第27話
ベナン卿の背後に目を凝らすと、となりの部屋の壁に魔法陣がうっすらと浮かんでいる。
転送用の魔法陣だ。
きっと屋敷から、この場所までの移動用だろう。
転送距離は魔石量にもよるが、ベナン卿が住む屋敷と、僕らがいた別荘の中間地点がこことみていい。この場所自体、屋敷から遠くない場所のようで少し安心する。
しかし、危うい状況には、変わりはない。
「まさか、これほど手こずっているとは……」
ベナン卿は深いラベンダー色のマントを揺らしながら、ぐるりと部屋を見渡した。
吊り下げられたカイン、意識を落としてぶら下がるヘルマン、腰を抜かして立てないマシューを一瞥し、小さくため息をつく。
堅気とはいえない護衛の魔術師に、顎で指示を出す。
彼らはほぼ顔が見えない黒いローブを引き摺りながら、定位置に着く。
すぐに攻撃がくると、僕は体を起こすが、瞬間、台の上の男が叫んだ。
「父上、助けてくれ! 痛すぎるっ!」
振り返ってみれば、見たままにディルクがいる。
奥の顔に布をかけられていた男はディルクだったのだ。
キャトルによって手枷と足枷が外され、起き上がれたものの、脚が動かせないようで、真っ裸のまま、台の上で必死に叫び続ける。
「なんなんだ、ヘルマン! こんなこと聞いてないぞ! 婚儀の準備じゃなかったのかっ! 殺す気なんだろ! 貴様はクビだからなっ!」
今の今まで積み重なっていた鬱憤が撒き散らされる。
ベナン卿はディルクの声がうるさいようで、顔を歪め横を向く。
「……やれ」
ベナン卿の声に、ミアは即座に僕の横についた。
僕を支えつつ、キャトルで防御と考えたようだ。
僕自身も、だいぶ痺れがとれ、どうにか立ち上がり、身構える。
だが、魔術師の腕は、僕ではなく、ディルクに向いた。
問答無用で空気砲を放つと、彼の鳩尾にめり込んだ。
ディルクから盛大に吐瀉物を吐き出させ、さらに首に向けて追撃。
彼は再び台の上に、今度はうつ伏せで寝転んでしまった。
「な、何をして……」
自分の息子に対し、魔術で攻撃をさせるなど意味がわからない。
僕は改めて対峙するため、左腕にある短剣を引き抜いた。
すでに薔薇が咲きはじめていたものの、枯れはじめていたせいか、ずるりと身体中から根が抜けていく。
抜けていく感覚は妙な気持ちよさがあるが、喉の奥から引きずり出される感覚が走り、思わずえずいてしまった。
ベナン卿は僕をみて軽く笑うが、それは僕がえずいたからではなかったようだ。
「まさか、自分の魔力でそれを枯らすとは……」
奇妙にも喜んだ顔に、僕は戸惑いながらミアを腕で庇いつつ、半歩下がる。
すでにキャトルの腕が僕を囲い、まるで腕の檻だ。
とても心強い。
ベナンは「あぁ!」と天井を見て唸った。
何事かと思えば、僕にお辞儀をしだす。
「失礼しました、バラ騎士殿。アキム様だったね。私はベナンだ」
大袈裟に頭を下げて見せるベナンだが、僕に向かって指をさした。
指している先は、目で間違いない。
「ディルクはまるで魔力がない。だから君の目をディルクに移植しないといけないんだ。命まで取るつもりはないから安心したまえ。君の目は、二つ、あるからね。今、取り切るのは勿体ない」
その言葉にようやく合点がいく。
カインが言っていた、《《材料》》という言葉だ。
このせいだったのか……
しかし、ディルクに移植?
なぜ……?
「アキム様の目は、さしあげませんことよ」
ミアが加勢に入るが、ベナンは鼻で笑う。
「君は魔導造形師だそうだが、そんな幼い少女で、さらに人形がここには一匹だ。そんな君が、私に、何ができるんだい? ん?」
二人魔術師が僕らに向いた。
力づくの攻防が起こる予感がする。
一人はマシューを起こしにかかり、魔力増幅装置・トランスを動かすよう、腕を引き上げ、指示を出している。
「ベナン様、ただいま、動かしますから!」
叫んだのはカインだ。
無理やりキャトルの手を外して叫ぶが、体はすでに天井に押しつけられている。
「そのガキの心臓を移植すれば、《《サマー様》》の体は動き出しますっ」
その名前に、僕は口を閉じられない。
困惑しか浮かんでこないのだ。
言葉に感情が表せない。ただ唇が震えてしまう。
あまりの顔をしているのか、ミアが僕を見て、肩を揺らす。
「アキム様? サマーとはどなたですの?」
僕は答えようと、肩を揺らすミアの手を握って息を吸ったとき、
「私の妻だよ」
ベナン卿が答えた。
そう、サマーとは、ベナン卿の妻の名だ。
10年ほど前に、感染症で亡くなったベナン卿のただ一人の伴侶の名だ。
──彼は、ベナン卿は、死者蘇生を行おうとしている。




