第36話
ゆっくりと湯に当たり、たっぷりの泡で全身をつつみ、すっかり、石鹸の香りに染まった。
髭も剃り、軽く頭髪を整え、僕は半裸で部屋に戻る。
下には下着と、その上に簡易ズボンを履いてあるので問題ない。
扉を開くと、初夏の風が気持ちいい。
初夏の、風……?
「アキム様、冷えたワインでもお飲みになります?」
僕は胸元と、隠さなくてもいい下半身を隠しながら、
「飲みません!」
もう、叫ぶしかない!
──バタバタと部屋着に着替えをすませ、僕は改めてミアに伝えた。
「ですので、ミア、男性の部屋にそう易々と入るのはよくないと言ったではありませんか」
「あら、まだ子ども扱いいたしますの?」
「違います。女性の扱いです」
濡れた髪をタオルで拭いながら、大雑把に越しかける。
ミアは優雅にお茶を飲みつつ、ちらりと僕を見た。
「……女性扱いしてくださるなんて、さすがアキム様ですわ」
少し頬が赤く見えるのは、紅茶の色が反射しているからだろう。
ミアはお茶を何度かすすり、ひとつ咳払いをする。
「もう少し時間がございます。アキム様、お休みになります? なるのでしたら、安眠用のハーブティーを入れて差し上げますわ」
「いいえ、眠れそうにありませんので。ロドスとエンバーも心配ですし」
ミアは手際よく新しい紅茶を入れてくれた。
差し出されたカップから、ベリーの香りと紅茶の香りがからみあってのぼってくる。
「これは、珍しい香りがします。ベリーの酸味のある濃厚な甘い香りがします」
「フレーバーティですわ。乾かしたベリーを粉砕し、茶葉と混ぜてありますの」
僕はひと口すすり、蜂蜜を入れたくなるが、我慢する。
今は甘い味よりも、渋みを感じていたい。
そんな気分なのだ。
「そうですわ。アキム様、今回の事件のトリックはわかりまして?」
目だけでこちらを見る仕草は、まさしく試している。
「ええ、まあ」
ミアは姿勢を正すと、僕に手を差し出す。
「話してくださる?」
嬉々とした表情が、誕生日プレゼントを渡される前の子どものように浮かれている。
「あくまで、僕の推理ですよ」
そう前置きして、僕は説明をはじめた。
「僕が予想した通り、魔力が潜在的に高い人たちが選ばれ、部品として、体の一部が切り出されたわけですが、それを遠隔で行ったのは、僕の魔力を吸い上げた、あの儀式用のナイフです」
「それが凶器と?」
「はい。儀式用のナイフは効率よく魔力を吸い上げることができます。逆に言えば、吸い上げた魔力を切り取った側へ流すこともできる。転移用の魔術式を見て、気づきました」
ミアは、クッキーをひとつつまみ、小さく頬張る。
「遠隔で行えた理由はなんだと思いますの?」
「それは、呪いです」
「呪い……」
僕は机に置いておいた手帳の紙をやぶり、万年筆を手に席に戻る。
「呪うことは、そう簡単ではありません。ですが、魔力が潜在的に高い人は、呪いを感じ取りやすい。逆に言えば、呪われやすい」
「なるほど」
僕は紙に四角を描く。
「ここが、一人目の侍女が殺された部屋だと仮定します。ここに呪いの魔法陣を準備し、儀式用の短剣を手に持つと、手に持っている人間の魔力を使って、呪いが発動、という流れです。だから、あの部屋で二人も犠牲に」
ミアは二個目のクッキーを頬張り、紙の外を指で叩く。
「外の庭で見つかったのは、どうしてですの?」
「それは、単純な理由ではないと思います」
「どういうことですの?」
ぬるくなったお茶を飲み込み、僕はあの瞬間まで巻き戻る。
「……セオが、驚いてきたのが、あの時でした。セオは、侍女が部品になることを知っていたのだと思います。自身もその部品になるとは知らずにですが。だからこそ、あの場所にあって、心底驚いたのだと思うのです。ヘルマンとマシューの唇は読めませんでしたが、何か揉めている雰囲気もありました。あの子はきっと、侍女のなかでも、魔力が多い子だったのだと思います。感受性の高い方は、往々に高いことが多いですから」
ミアは唇を尖らせた。
「だからって、外で呪いを受けるのは、アキム様の推理では、反してしまうではありませんか」
「そうです。彼女は、呪いを跳ね返そうと、部屋から離れたのです。でも、すでに呪われてしまっていた。だから、離れた場所で呪いが実行されてしまった」
「少し、推理としては、弱い気がしますわ」
ミアにぴしゃりと言われてしまうが、それしか言いようがないのだから、仕方がない。
「では、短剣はどうやって手にしたのです?」
「それは、床に落ちていた、部屋にあった、で済むと思います」
「雑、ですわね……」
「そうですかね。でも、それほど大きなものではないので、カリアがタオルに包んで、部屋に片付けるよう手渡していたのが、一番、近いかもしれませんね」
「……それでしたら、少し、説得力が増したかもしれませんわ。ほんの、ほんの、少しですが」
「手厳しい」
お互いに緩くなったお茶を啜って、目があった。
ミアが一本、指を立てる。
「では最後に、どうして遺体の一部は消えていたのでしょう?」
「それは簡単です。転送魔法です」
「あの体の一部だけをですか?」
「はい。可能です。儀式用の短剣には、あらかじめ、どの部位を切り取るか、命令がされていたはずです。だからこそ、そのまま転送できたのだと。それこそ、転送付きの儀式用短剣の製造方法や術式も手帳に記載されていたと思います」
ミアはふうと息をつき、
「ご名答、ですわ」
満足そうに頬杖をつく。
「まだ読み取りが弱いところもございますが、そこは今後の訓練ですわね」
「はぁ」
訓練というフレーズに、僕は口をへの字に曲げた。
聖騎士団の訓練があまり好きではないのだ。
座学の方が得意というのも否めないが、訓練では魔力強化をしてはならないため、大柄の脳筋男にボコボコにされるのが、僕の日課となっている。
「もうそろそろですわね」
ミアがつぶやき、僕もその言葉に、ベッドに転がした懐中時計を取り上げた。
だが時刻は14時を過ぎた頃だ。
「まだ、神官たちはきませんが」
「そちらではありませんわ」
ドアがノックされる。
返事をする前に、ドア越しに声がかかる。
『ヘルマンです。お二人が起きました。起きました!』




