飲んだくれ、依頼者に会う。
ギルドの扉をくぐる。そこには昔のような活気がすっかりなくなっていた。かつて汗や魔獣の血の匂いが染み付いていた床は綺麗に磨かれており、掲示板には迷子の猫探しや、薬草の採取と言った緊張感の欠片もない依頼書が数枚寂しく貼られているだけだった。
「ジャックさん。またお酒の相談ですか? いい加減お酒のツケをギルドに回すのはやめてください。」
受付カウンターの向こうから声をかけてきたのは受付嬢のミリーだ。彼女は清潔感のないジャックを見てあからさまに眉をひそめている。
「おいおい、そこらのゴロツキどもと一緒にするなよ。今日は久しぶりに『仕事』をしにきたんだよ、ミリーちゃん。」
そう言うとジャックは懐から先ほどブルーノの店でもらったくしゃくしゃになった羊皮紙をカウンターに放り投げた。
「この依頼だよ。『ダンジョンの調査依頼』、ブルーノの店にも配ってるってことはまだ空きがあるんだろ? そこに俺も入れて欲しいってことさ。」
ミリーは一瞬、何のことだかわからないという顔をしたが、カウンター上の羊皮紙に目を落とした瞬間、目を丸くした。
「……本気ですか、ジャックさん。これ一般依頼じゃなくて、Bランク以上の腕利き冒険者の条件付き依頼なんですよ。あなたがBランクシーフなのは知っていますけど、今の体たらくじゃ……、それに依頼者も謎の多い方なので。」
ジャックはミリーの言葉を遮るように口を開く。
「条件は満たしてる、だろ? だったら受けさせてくれよ。最近財布が軽くてねぇ、夜も眠れないんだわ。」
ミリーは深くため息を吐き、諦めたようにギルドの奥の個室ーーVIP用の応接室へとジャックを通す。
「依頼者様はこの先、VIP用応接室にてすでにお待ちです。くれぐれも、失礼のないようにしてくださいね。」
ジャックはその言葉を聞き流しながら応接室の扉を乱暴に開けた。
部屋の中にいたのはフードを目元近くまで被った華奢な人物だった。ローブの下には豪華なワンピースが見え隠れしており、一目見て高貴な出であることが分かった。
「ギルドが落ちたと言うのは聞いているけれど、本当に落ちぶれたのね。私は『腕利きのシーフ』と頼んだはずよ。なのにこんな浮浪者を連れてくるなんて。」
鈴を転がすような美声。だが、その声から言われたとは思えないほど辛辣な内容だった。
「おいおい、嬢ちゃん。浮浪者とは随分なご挨拶じゃねぇか。これでも元々Bランクパーティでシーフを張ってたんだぜ? ダンジョンには凶悪なトラップがあるんだろ? だったらこの俺以上の適任者はいねぇ。」
ジャックは勝手にソファに腰を下ろすと、不敵な笑みを浮かべる。
「元、でしょう? 今のあなたは、ただの飲んだくれ。浮浪者以外になんて言うのよ。私はエレア。今回の『ダンジョン』調査には人生を賭けているの。あなたみたいな者はお呼びじゃないわ。」
エレアは立ち上がり、ジャックを見下ろすように言葉を続ける。
「ダンジョンはこれまで制圧してきた魔王軍の砦とはワケが違うわ。凶悪なトラップや、未知の魔獣が巣食う魔境よ。あなたのような実力の足りない者はいらないの。受付嬢、今回の依頼は無かったことにして頂戴。」
そう言い放つと、エレアは踵を返し部屋の扉に手をかける。そんなエレアにジャックが反論しようとする前に、ミリーが声を上げる。
「確かにジャックさんは今や飲んだくれの浮浪者かも知れません。ただ、その実力だけは本物です。エレア様の条件にも合致していますし、実力を確認した後でも良いのではないですか?」
ジャックはミリーの言葉に目を丸くしながらもその言葉に乗って声をかける。
「実力が足りないねぇ……。」
ジャックの手が幻のようにブレ、消える。その指先には、いつの間にかエレアの持っていた『ダンジョンの通行許可証』が握られている。
「なっ……!? いつのまに、それを……!」
エレアが驚愕して自分の懐に手をやった時には、すでに遅かった。ジャックはその許可証を手品のように手遊びをしている。
「実力ってのは、こういうのを言うんだよ。それに、今更嬢ちゃんに、ダンジョンがヤバい場所だって講釈垂れられなくても知ってるさ。さぁ、どうする? この飲んだくれを雇うかい? お嬢様。」
ジャックは許可証を机に放り投げながら、ニヤリと笑い、問いかける。
エレアは悔しさに顔を真っ赤に染めながら、ジャックを睨みつける。しかしその確かな実力に何も言うことは出来なくなった。第一印象は最悪、だが目の前の男の実力だけは、認めざるを得なかった。




