第28話
死者蘇生。
これは禁忌魔術となったものだ。
禁忌となった理由は、単純だ。
死んだ兵士を死なない兵士として使用し、侵略戦争を起こしたからだ。
その兵士を、いつからか、深淵の戦士と呼ぶようになった。
──遡ること400年前になる。
まだ国は小さく小さく切り取られていた時代だ。
戦争を繰り返せば繰り返すほど国民は貧しくなり、兵士の数も減っていく。
ほんの少し大きな国が、じわじわと水たまりの淵を広げるように、隣国を吸収し始めた。
その時代に、この魔術は完成した。
土元素を主体とした古代魔術を土台に、幾重にも魔術式を重ねられたものだという。
生きている人間の魂の一部を死んだ体に縛り付け、命令を実行させるという魔術式となり、範囲魔法でもあったため、戦場ではかなり役に立ったという。
だがその魔術式を展開するためには、膨大な魔力も必要だった。
その奇特な魔術を駆使していたのが、大魔術師・マーリン。
海の水よりも豊富な魔力を持っている人物と伝えられている。
マーリンは、ガイラー帝国の前身となる、ギャラー帝国に魔術師であり、参謀として、支えていた。
その時代に首の聖女が現れ、イジェス教が広められていくこととなる。
また、国境戦争始めにガイラー帝国と名を改め、そこからイジェス教が世界各地へ布教されていく。
現在においては主要な宗教となり、平和の象徴とも言える通称バラ騎士が、魔術を用いて安寧を保っている────
「さあ、お嬢さん、心臓をいただけるかな……?」
じりじりと距離を詰めはじめた魔術師たちに、僕の視点は定まっていない。
僕はそれよりも遠くに視線があった気がする。
目が覚めた。
僕は手を握り、開く。
もう、問題ない。
動揺していた気持ちも、どうにか落ち着けるだろうか……
僕だって、死者蘇生を考えなかった日はない。
僕の魔力なら、過去のマーリンのようになれるのではないか。
死者の大群を引き連れることも可能ではないのか?
それこそ、母を生き返らせることもできるのではないか?
そう夢見たことは、何度とだってある。
だが、その度にヴォルガが「忘れろ」と繰り返してきた。
その意味を理解できぬまま、今、目の前で、蘇生をしようとしている者たちがいる。
僕は、心の底から悔しさが滲む。
だからか、僕の口が勝手に開いた。
「方法は、どうするんです」
つい、唇が動く。
「心臓を移植しても、サマーさんの魂は戻りません」
僕の言葉に、ベナン卿は腹の底から笑い声を上げた。
引き攣るように声を立て、目尻の涙を拭うほどだ。
「君も同類だったとは……! なら、話が早い。さっさとその子の心臓をよこし」
「差し上げられません」
僕は右の魔術師を睨む。
それだけでいい。
「あ……あぁ……あぁ!」
男の声が咆哮に変わった。
服越しに、胸から首をかきむしる。
暴れるように歩き出した魔術師を呆然と見ている仲間だが、つと、男の足が止まった。
大きく口を開け、濁った雄叫びを短く、3回吠えた。
吠えたが、それは遠吠えとは違う。
腹の底からの咆哮だ。
少し時間を空けて、4回目。
咆哮と同時に、男は吐き出した。
炎だ。
一つの炎を皮切りに、何度も、何度も、炎球が男の口から転がり出てくる。
だがその度に顎が裂け、肉は焦げていく。
まるで内側からひっくり返るように開いていく姿は、赤黒い花が咲いたようだ。
男の体が裂けるまで、かかった時間はものの40秒ほどだが、男が絶命するまでの苦しみは、永遠に近いほどに苦しかったかもしれない。
「さすが、アキム様ですわっ」
しっかりと腕に絡みつくミアだが、僕はふりほどけないでいた。
振り解く動作をするだけで、集中が途切れてしまう。
思考の乱れは修正できるが、動くことで意識が途切れるのはまずい。
僕はミアをそのままに、同じように左側に立つ男をじっと睨んだ。
だが、ダメだ。
「……ちっ」
舌打ちした僕にミアが笑う。
「ちゃんと対策されましたわね。では、次はどんな手を?」
詠唱で僕の魔術をキャンセルされたのが、ミアもわかったようだ。
相変わらずミアの魔術を読み取る能力に驚かされるが、感心している暇はない。
どうしようかとひと息考えているうちに、向こうが動いた。
がむしゃらに風魔法を放ちながら、こちらに向けて突進してきたのだ。
キャトルがすぐに手を伸ばし、男の突進を止めにかかる。
だが、鋭利な空気の刃は、彼女の細い腕を次々に切り落としていく。
……だけど、それでいい。
粉々に粉砕した破片の中を縫って、僕は男に間合いを詰めていく。
僕の手には、儀式用の短剣がある。
「チェックメイト」
僕の声に反応した時には、男の腹に短剣が刺さっている。
「……な、このッ」
反撃の魔術の前に、もう一度、僕は足を踏み込んだ。
内臓の奥へと刃を食い込ませれば、男はもうしゃべることは不可能だ。
長い柄なのを利用して、背負うように持ち直し、刃を振り抜いた。
言葉にならない声が男からあふれて、血液も口から溢れ出る。
喉の先から顎まで切り裂かれた体は、生温かい血を噴き上げながら、ゆっくりと後方へ倒れた。
だが僕はすっかり油断していた。
「……アキムさ……」
残っていた魔術師がカインを押し付けていたキャトルの腕を切り落としていたのだ。
魔術師はミアを押さえつけると、解放されたカインが彼女の首に魔導ナイフを差し込んでいた。




