第137話(4-12-3)
「近接、近接、近接」
ひと気のない下水の匂いの漂う高架下の立ち入り禁止区域の一画、エンヴィは不機嫌そうにそう言ってミスリード、ザクロ、私を順番に指差す。そういえば、私たち3人とも近接の『天装』だ。そして、エンヴィの相棒のタナトスの使う『天装』アンピプテラは散弾銃のようなもの。近接が複数人いたら大層邪魔だろうと云うのは私でも分かる。
「まあまあ。そんなにへそ曲げんなよ、チャンヴィ。3人には使い魔や周囲の警戒を任せようや、なっ?」
「言われなくてもそのつもりだけど。あとチャンヴィって呼ぶの本当に止めて。気持ち悪い」
「くぅ~~~今日も当たりが強いねぇ」
「あーもうその感じもウザい。今日こそ魔女に食べられて死ねばいいのに」
「カーーーッ、酷い!!」
・・・・・エンヴィとタナトスのコンビはいつもこんな感じだ。仲が良いだか悪いんだか、よく分らない。
「そういえば、ザクロのコンビの人っていつ来るんだっけ??」
タナトスの会話を避けるためか、エンヴィは急にそんな話題をザクロに振った。でも、それ、結界を前にして今しなきゃいけない話だろうか?
「えっ? あーー、ロンネの事ね。彼女ならもう1人向こうの教会で相棒が見つからなかった子と一緒に再来週の火曜日に来るよ」
「フリージャでしょ??」
「何で知ってるの?」
「前に向こうの教会に行った時に試しにコンビ組んで戦ってみた事があったから。タナトスが死んだら私がその子とコンビになれるんじゃないかなって」
「あー確かにあのクソ火力の爆風を近くで防げるのって、あなたの『プリドゥエン』くらいだもんね。私なんか、爆風に巻き込まれて一発で死んだよ」
「だろうね」
「・・・・・・・・って、雑談なんてしてる場合じゃないでしょ!!」
「ごめんなさい。つい新しい相棒が欲しくて」
「ちょいちょいちょ~~~い」
最後にタナトスのチャラいツッコミが入る。何だ、この空間。ちょっと、緊張感がなさすぎる気がする。本当に今日は大丈夫だろうか、心配になってきた。
「てか、この後、5人でベルリンにスイーツつまみに行かね?」
「行かない」
「私たちさっきベルリンでお茶してきたばっかりだからパス」
「マヂかよ。じゃあ、早めの夕飯って事で、俺が奢るからさ」
「必死すぎてウケるんだけど」
「鼻で笑わないでくれよ、ミリーちゃん」
「うわっ、今、凄い寒気した。普通にミスリードって呼んで」
「いいじゃんよ、減るもんじゃねぇんだし」
「エンヴィ、あんた本当に大変だね」
「・・・・・分かって貰えて光栄」
「・・・・・」
こんな緩い感じのまま結界に入るなんて。ちょっと、意識が低すぎるのでは。
結界の中は一昔前の田舎の村のような場所で、私たちはそんな村の中の寂れた家のドアから出てきた。灰色の厚い雲が空を覆っている。当たり前だが、ひと気はなく、なんとなく獣臭い匂いが当たりに漂っている。不意に皆の顔を少し覗いてみると、既に先ほどの緩い空気は消え去り皆『騎士』の顔になっていた。私以外全員当たりを隅々まで見渡し周囲の状況把握に努めている。私なんかが、皆の心配をするなんて烏滸がましかったかもしれない。私も、気を引き締めないと。
「タナトス、私とミスリードとラヴィは通りを歩くからあなたは屋根の上を伝って動きながら私たちの援護と周囲の警戒」
「りょっ」
「ザクロは、タナトスと反対側の屋根の上で動いて周囲の警戒と反対側のタナトスを気に掛けてやって」
「分かった」
「ミスリードとラヴィは背後を警戒しながら少し離れて私に付いて来て」
「うっ、うん」
「あいあい」
そんな感じでエンヴィのテキパキとした指示のもと村の捜索が始まり、私たち3人は家々の間の細い道をゆっくりと歩き出す。どこの家から敵が飛び出してくるのか分からないので凄い緊張感だ。心臓がバクバクする。
不意に先行していたエンヴィが無言でこちらに振り向き、口に人差し指を当て身振りで周囲の音に耳を澄ますように指示をしてきた。
「誰かが、泣いてる?」
思わず私が言う。耳を澄ますと微かに聞こえるのだ。今にも消え入りそうな誰かのすすり泣く声が。
「目の前の家。多分、罠だと思う。タナトス、私たちはそこの家に入るからあなたはそこの家の後ろが見える位置に移動して。ザクロ、あなたは降りてきて家の前で警戒を」
エンヴィが左右の屋根の上の二人に指示を送り、2人が指示の通りに移動する。
「それじゃあ、行くわよ」
エンヴィは静かにそう言って、自分の身長ほどの大きな盾のような『天装』で家の扉を派手に破壊し、盾を構えたまま家の中に侵入した。私たち2人もそれに続く。家の中は何者かに荒らされた後のように家具がむちゃくちゃにひっくり返っていて、きつい獣臭がした。無意識に匂いの元を辿ると、肩に噛まれた傷がある女の子が壁にもたれかかって倒れながらすすり泣いているではないか!! 早く結界の外に連れ出さないと!!
言葉を掛けるより先に動こうとした私をミスリードが慌てて制止した。
「迂闊」
「でも」
「いいから」
ミスリードはそう言って、身振りで先行しているエンヴィに任せる様に私に促してきた。
少女がゆっくりと身体を起こし、涙を拭いてから私たち3人を見る。
「あっ・・・・あなた、たち・・・・・も、ここに、マヨい、マヨいコンデ、しまった、シマッタの・・・・・の?」
少女がぎこちない口調で私たちに言う。
「・・・・・・」
エンヴィは何も答えない。
「わ、っわたし、見てノ通り、怪我して・・・ダカラ、外まで連れテって」
「・・・・」
「?」
「ナンで、黙っ_______」
少女がそう口にしようとした瞬間、エンヴィは盾のような『天装』の先っぽで彼女のこめかみを突き刺し、そのまま彼女の身体を薙ぎ倒した。なっ!?!?!何をして!?!?慌てて止めに入ろうとする私をミスリードが羽交い締めにする。
「離して!!!」
「危ないから大人しくしてて」
「でも!!」
「うっさい」
「ドっ、ドウシテ・・・・・・・ドウシテ、ナゼ、ゼォオオ゛オ゛オ゛!!!」
少女が突然怪物のような唸り声を上げ、エンヴィに襲い掛かってきた。しかし、エンヴィは全く動じることなく彼女の頭を叩き潰し、一瞬で彼女を鎮静化させてしまった。残るのは、気まずい静寂と、鼻が曲がりそうなほどのきつい獣臭だけ。
それから、数十秒の気まずい沈黙が続いた後、潰れた少女の頭から漏れるグチャグちゃになった肉塊の隙間からゆっくりと青い光が滲み出し、そこから徐々に彼女の体全体が流れた血と共に光に変わって行った。良かった。彼女は、人間じゃなくて、『使い魔』だったらしい。良かった。本当に良かった。
「ほらね」
「うっ、うん。でっ、でも、エンヴィは何で、あの子が、『人間』じゃないって分かったの?」
私は聞いてみた。思えば、最初から分かっているような振る舞いだった。
「大怪我をしている一般人の割にやけに冷静だったから。全部がそうとは限らないけど、結界の中で会った一般人は冷静なほど信用ならないって覚えておいた方がいいよ。敵とも味方とも分からない人間が扉を破壊して入ってきたらもう少し動揺していいと思わない???」
「・・・・たっ、確かに」
「もっと言えば、被害者のフリをした『罹人』や『魔人』もいるだろうし、結界の中で会った知らない人間は全員敵だと思うのが一番の安全だと思う」
「・・・・」
「助けたいって気持ちも分かるけど、罠に掛けられて死んだら意味ないでしょ」
「・・・・・・そっ、そうだね」
「勉強になって、良かったね」
後に立っているミスリードがニマニマしながら、私の肩を両手でポンポンと叩く。私を制止したと云う事は、彼女も気付いていたのだろう。やっぱり、私と彼女たちでは場数が違う。彼女たちの言う事は、多分最もだ。でも、私は出来るだろうか。私は・・・・・私に、その覚悟は、あるだろうか。
「とりあえず、外に出てもう一度合流し_____」
「全方位から、敵が押し寄せて来てるぞ!!!!」
一旦落ち着いたところで、エンヴィがそう言おうとした瞬間外からタナトスの叫びが聞こえた。ぜっ、全方位から!?!?




