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棺桶を抱えた君と巡ろう、僕が“老騎士”と呼ばれるまで  作者: 木村色吹 @yolu


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第35話

 まだ、サマーとなったサナも、ベナンが入ったディルクも、起きていない。

 とにかく滔々と魔力を流し続けるしかないのだそうだ。

 魔力が血液のように全身をめぐり、繋げた箇所たちを馴染ませる役割を果たすのだという。

 トランスへの魔石供給は、マシューが引き継ぎ、僕らは屋敷へと戻ることになった。


「あちらの魔法陣より、移動できます」


 ヘルマンが説明してくれるが、見ればこれも古代魔術の術式だ。


「これも、深紅のローブの人が造ったものですか?」


 指を刺した僕に、ヘルマンは感心の笑顔を向ける。


「よくお気づきですね、アキム様」

「ええ、転送用の術式では、出入り口を一つににできるものはないので」

「……はぁ」


 ヘルマンにとってはこれが当たり前の転送術式なのだろう。

 他を知らなければ、これが特別仕様だとは気づけないのも頷ける。


「さ、アキム様、お風呂に入りませんこと?」


 キャトルはミアの腹部に巻き付いている。

 来る時は服の下にそうしていたのだろうが、服の上からの再現を見ると、奇妙なコルセットに見えなくもない。


「そうですね。早く着替えもしたいですし。……でも、今の時間って何時でしょうか」


 魔石がじゃりじゃりと運ばれ、流される音を聞きながら、僕らは壁に大きく描かれた魔術式に入っていく。

 跨ぐように進んで出た場所は、執務室だ。

 勤勉な本に整然と並んだ書類を見て、ここはヘルマンの部屋なのだと、改めて理解した。


 だが、目が慣れるのに、時間がかかる。

 薄暗い部屋にしばらくいたせいで、日光が目に痛い。

 陽の色は、夕方ではないが、倒れて数時間とは思えない、朝っぽい光に感じる。


「今の時刻は、朝の、9時ですね」


 ヘルマンの声に、僕は目を瞑ったまま、大きく頷いた。


「では、明日の15時に、神官が来て、挙式ですね」

「いいえ、本日です」

「今、9時ですよね?」

「はい、9時です。そのぉ、申し上げにくいのですが、アキム様、倒れた時刻の頃は覚えておりますか?」


 そうだ。

 僕が倒れたのは、昼食をいただいていたとき、だ。


 まさか、僕は、椅子に縛られたまま、10時間も寝ていたのか……?


 確かに、彼らとの攻防は時間を取られたが、5時間もの戦闘はしていないし、ベナン卿とディルクの処置だって、1時間もかかってないはずだ。


「……自分が怖くなってきた」


 思わず呟いた僕に、ミアはくすりと笑う。


「今更ですの?」

「今更って……僕は、そんな、え、そんな対象なんですか?」


 ミアは、なんのことかしらととぼけながら、スカートの埃を払う。

 だがそのスカートは、レースもちぎれ、布も破けている箇所があり、美しい細工が崩れてしまっている。


「ミア、ドレスが……」

「大したことございませんわ。また直せはいいですもの」

「そうですけど」


 何気なく振り返ってみれば、壁に大きな世界地図のタペストリーがかけられている。

 意外とあっさりした隠し方だ。


「それこそアキム様も、全身が血まみれですわ。制服、元に戻せまして?」

「……確かに」


 そんなやりとりをしている間に、勢いよく部屋に入ってきた者がいる。


「ヘルマン、戻りましたか!」


 侍女長のカリアだ。

 少し乱れ気味の髪と息の上がり方をみて、少し遠くから走ってきたのだとわかる。

 だがすぐに僕とミアを確認し、顔をしかめた。


「ヘルマン、失敗したのですか? 旦那様は? 奥様は!?」


 叫び出したカリアの肩をヘルマンがさする。


「大丈夫だ、カリア。もう少しで戻られるから」

「本当です? だって、あの人たち……っ」


 ミアがその続きを繋げた。


「生きてますものね。驚きですわよね」


 改めて言葉にされたことで、カリアの勢いがしぼんでいく。


「ヘルマン、ギリギリまで供給を行なってください。挙式の時間は保つはずです」


 ミアは言い切り、歩き出す。


「さ、アキム様、挙式の準備をいたしませんと」




 執務室を出て、僕らは各々の部屋に戻った。

 さすがにミアも僕の風呂に構う余裕はないようだ。


 聖騎士の制服をハンガーにかけ、つい、そのまま右手を伸ばす。

 今は、ロドスはいないのだ。

 頼りっぱなしだった自分が情けない。


 しかしながら、これほどの血を浴びるとは……

 思わず腕を組んで眺めてしまう。


「やっぱり僕は、崩れた体がダメなんだなぁ」


 血ではなく、腐った肉に反応するようだ。

 新たな発見と、耐性がわかったのは収穫が大きい。

 これからの実践でも、自分の得手不得手がわかってあるのは心強い。


「まさか、こんなに汚れるとは思ってなかったからなぁ」


 僕は鞄を確認してみることにした。

 もしかしたら、洗濯袋(ニートバッグ)が紛れているかもしれない。

 洗濯袋は、旅行する人なら必需品だ。

 簡単に言うと、汚れた衣類を元通りにしてくれるバッグなのだ。


 使用する際に確認しなければならないのは、スーツや制服の見えない箇所に小さなタグがついているか、どうかだ。

 それはスタートタグというもので、新品の頃の服を記録してある。

 そのタグがあるものであれば、洗濯袋の魔術式と反応、ひと晩寝れば元通りだ。

 シワも穴も汚れも消えるという、素晴らしい代物だ。

 ただし洗濯袋に使える回数は決まっているため、そう頻繁には使えない。

 タグの数字が使用できる回数に当たるのだが、制服は20と書かれているため、20回以上は、購入または手洗い推奨、ということになる。


「今から洗濯袋に入れれば、5時間は確保できるー……汚れ落ちるぞー……袋よ、あってくれー……」


 そっくり鞄からものを出し、ひっくり返して揺らしてみる。

 鞄の端からコロリと落ちた。


 拾い上げれば、洗濯袋だ。

 綺麗に丸めて紐で結ばれている。


 間違いない。ロドスの気遣いだ。

 短期間だからと指示していなかったのに、ロドスの精巧な予測能力に感激しかない。

 紐で結んでおいてくれるなんて、改めて感謝の念が湧いてくる。


「大丈夫かな、ロドス。エンバーとちゃんと動けてるかな……」


 僕は不器用なりに服を畳み、洗濯袋に血まみれの衣類をしまうと、シャワーへ向かった。

 ありがたいことに、ふかふかのタオルが置かれ、ミアがくれた石鹸が残っている。


「……イジェスに感謝を」


 僕は感謝を捧げてから、お湯の蛇口を捻る。

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