私はこの戦闘用の一番強度のある義手を選んだ。この腕では温もりを感じる事も、温もりを送る事も出来ない。でも、大切な誰かを守るためには、きっとこの腕が一番役に立つ。だから、選んだ。
「ベルリンもちょっと中心から離れるだけでガラガラだね」
オスドルファー通りで電車を降りるや否やミスリードが言う。コクコクと頷き私も同意する。中心部はあんなに人が沢山だったのに、ここの駅は数えられる程度しか人がいない。多分ここにいる人の殆どが私たちと同じベーテル・ベルリン病院に用事がある人たちだろう。そう。今日、私とミスリードはここの病院に入院しているエンヴィのお見舞いに来たのだ。
「でっ、どうする。どっかでお茶してから行く?このまま直で行く?」
「こっ、このまま、行こう・・・まだ、楽しく、お茶って気分には・・・・」
「・・・だね。だいたい、向こうでボッタクリ屋のメロンも食べるしね」
「うっ、うん」
ちなみに、ボッタクリ屋とは、隣のクラスのバンビの事だ。バンビは毎日通っている近所のおじさんのところで自家栽培した果物をときどき売り込みに来るのだ。誰かが怪我すると、どこからともなく現れる。ただ果物自体は、本当に美味しい。値段は、かなりアレだが。
「美少女ミスリードと、お付きのラヴィンロールがお見舞いに来たぞぉー」
ミスリードがエンヴィのいる病室のドアをノックして間の抜けた声で言う。
「入っていいわよ」
中からいつもと変わらないエンヴィの声がした。
中に入ると、全身包帯をぐるぐる巻きにされたエンヴィがベッドを起こして待っていた。どこかの別荘の一室のような広くて高そうな部屋だが、私たちは国のために命を懸けて怪物と戦っているのだからこのくらいの待遇は許されるだろう。
「コレ、お見舞いのボッタクリメロンね」
ミスリードはそう言って、既に四角く切られたメロンが入った真空タッパをベッドに備え付けられたテーブルの上に置いた。
「悪いわね。私、好きよ。バンビが持って来るメロン」
「物は悪くないからね、物は」
ミスリードはそう言ってタッパを開け持ってきた紙皿に手際よくメロンを分ける。
「はい、ダーリン。あーーン」
そして、メロンを手が動かせないエンンヴィの口元まで持っていく。
「うん、美味しい。やっぱり、真空タッパも良いのかしら?」
「さぁ? 私はそんなに変わらないと思うけど」
ミスリードはそう言って自分でもメロンを摘まむ。
「ところで、ラヴィ・・・・その腕・・・・・・」
不意に私を見たエンヴィが言ってきた。
「あっ、これ・・・・・うん。なっ、なんか・・・・駄目だったみたい」
「そう。でも、無駄じゃなかったんでしょ?」
「うっ、うん」
「なら、それが救いね」
「なぜかノクターンさんが来てくれたお蔭でね」
ミスリードがベッドの横のサイドテーブルに座り、ちょっと愚痴っぽく言う。
「本当になぜ来てくれたのかしら? ラヴィは聞いた?」
「たっ、偶々、近くを、そのっ、通りかかったから冷やかしに来たって、いっ、言ってたけど、その日は、カイザーヴィルヘルム教会でシスターをしてた筈、なっ、なんだよね。だっ、だから、多分・・・・・・・」
「演習で後輩を痛めつけるのが大好きなただのヤバいサディストの人だと思ってたけど、本当は後輩思いの人だったのね」
「うっ、うん。ノクターンさんは、ほっ、本当はとっても、優しい人だよ。次の試合で負けたら指を折りますって言われて、本当に左の小指折られた事も、あっ、あったけど・・・・・・」
「やっぱ、ヤバイ奴じゃん」
すかさずミスリードのツッコミが入り、エンヴィが微かに笑う。
「まぁ、思ったよりも元気そうじゃん? 早く戻ってきな」
ミスリードはそう言いながら、再びメロンをエンヴィの口元に持っていく。
「ええ、もちろんよ。ところで、ザクロはどう?」
「怪我はだいたいそっちと同じ具合だけど、何も出来なかったのがよほどショックだったのか、面白くらい萎んでた」
「そう、それじゃあ、私よりザクロの事を気に掛けてあげて。だって、あの子、『テンプル騎士団』になって未だ二ヶ月も経ってないのに、こんな目に遭って」
「そうだね。でも、あいつは私たちが行くより、ルミナスが行った方が喜ぶよ。あいつルミナスの事、大好きだから」
「あら、そうなの。ダークローザとチェリーと云い、ラヴィのところのミーミルと云い、うちに教会はソッちの気がある子が多いわね」
「まんま同じ事をこの前ラヴィに言ったね。ちなみに、こいつもソっちらしいよ」
「どっ、どっ、どうかな・・・・・・」
そんな感じでその後も3人で取り留めのない話を続け、緩くつつがなくお見舞いを終えた。もっと塞いでいて欲しかったとは言わないが、エンヴィは全然なんともなさそうだった。彼女自身あまりタナトスの事を良く思っていなかったみたいだし、こんなものなんだろうか・・・・なんだか、寂しい。
「あっ」
「何?」
「財布置いてきた?」
「あっ、あたり・・・・・・」
「はーーー全く。早く行ってきな、下のロビーで待ってるから」
「うっ、うん・・・ごっ、ごめん」
私はそう言って走り出した。多分、中身を確認した時に棚の上に置いて来てしまった。お詫びに何か驕らせられそうだ。もう、自分のバカ。
「ごっ、ごめん、エンヴィ。おっ、おっ、お財布置いてきちゃって」
急いでいた私はそう言いながら断りも入れず病室に入ってしまった。すると、エンヴィが窓の外を見ながら茫然としていた。すぐに私に気付き笑顔見せたが、その頬には一粒の涙が伝っていた。
「えっ、エンヴィ・・・・・」
「・・・・・・ふふっ、おかしいわよね。私、本当にタナトスの事が嫌いだった。チャラいし、デリカシーもないし、いびきもクソうるさいし、突然自作の詩を弾き語りで聞かせてくるし、アクセサリーは厨二臭いものばっかだし、変に紳士ぶるところも、底抜けに明るいところも、全部、全部、全部、大嫌いだった。毎日早く死ねばいい。魔女に殺されてしまえばいいって本気で思ってた。あいつといる毎日が苦しかった」
「・・・・・」
「それなのに、それなのに・・・・・何で、あいつが願い通りに魔女に殺されたのに、全然心が晴れないの? 何で私は今、泣いてるの? どうして、どうして・・・・・」
そう口にしたエンヴィの両目からじんわりと涙が滲み、頬を伝う。それを見て思わず私は義手で自分の口を塞ぐ。こんな、こんな事って・・・・・エンヴィは、エンヴィは・・・・・。
「はぁ、困らせてごめんなさい。あなたにこんな事言ってもしょうがないわよね」
「・・・・・」
「・・・・・」
「わっ、わっ、私、もっ、もう行くね」
「・・・・・・・・・気を遣ってくれて有難う。ごめんなさい」
「あっ、謝らないでよ、そっ、それじゃあ、お大事に!!」
私はそう言って急いで財布を回収し、部屋を出た。そして、扉に背中と頭を付け、少しだけ聞き耳を立てる。しばらくすると、エンヴィの悲痛な嗚咽が聞こえ始めた。来た時は全然なんともなさそうな様子だったが、本当はそうじゃなかったのだ。ただ気丈に振る舞っていただけだったのだ。そうだ。良く考えたら、あれだけ遠慮なく物言いが出来ると云う事は、そもそもそれだけ2人は深い仲だったのだ。だから、大丈夫な訳がなかったのだ、最初から。
気付くと、私も涙を流していた。
失ってから、気付くなんて・・・・・・辛すぎる。
きっと、今回の件も“元”罹人の『報復』なのだろう。殺し、殺され・・・・いつまでこんな事を続ければ済む。私たちが変わらなければ、きっと、永遠にこんな悲しいお別れが続く・・・・こんなの、こんなの、もう嫌だよ。
※諸事情により2021/09/27の更新をお休みさせて頂きます




