第134話(4-11-15)
私以外誰もいない教室。机の上にある筆箱と大量のプリントを鞄に入れ、なんとなく席に座ったまま窓の外を見る。空は美しく、残酷に、オレンジ色に染まっている。間もなく日が沈む。メロエと共に戦い、『絶叫の魔女』を『ヴァルプルギスの夜』に連れて行ったあの日から5日経った。結局、あの『怪物』がどうなったのかも分からず悶々とした日々を送っている。ちなみに、1人夕日を見ながら物思いに耽って格好つけているが、物理の再再テストの後だ。最初はチェリーとオペラもいたが、2人は最初の再テストで合格点を取りあっさり帰ってしまった。その後、私だけみっちりマンツーマンの補修を受けやっと再再テストを合格した。ルミナスは最初から来なかった。大量のプリントはルミナスへの『お土産』だ。
とにかく、考えていても便りが来るわけではないし、出来るだけ考えないようにしよう。明日はまたザクロに模擬戦の挑戦を受けている。ザクロはめきめきと実力を付けており、今度こそ負けてしまう気がする。でも、ベストは尽くしたい。あの『怪物』自身の事もそうだが、あの『怪物』が最後に言った言葉についても考えていた。私が『テンプル騎士団』の『王』になり、全てを変えてしまえばいいと。そんなの無理に決まってる。でも、でも、もしそれが出来るなら・・・・・・・そのためには私はもっともっと強くならなければいけない。いや、そのためでなくても、強くならないとこの先何も守れないのだと思う。だから、例え模擬戦でも一戦、一戦、本気で取り組みたい。
誰も失いたくない、『テンプル騎士団』の皆も、『ヴァルプルギスの夜』の皆も。
「おっ、いたいた。ちょっと、渡したいものあるんだけど」
教室を出ようと立ち上がると不意に出口の方からそんな声が聞こえた。見ると、ウェイクフルが左手に持ったピンクの可愛い封筒をヒラヒラさせ立っていた。髪が薄紫色の彼は日常では殆ど眠そうな顔をしているが、戦闘の時だけ目がギンって感じになって、とても機敏に動きとても強い。そして、他の教会の同期と同じようにイケメンだ。そんな彼が、放課後、私に、手紙を渡そうとしている・・・・・・これは、もしかして、もしかするのでは???
「はい、これ。パトロールの帰りに下の街で眼鏡かけたパンピーの女の子がラヴィンロールって子に渡しといてって」
なるほど。まぁ、ラブレターな訳がないか。キラキラしていて美少女で性格も良い女の子ばかりがひしめくこの教会で、そばかすだらけで根暗の私が選ばれる訳がないか。いや、そんな事より、パンピーの眼鏡の女の子から手紙を預かったと言っていた。もしかしたら、フランが便りをよこしてくれたのかもしれない。中身を見られる前に早く受け取らないと。
「ありがっ___」
そう言って手紙を受取ろうとすると、腕を上にあげ避けられてしまった。取ろうとジャンプすると、腕を後ろにやり中々受け取らせて貰えない。
「あのさぁ。『秘密』の事は話してないと思うけど、いくら検閲で一般人からの手紙が全部弾かれるからって教会の同期の誰かに直接手紙を託させるなんてあまりにも危険だからやめた方が良いよ。お互いのために。全く。俺だったから、良かったものを」
彼は呆れたようにそう言って、私の頭にピンクの封筒をペチンとぶつけた。
「はっ、はい・・・・あっ、あっ、あのっ、ありがとう」
私はそう言って、手紙を受け取った。
「うん」
「・・・・・あのっ、この手は・・・・・・」
「手数料と口止め料かな」
「・・・・あっ、あはは・・・・あはははは、そうだよね」
私は引き攣った笑みを溢し、お財布からなけなしの5ユーロ紙幣を出し、彼の手に置いた。
「これがバレたら俺もただじゃ済まないんだけどなぁ。5ユーロかぁ」
彼がわざとらしく言う。私は腕をプルプルと震わせながら彼の手にもう1枚5ユーロの紙幣を置いた。もうお財布には322セントしか入ってない。でも、背に腹は代えられないので仕方ない。
「はい、確かに。とりあえず、手紙はどんな内容であれ読んだらすぐに燃やすか食べるかしといた方が良いよ。シュレッダーにかけた手紙をわざわざ復元するのが趣味の先輩がいるからね。それじゃ」
彼はそう言って、フワっと教室を去って行った。
彼が去った後、私は手紙を開ける事もなくその場で立ち尽くしていた。シュレッダーにかけた手紙を勝手に復元する先輩がいる事も驚きだし、若干かつあげされたのもショックだが。それ以上に違和感を感じた。あのフランがこんな危険なやり方で便りを託すだろうか。たまたまウェイクフルが優しくて多少の金銭を要求されるだけで済んだが、もし渡した相手が規律に厳しい人間だったら・・・・・もしかして、この手紙はフランからじゃないのかもしれない。たまたまその時だけ眼鏡をかけていた別の誰かからの便りかもしれない。そう思い誰もいない内にその場でバっと手紙を開いた。
手紙の内容はおおまかに言えば、例の怪物が実際に成果を上げた事、「味が薄い」、「食べた気がしない」など文句を言いながらも怪物自身が今のところはソウルティアだけで食べ繋げている事が記されていた。それはつまり、あの怪物が処分されずに済んでしまった事を示している。『ヴァルプルギスの夜』の皆が飢えて仲間割れするリスクが減ったのだから喜ぶべき事だが、どうしても素直には喜べない。気持ちがザリザリする。とにかく普通にフランからの手紙だった。こんなの見られたら死刑間違いなしだ。今すぐ処分しないと!
「ラヴィ、いつまで_____えっ、今、なんか手紙食べなかった!?」
さいあくのタイミングでニャンゾルが教室に入ってきた。
「ひゃべへまへん」
「いや、食べてるよね、現在進行形で食べてるよね!?」
「ゴクン・・・・・・食べてません」
「いや、食べてたし、今、呑み込んだよね!?」
私は必死で首を横に振る。まさか本当に手紙を食べる羽目になるなんて。でも、この手紙なぜか口の中で溶けて呑み込めたし、何ならバナナ風味だった。こんな余計な配慮より、もっと安全な手紙の渡し方について考えて欲しかった。
「・・・・どうせ、この前、遊んだって言う女の子から貰った手紙でしょ。流石のラヴィでも『秘密』を話すほど愚かではないと思うけど、どうして私たち宛ての外部からの手紙が全て鋏で切られるのかについてよく考えるべきじゃない?」
「・・・・おっ、仰る、通りです、はい。さっき、ウェイクフルにも、そのっ、同じ事を注意されました」
「なら、いいけど・・・・・・外の友達と連絡取り合う事も許されないなんて、ほっんとクソだよね」
ニャンゾルは吐き捨てる様に言った。ニャンゾル。『絶叫の魔女』たちが罠に嵌めて命を奪ったスリーの双子のお姉さんだ。私が逃がし、生きる道を与えてしまった『怪物』を一番憎んでいる人間だ。それを思い改めて彼女の姿を見ると、胸が引き裂かれるようだ。そうした方が返って回り回って双方のためにもなると思って選択した。それでも、彼女を目の前にすると・・・・・・・。
「・・・・・」
「・・・・あぁ、今のは忘れて。ただの独り言」
「・・・・・」
「・・・・・何?」
「・・・・・・」
「えっ、何、何泣きそうになってんの!?恐い、どうしたの!?」
「・・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・」
「は?」
「わたし、、わたし・・・・・・『絶叫の魔女』を殺せなかった。スリーの仇、取れなかった」
「いや、いつ戦ったか知らないけど、誰もラヴィに『魔人』が倒せるなんて期待してないから泣く事ないじゃん。生きて帰れただけ良かったじゃん?」
「違うの。殺せたのに、殺せなかった・・・・・殺さなかった。ごめんなさい。ごめんなさい、ニャンゾル。でも、でも、・・・・・・でも、今は言えないけど、ちゃんと理由があって・・・・・でも、今は言えなくて・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・実はさ、スリーがお風呂でラヴィの話を聞いてる内になんとなく思ったって話を前に聞いたんだけどさ」
私が泣きながら告白すると、ニャンゾルはそう言いながら教室の扉を完全に閉めた。
「もしかしたら、ラヴィはって。前回のウルザ先生に呼び出された時に話してた事といいスリーは正解だったんだね」
「・・・・・・」
「スリーはさ、もしラヴィがそうだとしたら、私たち『テンプル騎士団』を皆殺しにしようとか、そういう残虐な目的のためじゃなくて、きっと私たちに見えていないもっと大きな何かのためにここで1人で戦ってるんじゃないかって。あなたの目的は、あの時まさに自分の口から話した事なんでしょ。そのためなんでしょ。そのために私の妹の仇を、殺さないで、生かしておかないといけなかったんでしょ?」
話しの最後の方で、ニャンゾルの目に涙が浮かぶ。
「そっ______」
「何も答えないでいい。そうなんでしょ。そうじゃなきゃ困る。それなら、私も、スリーも、ラヴィを責めたりしない。私も、私も・・・・・あの時、ウルザ先生に言った通りこのままじゃ駄目だと思ってるから」
ニャンゾルは、私の両肩を掴み、涙を溢しながら私の目を見てはっきりと言った。
「だから、謝らないで。 自分の選択を信じて。私〝たち〟は、ラヴィの味方だから」
ニャンゾルはそう口にして私の身体をギュっと抱きしめた。彼女の熱い体温を感じ、余計に涙が零れてくる。ありがとう、ニャンゾル、スリー。そうだ、スリーの見立てが間違いだったと言われないためにも、皆のためにも、私は揺らいではいけない。実現させなければいけないんだ。
『罹人』と『テンプル騎士団』が手を取り合う世界を。
「それにしても、ラヴィはお喋りすぎだから。今後は自分の思想の『片鱗』も見せないようにした方がいいよ。もしスリーみたいな察しの良い子がチクり魔だったらその時点でゲームオーバーだったから」
私がやっと泣き止んだところでニャンゾルはそう言って私の鼻をピュっと摘まんだ。痛い。でも、良かった。正直に話せて良かった。正直に話して良かった。
スリー、、私を、見ていて。




