第133話(4-11-14)
仄かに漂う紅茶の甘い香り。ギターの優しい音色。私の右手をふんわりと覆う誰かの暖かい両手。そんな中、私はぼんやりと目を開けた。
「おはよう。久しぶりね、エーデル」
誰かがそう言って、私の頬に軽くキスをした。
横を見ると、椅子に座っていたフランが顔を傾け微笑んだ。
「本当に久しぶりだね、フラン」
私は身体を起こし微笑みを返して、フランの頬にキスをした。
「ありがとう。でも、今日は時間がないわ。おおよその事はエドウィージュさんから聞いてるけど、あの『怪物』の件について少し厄介な事になってるの。早く教会に戻るべきと云う事は承知の上だけど、エーデル、あなたが決めて。あなたが、あそこまですると云う事は、それほど憎むべき『怪物』なのでしょう。今、皆の意見は割れているけど、皆、あなたの決定に従うわ。あなたが連れてきたものだから」
「・・・・・・わっ、分かった。あっ、あの、あと、エドウィージュさんって、だっ、誰だっけ?」
「あっ、ワープさんの事ね。ワープは蔑称だから止して欲しいって最近急に。遅れた思春期かしら」
「あっ、あははは、そっ、そっか。そっ、そういえば、怪我・・・・・・」
「〝また〟カーラさんとヴェンディさんに治して貰ったわ」
フランはそう言って、手振りで少し離れたところの椅子に座ってギターを弾いているカーラさんを見る様に促した。
「あっ、あっ、あのっ、あ、あ、ありがとうございます、あの、でもっ、何のお礼も出来なくて・・・・・」
私は言った。
「いいのよ。どんな形であれお代はあなたが持ってきたあの子に払って貰うから」
ギターを弾くのをピタっと止めカーラさんが穏やかな笑みを浮かべた。と言うか、何だこの部屋は、前回私が寝ていた部屋よりも更にグレードアップしている。白を基調にした高級感の溢れる家具、フリルのカーテン、当たり前のように天蓋付きのベッド、最早どこかの国のお姫様みたいな部屋だ。いや、今は部屋の内装どころではない。
「おい、お姫様。時間がねぇんだろ。さっさと行こうぜ」
化粧台の上に座っていたヴェンディさんが言った。時計を見ると、もう夕方の5時を過ぎていた。確か、ミーミルとザクロと別れたのは朝の11時頃だから、皆が心配になる時間だ。もう誰かが探し始めているかもしれない。フランの言う通りここに長居は出来ない。私はすぐさまベッドを降りた。
「はい、これ飲んで」
ベッドを降りると、フランがサイドテーブルに置いてあったティーカップを渡してきたので、一旦飲んだ。
「おっ、美味しい。目が少し冴えた」
私は素直な感想述べた。スッキリとしていて、でも、深くて、大人っぽい。飲んだ事ない如何にも上品そうな紅茶だ。何だか、本物のお姫様になった気分になる。
「おい、時間ないんだろ?イチャついてないでさっさと行くぞ」
化粧台から飛び降り、ヴェンディさんが呆れたように言った。そうして、カーラさんとヴェンディさんに連れられ部屋を出て階段を降りる。どうやらここはこの前いた場所とは違うどこかのリゾート地の一軒家のようだ。如何にもお金持ちの別荘って感じの雰囲気。
「さっ。裁判と行こうぜ」
ヴェンディさんがそう言ってシックな木の両開きのドアを開けると、目の前に開放感のあるお洒落なリビングが広がった。真ん中の大きな大理石のテーブルの横に、ベージュのフカフカそうなソファが配置されており、既にモロクさん、アリスさん、ワープさ、あっ、エドウィージュさん、エレクトロさん、ピザポテトさんが座っている。でも、ヨハナさん、トゥワイスとモア、カナタさん、あっ。あと、ボスの姿もない。
「ヨハナさんは、ドロワさんと一緒にボスとお仕事。ドロワさんの事は、えっと、また今度紹介するわ。それで、カナタさんは別室でトゥワイスとモアの相手をして貰っている。あなたの選択によっては、あれをここで『始末』するから、一応ね」
フランがそう言って、テレビの横に不自然に置かれた犬用のケージを指差した。
なんと、その中には私が連れてきたあの『怪物』が入っていた。可哀想かと言えば、全然そんな気はしないが。もう斬り落とした腕や脚の断面が塞がっている。
「ねぇ、聞いて!!!」
「まだ発言を許可していないわ」
「オビュシュっ」
怪物が私に何か言おうとすると、フランは冷たく言い放ち、黒い瘴気で怪物の顔を床に叩き付けた。どうやら、フランは怪物に四肢がない事で、私の意志というか、私の彼女に対する憎悪を察して、そうしているようだ。
「簡単に今の状況をまとめると、モロクさん、アリスさん、エドウィージュさん、ヴェンディさんはあの怪物を殺してノーブルティアを引き抜いて『魔女』を呼ぶ『固有魔法』を誰かに継承させればいいと思ってる。対して、エレクトロさん、ピザポテトさん、カーラさんは、怪物に『魔人』としての利用価値を見出し殺すべきではないと考えている。それで、当の本人は、ソウルティアを継承しても自分の『固有魔法』は継承できないと言っている。後は本人と代表の意見を聞いてあなたが判断して」
フランは優しくそう説明してくれた。つまり、あの『怪物』を殺すべきか否か、私が決めろという事だ。ここに来る前は、怪物自身が役に立てばいいと連れてきたが、『魔人』だからこそ『魔法』だけ引き抜くという選択肢もあったという事。それを与して、皆の意見を聞いて、私が、決める。もう一度、私が・・・・・・・。
「大丈夫。そんな重く考えないで。あなたが持ってきた『贈り物』だもの。あなたが、どんな選択肢を取って、どんな結末を迎えても誰も文句は言わないわ」
フランは私の手をギュっと握り言ってくれた。その手を握り返し、覚悟を決める。
「まずは僕から!」
怪物が必死な形相で叫ぶ。
「許可するわ」
フランが言う。
「僕の魔法は、願いの代償と一対!!僕の願いは『魔女を操る』ことだった。願いが叶った瞬間、右目が腐り落ちて、この不気味な『口』が開いた。怪物を操る代償に怪物にされた!!僕の『叫び』はこの『口』がないと使えない!!!僕を殺したら、絶対後悔する!!!」
怪物はまだ手まで回復しきってない両腕でケージの鉄格子をガッチリと掴み、私に訴えてきた。自分が生きたいだけの嘘かもしれない。他の人の意見を聞こう。
「はいじゃあ死刑派代表として、私が話す」
アリスさんが立ち上がる。
「まず第一に、彼女の話が信用に値しないって事。それに例え、その気持ち悪い口がないと『魔法』を使えないとしても、その口ごと継承するんじゃない??次に、単純に食糧問題。継承すれば、食いぶちが増えずに済むでしょ? 最後に、これが一番。こいつがヨハナ以上に得体が知れないって事。飼ったとして、いつ逃げるか分からないし、ヨハナと違って普通に人間の魂を食べてしか生きることの出来ない『魔女』だったら、どうするわけ??まさか、陰で人を攫ってこいつに食べさせるなんて言わないわよね???」
「は??そのヨハナってのが誰だか知らないけど、そいつは人間の『魂』を食べないで、何食べてんの!?」
「私たちと同じソウルティアだけど」
「はぁ????嘘でしょ!?!?そんなの有り得ない、絶対、そいつどっかで隠れて人間食べてるから!!!」
「自滅したな。つまり、お前は人間の魂しか喰えないんだ。だったら、もう・・・・」
「あー待って、待って、大丈夫!!よく考えたら、前に一回だけソウルティア食べた事あった!!!人間の魂を食べなくても大丈夫!!」
うっ、嘘臭い・・・・・。
「って感じだよ。さっさと殺してノーブルティアに変えよう。まあ、プリンセスが罪のない人間をこいつに喰わせてでも生かしたいなら話は別、だ・け・ど」
アリスさんは意地悪な笑みを浮かべながら言った。そう言われると。。
「次は、死刑反対派の意見を、ピザポテト」
「えっ、僕が言うの!?」
「おら時間がないんだ、立て」
「もーしょうがないな。えーーーと、僕たちは、彼女の第二の『魔人』としての価値を支持してる。ヨハナさんのお蔭で、魔女が空間を移動するための『モデル』の存在や、『モデル』と『現実』の世界を繋ぐトンネルの役割としての『結界』など、今まで誰も知り得なかった未知の知識が次々と判明した。でも、それが彼女固有のものなのか、全ての『魔女』が持つものなのか分からない。比べることのできる『魔人』が、他にいなかったからね。それに、食べ物の問題も同じだ。ヨハナさんだけが、ソウルティアを糧にできるのか、本能的に共食いを避忌しているだけで他の全ての『魔女』がソウルティアを糧に出来るのか。もし出来るなら、最早『魔人』は『罹人』と同じ扱いをしていいと言える。もしそれが分かれば、僕たちの『世界征服』は更に現実味を帯びる。他のどの組織も、どの国も、『魔人』を仲間に組み込めるなんて知らないだろうからね」
「話が長げぇな」
「ごっ、ごめんよ、ワー・・・・エドウィージュ。でも、もう少し話させて。アリスはさっき口ごと継承出来るだろってテキトーに言っていたけど、死刑派はもし出来なかった時の損失が予測できてないように見える。魔女の養殖が難航している今、野良の魔女を呼び込める能力はあまりにも貴重だ。こんな事を言うのは好ましくないけど、多少の一般人の人間を犠牲にしてでもキープすべき能力だと、僕は思ってる。あっ、いや、今の発言は、流石に・・・・でも、ここにいる皆が食いはぐれて魔女になって世界を荒らすくらいなら、彼女に人間を与えてでも皆の食糧を確保した方がかえって犠牲は少なくて済むと思う」
「お兄さん、冴えない見た目の割に良い事言ってくれるねぇ!」
「あっ、ありがとう。もっ、もちろん、彼女〝も〟ソウルティアだけで生きていけるならそれが一番なんだけど。まあ手短に言えば、僕は、僕たちの意見はそんなところかな。如何に『魔人』が、『モデル』を利用できる存在が味方にいることが有用かについてもっと詳しく知って貰いたいけど、それを話し始めると深夜まで掛かるから」
「やっと、終わったか。早口オタクめ」
「こっ、これでも一応最低限要点だけ掻い摘んで話したつもりだけど」
「まっ、って感じだ。どうする、プリンセス」
ピザポテトさんが座り、代わりにエドウィージュさんが立ち上がり私に聞く。皆の意見はだいたい分かった。『モデル』が何なのか全く予想もつかないが。とにかく、死刑派は無闇に食いぶちを増やしたくないのとそもそも信用に値しないし、人間しか食べなかったら困るので手っ取り早くノーブルティアだけ抜き取ってしまおうと云う意見。それに対して、死刑反対派は彼女の能力は一般人を犠牲にしてでもキープすべきとても貴重な能力で、いちかばちかの『継承』なんてするべきじゃないという意見だ。信用に値しないし、人間しか食べなかったら困るという意見はもっともだと思う。でも、ピザポテトさんはもっと先の最悪の結末を見て話をしている。彼が正しいとは言いたくないが、ここの皆が全員魔女になったら、どんな恐ろしい事になるか想像も付かない。フラン1人だけでも街をひとつ破壊するほどの数の魔女を一気に蘇らせてしまう力があるのだから・・・・・・でも、でも、かと言って、何の罪もない人を犠牲にして良い筈がない・・・・・きっと、これは私が最初に思っていたより、もっと、ずっと、重い、決断になる。こんな重い決断、私には_____。
助けを求める様にフランの顔を見る。
「気持ちは分かるわ。でも、これはあなた決めないといけないの。連れてきてくれたあなたが決めないと必ず確執が出来る。連れてきた本人が言うなら仕方がないと皆納得できる。きっと、ボスがいても、同じ事を言うと思うわ」
「・・・・・」
「大丈夫、恐がらないで。あなたの選択は全部正解になる」
「・・・・あはは・・・何それ」
「ふふっ、本当よ。あなたの選択を聞かせて。急かしたくはないのだけど、次に会えるのはいつになるか分からないし、今、ここで、決めて貰わないと困るの」
「分かった。でも、ちょっとだけ考えさせて」
私は言った。そして、考えた、考えに考えに考え抜いた。私が考える間、空気を読んでくれたのか、誰も何も口にしなかった。あの『怪物』さえも。そして、その場に立ち尽くし、10分ほど考えた後、私は自分なりの答えを導いた。何が正しいのか分からない、でも、私なりの最善を。
「私は、私の意見は、」
私が言うと皆の熱い視線が私に集まる。
正直、視線が痛い。でも言うんだ。私が持ってきた問題だ。
私がしっかり決めないといけないんだ。
「こっ、この怪物が、彼女が、ヨハナさんの、ように、そのっ、ソウルティアで生きていけるなら生かすべきだと・・・・・人間の魂を食べる事でしか生きていけないのなら殺して誰かが継承すべきだと・・・・・思います。そっ、それと、信用できない、問題について、なんですが、あのっ、そのっ、映画みたいに離れすぎると爆発する、スイッチひとつで爆発する外せない首輪みたいなのを、そのっ、作れないでしょうか・・・?」
「ぉおおお!!!プリンセス、それはグッドアイディアだ、この私に任せて!!映画みたいに爆発して本人の頭だけ消し飛ぶおもしろ首輪ね!!絶対、作ってみせるよ!」
「うぇええええええええええええええぇぇぇえええ!!!」
エレクトロさんが今まで見た事ないようなテンションで立ち上がり、自分の胸を叩いて言った。この人は何かを作るのがとてつもなく好きなのかもしれない。そして、その後、怪物が嘆きの声を上げる。
「恩寵を賜ったのよ。嘆くより感謝なさい」
「ベぶっ!!」
怪物が黒い瘴気で鉄格子に顔面を叩き付けられた。
「それにしても、エーデル。どっちの意見も汲んだあなたらしい良い選択だと思うわ。それに、爆発する首輪なんて、あなたは本当に天才ね」
「そっ、そんな、事は・・・・・・」
「そんな事あるわ、ねぇ、皆」
「流石、我らがエンジェルちゃんって感じの意見だったよ」
「上手く全員の妥協点を挿せたと思うよ、私はね」
「うん。いつでも殺せるようにしとくなら、生かしておいて良いと思う」
「私も賛成だよ。良い塩梅にできたんじゃない?」
「一番無難で、尚且つ大胆。プリンセス様様だね」
「俺は喰いたかったけど、まあ持ってきた本人が言うならしゃーなし」
「エーデルちゃん。あなたの選択は、本当に『正解』なのかも」
最後にカーラさんが言う。皆はそう言ってくれたが、スリーの顔が頭を過り、胸を焦がす。それでも、それでも・・・・・ここにいる皆のために、いや、回り周って『テンプル騎士団』の仲間のために、私は選んだ。苦しいけど選んだ。『ヴァルプルギスの夜』の皆が魔女になって『テンプル騎士団』と戦う事になる未来なんて、あってはいけない。その未来を少しでも遠ざけられるなら。きっと、スリーも分かってくれるはず。
そうは言っても他の誰かを犠牲にするのはやっぱり違うと思ってしまう。だから、後はあの『怪物』次第だ。あの『怪物』がソウルティアでも生きられるなら・・・・。皆のためにそうであって欲しいという思いと、スリーの仇だから殺されてしまえばいいという思いがぐちゃぐちゃに混ざり合う。でも、もう私に出来る事はない。
「待って」
教会に帰るためエドウィージュさんと手を繋いだとき、『怪物』が私を呼び止めた。
「なっ、何?」
「・・・・」
「なっ、何でもないなら、かっ、帰るよ」
「あっ、ありがとう・・・・・」
「それは、人間の魂を食べなくても生きれる事を証明してから言って」
「そっ、そうなんだけど、そのっ、機会をくれた事に対してね」
「・・・・」
「あなたのためじゃない」
「そっ。あんたは本当にイカれた『テンプル騎士』ね。こんなに『罹人』たちから信頼を得ていて、裏切り者もいいところ」
「・・・・・・」
「あんたが、『テンプル騎士団』の王になればいいじゃん。あんたが全部変えるの。『テンプル騎士団』と『罹人』は手を取り合いましょうって。そうすれば、私たちは戦わなくて済む、誰も『テンプル騎士団』を恨まない。このままじゃ悪くなる一方だと思わない??」
「・・・・・」
「エーデル、急いだ方がいいわ」
「うっ、うん」
「またね、『テンプル騎士団』の裏切り者ちゃん」
怪物はそう言って、犬用のケージの中から右手を振る。
いつの間にか、右手が再生している。
私が、『王』に、全部変える・・・・・・・・・私が。




