第32話
「どういう、意味だ」
ベナン卿の困惑した声は、剣先にも伝わる。
「心臓が、サマーが起きなければ、意味がない……意味がないんだ!」
話の根本がわかっていないとベナン卿はミアに訴えかけるが、ミアはにこりと笑った。
「賢者の石は、適正がなければ意味がありませんわ。四肢が爆散しましてよ?」
ミアはベナン卿の懐から覗き上げ、嬉しそうに、にたりと笑った。
「人が人を殺す人間を、ずっと見てみたかったのです……!」
ミアは感激していると言わんばかりの潤んだ瞳で、軽やかにステップを踏んで、スカートをくるりと舞わす。
彼女の目は大きく大きく見開き、瞳孔が限界まで開いている。
まるで赤い縁の黒い目にすら見える。
深淵の窓にも見えるその目で、ミアは僕を見つめる。
「これほどに欲と欲が混ざり合っていたのですねっ」
そのままぴたりと僕の胸にくっついたミアに、
「アキム様はどのようにお感じになって?」
質問を続けたミアの肩を押し除けて、僕は小さく頷いた。
「復讐ですら、欲なんだなって学びました」
「さすがですわ、アキム様」
ギーンという、金属の震える音がする。
ベナン卿が剣を壁に叩きつけたのだ。
「茶番はいい。お前たちを殺せば叶うなら、わしは、構わずお前たちを殺す!」
あまりの覇気に怖気付く僕に、ミアが笑う。
「殺せば、全て、叶いませんことよ? さあ、わたくしの言う取りにしてくださいまし」
睨むベナン卿に、ミアは続ける。
「わたくしがほしいのは、この方法を誰から聞いたのか、ですわ」
ベナン卿の顔が曇る。
しゃべりたくないのだ。
その顔をみて、思わず僕は言ってしまう。
「ベナン卿の研究成果ではないのですか……?」
ミアはちょんと僕の鼻をつつくと、
「可愛らしいこと」
ふふふと笑う。
そして、ミアは舞うように二つの台を八の字に歩きながら僕に質問した。
「では、なぜ、切られたご遺体の魔法陣が古代魔術だったと思ってらして?」
「では、なぜ、儀式用の短剣を渡されたのだと思ってらして?」
「では、なぜ、ここに殺された方々の部位が並んでいると思ってらして?」
「では、なぜ、彼女たちが腐って死んでいたと思ってらして?」
僕は口をつぐむ。
裸で横たわる二人を見て、僕は気づかないフリをやめた。
サナの体に縫い付けてある部位は、全て見つからなかった部位たちだ。
古代魔術である理由は、属性を強めることが可能だから。
土属性は人体の錬成でかなり必要な部位となる。
その属性でコーティングしながら切り取り、サマーに取り付けたのだろう。
そして、取り付けなければならなかったのは、ひとつの体としての魔力を高めるためだ。
「魔力の高い侍女たちの部位をあてがうことで、サナの体の魔力を高めたんですね……。すべては、復活させるための部品だったと」
すべては目的のために始まり、目的のための結婚式が行われるのだ。
そして、その目的のために僕が騎士役として選ばれ、ここに来た。
犯人を探せと言われたのも、ここに残らざるを得ないようにするため────
「長年、待ち侘びてきたのだ。今日の日のため、明日の婚儀のため、わしは、ずっと……! ずっとだ……!」
ベナン卿はサナの頬を撫でる。
もう彼にはサマーに見えているのだろう。
愛おしそうにm頬の輪郭を指でかたどりながら小さな声で言った。
まるで、サマーに昔話を言い聞かせるかのようだ。
「……深紅のローブを纏った男だ。サマーの葬儀の際に教えられた。目をとっておけば、復活できると。さらに、手帳もくれた。それには方法が記してあった。復活の際には、魔力豊富な体が必要なことや、魔力増幅装置の設置などな」
ベナンが懐から投げてよこしたのは、彼が言葉にした手帳だ。
ポケットに簡単にしまえるほどの小さな手帳には、びっしりと必要なもの、手順が書き込まれている。
さらには付箋やメモも挟まり、当初の手帳よりもずっと分厚い手帳になっていた。
手帳は何度も読んで開いているせいか、手垢にまみれ、紙もよれている。
だが、この手帳には、彼の想いすべてが詰め込まれているのだ。
「……わしは、何年もかけて、準備をしてきたんだ……聖騎士に賄賂を渡し、全てが順調にすすめるように、実験も何度も行った。財産のほとんどを費やそうと、な」
ベナン卿の深く黒い決意がわかる。
だがすべて、彼の伴侶への愛からの行動なのだ。
息子を犠牲にしても手に入れたい夫婦とは、どんなものなのだろう……
狂気にしか感じない彼の愛は、サマーを愛していると言えるのだろうか……
ミアはぱらぱらと手帳を確認し、何度か頷いている。
さらにぐるりと設備を見回し、満足げに頬を緩めた。
「深紅のローブの男は、名前を名乗っていたかしら?」
ミアの問いに、ベナン卿は数拍おいて、
「……アンブローズ、アンブローズと言っていた」
名前を繰り返す。
その名を聞いたミアの目は、黒く染まる。
瞳孔が大きく開いたのだ。




