第26話
騒ぐ声はカインだけじゃない。
ヘイルマンもだ。
目の前に立っていたマシューすら、腰を抜かしている。
だが、真後ろの出来事に僕は振り返れないが、マシューを見る限り、よほどのことが起こっているようだ。
それこそ、巨大な魔物でも見つけたような、あらぬものを見てしまった顔をしている。
引き攣った顔のまま、ずりずりと後方に下がっていく。
足も顎も震えて、顔も青を通り越して、真っ白だ。
よほどのものがいるようだが、僕はそれを見ぬまま、死ぬのだろうか。
それは、マズい。
僕は一気に魔力を高め、花の根を焼き尽くそうと意識を高めたとき、マシューが悲鳴をあげた。
腕で顔を多い、何かから体を守ろうと身を縮める。
とたん、僕の椅子がぐるんと180度回転した。
マシューが蹴った足が僕の椅子にあたり、ミアの方へと向きが変わったのだ。
すぐにミアの安否に視線を向ける。
正面にミアが座っている姿があるはずだ。
だが、そこにいたのは、少し奇妙な物体だった。
8本もの手がミアの背中、スカートの下、脇からと伸びている。
関節は複数あり、まるで直角にしか曲がれない蛇のようだ。
暴れるカインは口元を握られ、天井近くに掲げられていた。
彼は空を切るだけで、どこにふれることもできず、彼の手にあったナイフはすでに脇から伸びた別の手の中だ。
となりにいたはずのヘルマンは両足首をつかまれ、ぶら下げられている。
彼の意識はすでにないようで、あんぐりと開いた口をとじることなく、両腕を床に擦り、揺れ続けている。
「アキム様、少し遅くなり、申し訳ございません。うちのキャトル、魔力をかなり蓄えないと動けませんもので……」
そう言ったのはミアだ。
異様な物体は妹のキャトルの体のようだ。
殴られた頬も腫れておらず、強く打った頭にも傷はないようで、髪の毛が綺麗にまとめらたままだ。
安堵していると、ミアの脇から伸びた手が、縛っていた鎖を簡単にちぎってくれる。
「さあ、キャトル、わたくしから離れても動けますわね?」
ミアのスカートの裾からずるりと出てきたのは、海のように鮮やかな青いショートヘアのお人形だ。った。
だが頭から体はあるが、その姿は蜘蛛と同じだ。
頭の脇から8本の腕が伸び、丸い胴体が付いている。そのボディを覆うようにフリルのついたスカートがふわりと揺れる。柄はミアのスカートと同じ黒色で、とても似合っているように、僕には見える。
「アキム様にご挨拶を」
キャトルは余っている手でスカートの裾をちらりと持ち上げ、腕の関節をかくりと曲げた。
頭を下げたのだ。
可愛らしい顔とかなりの相違のある体だが、今朝会ったハーピー型のデュオと比べれば、同じぐらいの衝撃だろう。
僕は左腕を押さえながら、膝を折り、頭を下げた。
今できる動作はこれで精一杯だ。
「……うっ」
しかし、僕の膝に力が入らない。
全身に根が張り、体中が痺れている。
膝から落ちるように床に寝そべると、ミアが悲鳴のように僕の名を呼んだ。
「まあ、アキム様!」
すぐにカサカサとキャトルが近づき、僕を抱え上げてくれた。
まさかこんなにもたくさんの腕に抱かれる日がくるとは思ってもいなかったが、意外と抱かれ心地はいい。安定感が半端ない。
「……ミアの胴体にくっついていたんですね。どうりでシルエットがわかりづらいドレスを選ばれていたわけだ」
「さすがですわ、アキム様。そして、この碧薔薇の根も焼け始めております」
顎を引いて左腕を見れば、まるで水をあげすぎた植物だ。
根腐れが起きたように、咲き始めた花はしおれ、蔦も茶色に変色している。
「さ、解毒剤をお飲みになって」
無理やり口に詰め込まれた粒に驚き、ミアを見る。
「飲んで、ください、まし!」
あまりの眼力に僕は飲み込む。
アルコールの塊のようだ。
喉が焼ける味がする。
「キャトル、あちらでガタガタしている方の枷と布を外してくださる?」
僕が薬の熱さと戦っている間に、奥の人間の布を剥がしにかかるようだ。
顔があらわになったようだ。
ミアは口元に手を当て、目を細めた。
「あらあら、まあまあ……!」
だが、形勢は逆転しきれてはいなかった。
「──何をしている貴様ら」
最初に僕がいた部屋から現れたのは、老人とはいえ、屈強な姿の貴族が出てきた。
間違いない、彼は、ベナン卿だ。
右目から頬にかけての大きな引っ掻き傷がある。
さらに、違法の野良だろう魔術師の護衛を3人も携え、ある種、絶体絶命と言えそうだ。




