第39話
僕は現在、寮にいる。
となりには、ロドス。
そして……
『おい、舎弟、さっさと荷物、詰めろよぉ』
エンバーだ。
4枚薔薇となり、碧薔薇騎士の称号を与えられ、昇格した。
さらにはミアの専属護衛の騎士となったため、ミアの屋敷に引っ越さなければならなくなったのだ。
しかしながら、噂が絶えない。
「──あいつの初任務、婚礼の儀だったのに、なんで出世してんだよ」
ありえない出世ルートなのだ。
騎士として、戦い勝つことが正規ルートなのに、単純以下の儀式を執り行っただけで、大きく出世をするとは、誰も思っていなかった。
さらに、賄賂や、権力者の一言も与えられていない僕が、正規ルート以外で出世するのが許せないらしい。
今も変わるがわる部屋を覗きに人が来る。
さぐりをいれようにも、一つ目の不気味な猫がいるぐらい。
目が合うと、「にやー」と薄気味悪く鳴くため、すぐに人払いができて助かるが。
──大型の討伐でも入ればいいのに。
あの日はそれが羨ましかったのに、今はそちらに行って欲しいとは、自分もずいぶん贅沢になったものだ。
小物を箱に詰めていると、エンバーがロドスから飛び降りた。
マットレスだけになったベッドに寝転がって背伸びをする。
『ここのマットレス、めっちゃ硬いな!』
僕はふわふわの赤毛をなでながら、ベッドをふかふか押してみた。
確かに、硬い。
あの別荘のベッドにくらべたら、藁を詰めたように感じなくもない。
「そりゃあ、寮のマットレスだからね。でも、やっぱり硬いね」
『だろ?』
僕はベッドに腰を下ろし、広くなっただろう部屋を見渡した。
だが、箱に詰めたものは、タオルやブラシなど、生活で使うちょっとしたものぐらいだ。
それほど部屋の広さは変わってないような気がする。
『荷物、その箱ぐらいだよな。すくねぇなぁ』
「……んー、ずっと野宿だったからかなぁ。ヴォルガの屋敷にいたのは本当に小さい頃だけだったし。物心ついたら、世界各地、歩かされたし。荷物になるようなもの、持たなくなるのかも……」
エンバーはマットレスの上でくるりと丸まって、ふすんと息をつく。
『引越しが超ラクだな。屋敷の乗り換えのときには、いろいろ役立ちそうだな』
「おおげさだよ、エンバー。……え? 引っ越しってあるの?」
『そりゃ、数年に一回は引っ越すぜぇ?』
「なんで? あんなに大きくて素敵なお屋敷なのに?」
『あの屋敷ごと引っ越しだぞ? あー、屋敷の構造は変えるから、お前の整理整頓術が役に立つだろうなってことよ』
「なんか規模もやり方も、フツーと違いすぎるんだけど。僕もいつかそんなのに慣れるのかなぁ」
僕はすっかり片付いた部屋の窓から、外を覗く。
数人の知っている顔が、外の練習場で鍛錬をしている。
本当なら、僕も隣で剣の素振りをしていたかもしれない。
たった半年程度の入寮だったが、貴重な体験ばかりだ。
妬みはもちろん、欲の深さ、人間の黒い部分をしっかり感じられたのも大きかった。
あれほどに欲と欲が混ざると、大きな力となって、いろんなものを巻き込んでいくのだ。
恐ろしいと感じずにはいられない。
だが、ミアの気持ちも今なら少なからずわかる。
人が人を殺す理由が知りたい。
ミアのあの目が脳裏に浮かぶ。
彼らは、自分たちのために人を犠牲にしていた。
彼らの中で、そうすることが正しかったのだ。
正しい人殺しなど、あるはずがない……
そう言葉が浮かんで、
本当にそうだろうか?
別な僕が、そう尋ねてきた。
本当に、そうだろうか……
『よーし、忘れ物、ねーよな?』
エンバーがぐるりと見渡してそう言った。
ロドスは小さく頷いて、エンバーを胸に抱える。
しかしながら、まだ見慣れない。
ニクラスが、遊びでロドスに顔を作ってくれたのだ。
声を出すことはできないが、表情はそれなりに作れるという。
しかしながら、ロドス自身も慣れていないのか、ほとんどが真顔だ。
真顔でも、あまりの美男子度合いに、目を見張るものがある。
常にキラキラしている。
絵本や物語の王子様を具現化したら、こういう顔だと、僕は思う。
だからつい、
「やっぱり、ロドス、綺麗だね」
そういうと、プイッと横をむかれてしまった。
「ねえ、エンバー、ロドスの顔、見慣れた?」
部屋を出る僕に、エンバーは笑う。
『お前、ロドスの顔、みれねーのかよ』
「顔なら見てるよ?」
『そうじゃないんだなぁ』
エンバーはひょいっと僕の肩に乗ると、顔っていうのはな、と講義が始まった。
『顔っていうのは、一つしかないと思いがちだけど、ロドスは過去の顔があんだよ』
「過去の顔?」
『そ。騎士時代のな』
「騎士?」
ロドスを見ると、また顔を背けられる。
『魔導人形は少なからず、魂を入れるからな』
「え? ロドス、元は人間だったってこと? え!?」
『そんなに驚くなよ。ロドスがかわいそうだろ?』
「ちがうよ、ロドスがかわいそうだろ!?」
側からは一方的に叫んでいるようにしか見えない状況だろう。
もう、変人のレッテルが増えても構わない。
頭がチリチリの上司は、すべてにおいて不服そうだった。
だが、仕方がない。
僕が解決し、僕が選ばれ、僕が護衛になれと、あの、特級魔導造形師であるミアが決めたのだ。
大きな旅行鞄をロドスが持ち、手持ちの中位の鞄を僕がもって歩きだす。
ありがたいことに、今日は快晴だ。
駅まで歩こうかと考えた僕は、エンバーに提案をする。
「駅まで歩いて行きたいんだけど」
『ロドスも歩こう、だってさ』
「本当に? うれしいな」
少し郊外まわりで歩き出す。
市街地と工場地帯の境目になるが、工場の裏手なのもあり、人通りが大変すくないのだ。
景色を覚えるように、のんびり歩いていく。
リティンの村よりも北にあるせいか、初夏の風が1テンポ遅れてやってきた気がする。
じりりと熱い日差しと、少し青臭い風が、とても夏っぽい。
「今年の夏は暑いかなぁ。屋敷は暑いの?」
『涼しくしたいなら、氷結魔法を覚えるしかねーな」
あっけらかんと告げられる。
確かにそうだが、僕は火属性のため、氷属性の魔術は大変に下手くそ、なのである。
「それ、どうしても覚えなきゃだめかな」
『暑くて死んでもしらねーよ?』
「それは嫌だなぁ……」
僕は歩きながら、ぐるりと街の様子を眺めてみた。
ヴォルガがいなくなってから、怒涛の毎日だった。
いきなり寮生活となり、しかも聖騎士のスタートは、1枚薔薇ではなく、3枚薔薇から始まった。
そして、現在、4枚薔薇だ。
制服の重さは全く変わらないのに、責任の重さだけは胃袋を破くほどに強い気がする。
『街から離れるの、寂しいか?』
エンバーの問いに、僕はうまく答えられない。
もう一つの故郷になった気もするし、もう二度と戻ってきたくない気もする。
「……ちょっと複雑、かな」
『へぇ。お前でもそんなに考えるんだな」
意外だったのかと驚きながら、僕は歩いていく。
すでに次の任務も決まっている。
魔導造形師の記念式典に出席するミアを護衛する任務だ。
「ミアさ、次の式典に出席するんだって」
『ふーん』
エンバーが返事をしてくれるが、あまり興味がないようだ。
「ぼくさ、正直、怖いんだよね、ミアを守られるか、とっても」
『ふーーん』
エンバーにとってはどうでもいい話らしい。
「なんか、深紅のローブの人の出入りがあるかもしれないんだって」
『ふーーん?』
食いついた。
エンバーもミアと同様に深紅のローブの人物にこだわりがあるようだ。
「大丈夫かな、僕で」
『ロドスも、しっかり頼む、だってさ。しっかりしろよ、舎弟!』
到着した駅は、かなり大きい。
だが、まだ汽車は到着していないようだ。
僕は目についた売店で、新聞を手に取った。
お金はロドスが払ってくれたので、ホームの端に移動して、僕は新聞を開く。
数ページ進むと、中位の記事で、ディルクとサナの披露宴のことが記されていた。
二人の写真の隣には、過去ベナン卿のサマーとの披露宴の写真が添えられている。
「こう見ると、サナって、サマー夫人にそっくりだったんだね」
『ベナンってやつぁ、そこまでこだわってたんだなぁ。キモッ』
この二人は、一体、どちらなのか───
写真だけでは判断ができないが、それを尋ねるのも野暮な気がする。
『まあ、そのうち、魔石で財政破綻するんじゃね? 知らんけど』
二人の体の維持には、大量の魔力が必要になる。
外部から取り入れるということは、魔石を購入することになるからだ。
『──……犯人を見つけて、と言ったのに……』
カヌレを出してくれた際、去り際にヘルマンが言った言葉だ。
今も耳に残っている。
それはああなる前に、助けてくれという意味だったのだろうか。
それとも、その原因となった、あの手帳を奪うべきだったのか……
ロドスに肩を叩かれる。
汽車が到着したようだ。
大きな人の流れが動き始める。
僕はロドスの手首を掴んで歩く。
子どもの頃にしてもらったように、今度は僕が連れていく番だ。
「少し、観光しながら帰りたいね」
『そんな暇ねぇだろ?』
「やっぱり?」
不安ばかりが募る。
だけど、乗り越えなければ、僕の物語ははじまらない。
僕は、あのヴォルガを超える、老騎士になるのだから──




