10月の僕たち
「建人くん、雪虫、飛んでたねっ」
高校に向かう朝のバス停で、僕に明るい声をかけてきたのは、クラスメイトの鳴海 愛衣。
クラスでは男女共にナルちゃん呼びだ。なぜならメイという子が、もう1人クラスにいるから。
ナルちゃんとは中学から一緒だけど、高校のクラスが一緒になるなんて思ってもいなかった。
どうしてそう思っていたかは、彼女の雰囲気。
小柄で、大人しくて、ふんわりした栗色の髪をゆらして、僕を見上げてくる仕草は可愛いの代名詞!
こんな彼女と同じクラスになるなんて、願ったって叶うはずがないって思っていたから……
……ただこれ、毎朝なんだけど、反則だと思う。
めっちゃ、かわいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!
僕は叫びたい気持ちを奥歯でとどまらせ、眼鏡を上げ直す。
電柱の影を見ながら目をそらすけど、彼女の視線は僕の横顔を見たままだ。
「……へぇ、もう、飛んでた? じゃあ、2週間ぐらいで雪が降るんだ……今年は早そうだね、雪」
「昨日まで夏日とかいってたのにねっ」
今は10月。北海道はもう秋が深い。
イチョウの木なんて、もう黄色い葉っぱが地面を染めているところもある。
もう自然界は冬の準備が始まっている。
それは僕ら高1男子も同じだ。
僕らも冬の準備をしなければならない。
北海道の冬休みは、12月のクリスマス前後から始まる。
……となると、話題なんて、1つしかない!
「あー早く彼女作んなきゃやばくね? もうすぐクリスマスっしょぉ」
そう言いながら、シェイクを吸い上げる僕の首に腕が回される。
それはとなりに座る、坊主頭の涼太の腕だ。
帰宅部の良太が坊主の理由は、1秒でも長く睡眠を堪能するためだとか。
もうこの時点で彼女が欲しいという気持ちを僕は疑いたくなる……
「オレもなぁ、先週別れちゃったし……」
茶髪の翔平がポテトをつまみながらぼやいているが、夏休みに彼女をゲットできても冬まで保つとは限らないという、代名詞的な存在。
しかしながら、僕は彼が彼女と長続きしない理由を知っている。
彼は二次元中心の生活をしているからだ。
僕もそれなりにアニメは見るけど、彼の熱量は、彼女の愛よりもずっと重くて、かなり熱い……!
だが、そんな翔平が、僕は嫌いじゃない……!!!
「はぁ……僕もクリスマスは彼女と過ごしてみたいなぁ……」
僕はもうすぐ来てしまう冬をイメージする。
北海道の冬は、すんごくしばれる!
人肌で温かくなりたいのだ、男子は。
そこ、不純とかいわない。
優等生風の僕だって、それは変わらない。
女子から手のぬくもりを分けてもらいながら歩きたいんだよ……!!!!
「……建人、お前はいいよな、ナルちゃんがいてぇ」
「涼太、何言ってんだよ。ナルちゃんはみんなのナルちゃんだろ?」
僕が意味がわからないと反論すると、さらに翔平の腕がからみついた。
「いやいや、抜け駆けは許さない。なので俺たち、同盟組んだんだ」
かわるがわるのセリフに、僕は少しいらだちながら、腕を振りはらう。
軽くなった首をまわしてから、肩をすくめてみせた。
「意味わかんないんだけど」
僕の言葉にふたりの鋭い視線が降り注ぐ。
「お前だけハンデがあってたまるか。ペナルティぐらいの状況にしないと俺たちの気が済まない」
「涼太、それイミフだし、それ」
「だって建人、毎朝、ナルちゃんとバス乗って学校来てんじゃん」
「はぁ? 翔平だって先週までは可愛い彼女と登校してただろ」
「アレとナルちゃんを一緒にするなっ!」
「お前、サイッテイだな!!!!」
「「かんけーねぇぇぇぇー!!!」」
いきなりふたりの声が重なった。
僕は小さくため息をつく。
「……じゃあ、どうしろって言うんだよっ」
「「告白してこい!!!!」」
再びのハモリに、今度は大きくため息をつく。
「意味わかんねーっ!!!!!」
すかさずツッコミをするものの、ふたりは何を目論んでるんだ……?
眉をひそめる僕に、ふたりでにっこり微笑みかけてくる。
「お前がナルちゃんに玉砕すれば、俺たちがとなりに並べるわけだろ?」
「涼太、いつからナルちゃん狙いだったの?」
あきれる僕に翔平は鼻で笑う。
「建人、ナルちゃんの親密度はお前を通したことで他の奴らよりずっと高い。……ということは、あと2ヶ月かければ、親密度が100になって告白ターイム!!!!!」
「翔平は選択肢を間違え続けてるから、ナルちゃんとの親密度は死んでも100にならないと思う」
ぬるくなりはじめたシェイクをすいこんで、ふたりを交互に僕は見る。
「……で、僕が告白する意味は?」
「「潰すために決まってんだろ」」
鬼畜、という熟語がよく似合う。
これでもかなり仲の良いほうだと思っていたのだけれど、ここまでひねくれていたとは……
僕は、ほんのりナルちゃんへの告白を想像しながら、ひとつ思いつく。
「涼太、翔平、仮にだけど、仮に、仮に! 僕の告白が通ったら、……どうするんだよ」
どうだという僕の顔に、ふたりはぐにゃりと笑顔をうかべ、大きく首を横に。
「……実はそちらぁ、……リークしてますっ!」
胸を張るのは涼太だ。
「ナルちゃん、……あの、サッカー部のエース、梶北くんがいいんだそうですっ」
梶北という名前をきいて、僕も納得した。
さわやかで、優しそうな垂れ目の男だ。
ただ見た目とは裏腹に、他校の女子も食いつくしているという噂もある。
噂はウワサ。とはいえ、火のないところに煙は立たないので、あながち嘘でもない気もする。
でも、あのナルちゃんが、見た目重視かぁ……
妙なところが引っかかる僕に、翔平は話をつづけてくる。
「建人、図書館の土手裏あるだろ? あそこで今日の16時、ナルちゃんとお前は待ち合わせをしております」
「……涼太、なにそれ……?」
「なんで、オレと涼太は、スマホを使ってお前の玉砕をリアルタイムで聞いちゃおうと思いますーっ!」
16時に待ち合わせだと言われ、待ち合わせの時間を告げられたのが15時40分───
慌てて図書館まで来たわけだけど、メッセか何かでナルちゃんに連絡をすればいいのでは?
そう思う人は多いと思う。
だけど、すでに僕のスマホは、すでに人質にとられてしまっていたのであるっ……!!!
スマホをテーブルに置いて、トイレに行ったすきに、涼太の胸ポケットへと。
もうこれはファストフード店に入った瞬間に済まされていた。
さらに先日涼太の家で泊まった際、パンイチ姿の寝顔も撮られており、笑い話のネタかと思えば、ゆすりのネタにされてしまった……
今回告白をしなければ、クラスで作ってあるメッセグループに、ソレを流すという。
ふたりとは高校入ってからの付き合いだけど、……まぁ、マジでやりかねない……
僕は告白する運命をどうにも変えることができないまま、15時52分に図書館の土手裏に回ることになった。
ちょうどお地蔵さんが祀られている、小さな祠のある場所だ。
それだけ聞くと禍々しいものを想像しやすいけど、ここの土手裏は小さな公園で、その一角にお地蔵さんの祠がある。お地蔵さんはいつだって綺麗に磨かれ、花も水もお供えされている、近所の憩いスポット。
今は夕方の時間。
犬の散歩をする人やジョギングする人、もちろん小学生ぐらいの子たちもまだ遊んでいる。
でもあと30分もしないでここに人はいなくなるだろう。
北海道の陽は短い。
公園の入り口にある柏の木をまわるとお地蔵さんがある。
そこに手を合わせるうしろ姿は、まちがいない。
僕はゆっくりと近づいた。
「……あ、鳴海、待った?」
思わず中学と同じ呼び方をしてしまった。
彼女の細い肩がぴくりとするけど、いつもの笑顔がふり返る。
「ううん、なんも今来たとこ。なんか鳴海って呼ばれるの久しぶりな感じする」
「ごめ……つい…」
「なんも。なんか中学戻った感じでいいかも」
「よかった。……あー、涼太たちからなんか聞いてる?」
近くのベンチに僕が歩きだすと、鳴海もそれについてくる。
「なんも? なんかタッケから話あるっていわれただけ」
「タッケって……」
「そっちが中学と同じ呼び方してたんじゃん。あたしもそうするし」
「はいはい……」
普通に会話はできてるけど、これを聞かれるだけで、ネタを提供しているような気もする……
ひとり嫌な気分を抱えていると、僕の右側に腰かけた鳴海がくりくりした目を僕にむけて、のぞきあげてきた。
「建人くん、ねぇ、話ってなに? なんか相談? 恋バナとか!」
「あー……いや、そのさぁ……」
僕は言葉を探す。
探しながら、考える。
考えながら、僕は気づく────
この気持ちに決着をつけるべきじゃないか、って。
ここに走って来るまでの間、涼太の背中にスマホを返せと叫び、翔平のスマホを手渡されたときだってずっと考えていた。
……もう、僕は耐えられないんだ。
毎朝の登校も、たまに帰りにいっしょになるのも、クラスで話しかけられるのも……
偶然にじゃなくって、もっと、彼女の気持ちが欲しい───!
僕は鳴海のほうを向けないまま、言葉をつなげる。
「……迷惑かもしれないんだけどさ、」
「なに?」
「僕さ、鳴海の手を握って登校したいんだ」
「……ん?」
「これから寒くなるでしょ? だから、手をつないで……さ……こう……ごめん……」
思わず謝った僕に、鳴海は笑う。
「なにゴメンって」
「いや、なんか、僕なんかがって……キモいっしょ……」
俯いたままの僕の手の上に、冷たいけど、やわらかい、あたたかいものが触れる。
「……あたしの手、めっちゃ冷たいよ?……これでもいい?」
反射的に鳴海を見ると、少し潤んだ目で僕を見つめあげている。
………反則だってば!!!!!!!!!
「……ぜ、ぜんぜん、大丈夫っ!」
まるで石化したように固まった僕の手を鳴海は握りしめる。
「じゃ、帰りさ、手つないで歩く練習しない?」
華奢な体からは想像できない力で右手をひっぱられた僕は、つい鳴海と並んで歩きだす。
「どう? 身長差とかバッチリじゃない? あたしたちっ」
目を細めて笑う鳴海に、僕は言葉が返せない。
「……な、鳴海は、僕と並んで歩くの……恥ずかしいとか、ないの?」
「なんで? 好きな人と歩くんだよ? 恥ずかしいなんてないよ」
ずんずん歩いていく鳴海の後ろ姿は小さいのに、大きく見えて。
髪をかけた耳が真っ赤なのが可愛らしくて。
僕はつい、呼び止めてしまった。
「……なに、タッケ」
俯き加減でふりかえった鳴海に、僕は笑う。
「鳴海のこと、好き」
「……最初から言ってよ、バカ」
半分になった夕日の赤が、鳴海のふりかえった顔にかぶってしまった。
それが、とても残念な瞬間だった────
有頂天で家に帰ったとたん、胸ポケットで震えたのはスマホだ。
鳴海からの連絡かと取り出したが、それは翔平からだった。
「駅横のコンビニまでダッシュ!」
そう、翔平と僕のスマホはトレードされていたのだ……!!!!
再び家を飛び出した僕だけど、翔平のスマホを確認する。
鳴海との会話をどれだけ聞いていたのか、すんごい気になる……!
「15時53分で、……通話、48秒……?」
ふたりはこの48秒をどう説明するのだろう。
僕は問い詰めるべきかどうか、コンビニに着くまでの間、考えなければならない。
……あと、パンイチ写真はとりあえず消しておこう。
「明日、もっと寒くなったらいいなぁ……」
黒い空に息が白くかたどられる。
もう、冬が目前だ。




