第34話
「奥様を亡くされてお辛かったのは、ベナン様だけではございません。ディルク様もです」
ヘルマンの声は落ち着いていたが、その根底には、どうしてこうなったのか。そう、疑問を感じずにはいられない雰囲気がある。
「後継として準備していた際に亡くなられましたが、ディルク様は領民のために身を固めようとお決めになりました。しかし、あなたが許さなかった」
ヘルマンはマシューの手から離れ、ベナン卿と向かい合う。
その姿は堂々としていて、長年の時間が彼らの中に漂っているのが見える。
常に、始まりからずっとヘルマンは一緒だったのだ。
戦友であり、仲間であり、家族と思えたベナンが、あらぬ方向へと進みだしたのだろう。
「あなたに言葉で伝えても、響かせることはできませんでした。ここから離れることも考えましたが、それもできず……。しかし、今なら、まだ間に合います」
ヘルマンはずっと悩んできたのがわかる。
侍女たちのことも、ずっと悩んできたのだろう。
ようやく吐き出せたヘルマンの言葉に、ベナン卿はにこりと笑った。
「わしは、構わん。ディルクがどうなろうと」
ディルクの肩が震えているのに気づく。
ディルクは声を殺して泣いていた。
目をつむり、黙って、泣き続けていた。
こうなることも、全て知っていたようだ。
知っていたからこその、振る舞いだったのか……
ミアは全てを見渡し、腕を組んで、首をぐるりと回す。
「……それなら、ベナン卿がディルクの中に入るのはいかがかしら?」
あまりの唐突な話に、また、ついていけない。
「簡単ですわ。ディルクの中に、ベナン卿の魂を移すのです。ディルクは死にませんし、ベナン卿の魂も生かされます」
言いながら淡々と準備を進めるミアに、僕は金魚の糞のようについて歩く。
「本当に、ディルクさんは死なないんですか?」
「ええ」
「魂が移動すると、どうなるんですか?」
「それは……」
ミアは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「見てくださればわかりますわ」
彼女の優しい笑顔が、恐ろしい。
「アキム様、トランスから管を持ってきてくださいまし。キャトルはこの管をそれぞれに繋げてくださいまし」
僕は機械の裏に繋がれた管をひっぱりながら、何をしているんだ。と自問する。
これは、何が始まろうとしているんだ……?
これは、人体錬成のきっかけの魔術に違いない。
本来は禁忌の魔術になる。
そうなると、僕は罰せられるのか……?
「何を悩んでらして、アキム様?」
「え、いや、その」
「一番、平和的な解決ですわ。みんなが生き残る未来になりますもの」
僕は管を渡しながら、ディルクの脚を見る。
ヴォルガが僕に「やるな」と言った理由がわかった。
繋ぎ目から、侵略と腐敗が始まっている──
魔力の高い脚は一時的につなげやすいのだが、その分、魔力の弱いディルク側の足は生命力が吸い取られてしまうのだ。
それは均衡のとれた状態とは言い難く、時期に、脚は捥げ、切り口は二度と塞がらない。
それは腐りながら死を待つ意味にもなる。
「ミア様、あの、大丈夫なんでしょうか」
ベナン卿を台のそばに座らせたヘルマンがいう。
ミアは、繰り返し、「問題ございません」そう言い切るが、不安は残る。
僕自身も、一つの体に二つの魂が入るなど、意味がわからない。
「では、アキム様、あちらの装置の、赤いレバーを下げてくださいまし」
すでにヘルマンもディルクも昏睡状態にある。
キャトルの細い針をひとつきだった。
静かな寝息のそばでは、サマーが奇妙な痙攣をしているが、ミアの表情を見るに、順調なようだ。
「では、下げますよ」
僕がレバーを下げれば、魂がディルクに流れていくのだろうか──
手が、震える。
何か、尊厳に傷をつけてしまう、そんな気がする。
「アキム様?」
ミアの声に驚き、そのままの勢いで、僕はレバーを下げていた。
もう、僕は、この漆黒の道を進み、老騎士になるしか、方法はないだろう。
「……ありがとうございますわ、アキム様」
ミアのこの喜びは、どの喜びなのだろう。
そう思ってしまうのは、彼女の表情が、まるで子どもがいたずらをして愉悦に浸るような、そんな笑顔だったのだ。




