第24話
ヘルマンの声は、切羽詰まっていた。
「だから言ったんですよ。無理だと! あれほどっ!」
舌打ちをしながら離れたカインに悟られないよう、僕は背後の様子を聴覚で探る。
もう一つ、似たような空間がある。
その奥から、誰かが口を押さえられながらも叫ぶ声と揺れる物音が激しい。
「もうすぐベナン様がお越しになります。どうにかしないと」
「わかってるって。マシュー、もう一回、流してみろ」
「……へい」
「……ああ、うるっせぇな! 脚、つなげたぐらいで、ガタガタ騒ぐんじゃねぇっ」
大きな轟音が響く。
弦楽器の低い音を鳴らしているようなベンベンと芯に響く音がして、耳鳴りのような高い音がキーンと一度だけ響いた。
「もう一度!」
奥の部屋には、さらにマシューがるようだ。
何かの作業をしていて、動かないことが問題になっている。
ただ、《《つなげた》》ぐらいで?
この言葉がひっかかる。
言葉がわかる何かに怒鳴ったのは間違いない。
この奥にさらに誰かいるのか……?
轟音が止み、ヘルマンだろう革靴で石の床を歩く音が響く。
その他に、ザリ、ジャリ、という何かを掘り、それを流し入れる音がする。
うーうーと唸る声は今の所静かだが、その静けさが妙に恐ろしい。
「どっちがいいかなぁ……」
カインの声が背後で聞こえた。
ぶつぶつと喋りながら部屋をぐるぐると歩き出す。
向こうの部屋と僕の前を大きく旋回しながら、歩く速度はかなり遅い。
二周目に入る。
いつの間にか手には小さなナイフがあり、空中に円を描くように投げて歩いている。
僕とミアの間に立ち、ぽーんとひときわ高くナイフを放り投げた。
風を切る音がして、彼の手にぴたりと戻る。
ナイフを僕とミアに交互に向けるも、数回繰り返したのち、倒れたままのミアにぴたりと止めた。
「……マシュー、ヘルマン、このガキ、もってこい」
「へい」
ヘルマンの声はしない。
だが、二人が僕の横をすぎていく。
「何するつもだ? ヘルマンさん! マシューさん!」
声をかけるが、無視される。
まるで僕が物のようだ。
横顔を少ししか見れなかったが、ヘルマンだけはちらりと視線を流した。
その目は悲しげで、困惑したような、だが責めるような、感情が見える。
二人はミアを挟むように立った。
床に倒れたままのミアは椅子に繋がったままだが、その椅子ごと運ぶ気だ。
「ミア、起きて! ミア!」
叫んで見たが、反応がまるでない。
「ミア!」
ぴくりとも動かないまま、ミアが縛られた椅子は起こされ、
「「……せーの」」
声が合わさり、持ち上がった。
それにしても二人ともに顔が真っ赤だ。
ヘルマンの力が足りなくて、二人で真っ赤になっているんだろうか……
「離してください! ミア、起きて!」
無理やり方向転換しようと体を揺らしたとき、背もたれが後ろに倒れた。
背中の衝撃に身構えたとき、僕の顔を覗き込んだのは、カインだ。
「そんなに見たいのか? なら、アキムもこっちこいよ」
僕の背もたれを傾け、引きずっていく。
乱暴に椅子を回された。
僕は軋む甲高い音と左腕の痛みに歪んだ顔のまま顔をあげる。
隣の部屋に連れ込まれたのだが、より明るい部屋で、そして、そこが実験室であることは間違いなかった。
円形の部屋の壁が棚となっており、その棚にはさまざまな薬品はもちろん、大小含めていろいろなモノが大きな蓋付きの瓶に保管されている。
それこそ人間の臓器だろうものもあるし、犬の頭や猫の半身など、様々だ。
そして、中央の二つの台の上に寝かされた人間の体は、確かに、《《つながって》》いた。
台が低い位置のせいで、椅子に座ったままでもよく見えるのだ。
まるで棺桶を伏せて置いたような台に、裸の男女が両手両足に枷をつけて固定されている。
手前には、全く動かない若い女性がおり、奥には顔に黒い布を被せられた男性がいる。
男性のほうは口を何かで塞がれているようだが、再び必死に叫び、体を揺らしだす。
男の足は太ももの中央から別の足が縫い合わされている。肌の色が違うのはもちろん、筋肉のつき方がちぐはぐだ。
縫い付けている糸は、魔石を食べて育てられた蚕が出すレイクシルクと呼ばれる医療用の糸になる。深い湖の色のような緑色をしており、よく病院では切り傷や手術の際、レイクシルクで縫うことで傷口を早く塞ぐことができるのだ。
それは手前の女性も同じで、女性は右肩、左肩と縫い付けられ、下半身は臍の下あたりから縫い付けられている。こちらの縫い付けられている部位だが、皆肌の色が微妙に異なる。つまりは、つなぎ合わされている人たちは、それぞれ違うということだ。
男性と違うのは、女性の目はくり抜かれており、口の中から管が何本も吐き出されていることだった。
管を伝っていくと彼女の後方に置かれた機械につながる。
「……なんで、こんなとこに……」
呟いた僕に、カインはにやりと笑った。
「お前、アレ、わかるんだ。若いのによく知ってるな」
僕はその声には反応しないように顔を無にする。
あれは間違いなく、魔力増幅装置、通称・トランスだ。
戦争時代の遺物であり、生物兵器を造るための装置でもある。
──魔力増幅装置・トランスに魔石を詰め、レイクシルクで編んだ紐を魔術師の腕の中に入れることで、大量の魔力を送ることが可能になるのだ。
魔力が体に馴染むと、数分間、無敵状態となる。
いくら攻撃を受けても怪我が治り、魔術を放ちつづけられるという代物だ。
だが、その反動は大きく、生命力の消耗が激しい上に、魔力が切れると瞬く間に衰弱死してしまう、諸刃の剣ともいえる。
しかしながら、戦後に人道的に問題があるとして、一切の使用を禁止されたのだ。
だが、まさかこんなところで見つかり、さらには使っているとは……
「脈、なし、だな」
カインの声に右を見ると、頭をぐったりと落としたままのミアがおり、一向に起きる気配がない。
「ミア! ミア、起きて!」
僕の脛をカインが蹴り上げた。
あまりの痛みに食いしばり、睨み上げる。
「お前、マジ、うるさいんだって。ガキ、もう死んでんの。見ろよ、息してねーだろ?」
「嘘つくな! さっきは息があった!」
「さっきは、だろ?」
もう腕の痛みなど忘れ、僕はミアを見るが、どこも揺れていない。
脱力した体は、間違いなく弛緩している。
いや、違う。
ただの脱力だ。
きっとそうだ……!
「嘘だ」
「ガタガタ言うなって。おい、ヘルマン、」
「なんでしょう」
「このガキ、人形屋か?」
「ミア様はそうです。あの魔導造形師・ニクラス様の弟子にあたるそうで」
「なら、良さそうだな」
本当は目玉がいいけど。
カインはいいつつ、ミアの瞼を無理やり開けた。
彼女の赤い目はルビーのように輝いて、カインを映しているが、彼女の瞳孔が開いたままに見える。
「翡翠色じゃ、ねーもんな」
カインはミアの頭を乱暴に落とし、もう一度サナを見た。
「アキム、お前の目だったら、一発なんだけど、生憎、入れる目はもう決まってんのよ。お前は臓器提供に使うから、安心しろ」
「何を、言ってるんだ……?」
僕の声に、カインは笑う。
「魔力が強い奴は、目の色が翡翠色って知らねぇのか?」
カインは僕の顔を間近に見ると、
「お前もだろ、アキム」
そう言って、肩身のペンダントを引きちぎる。




