第22話
すでに扉の前からいい香りがする。
肉を焼いた香りにちがいない。
香草もたっぷり使っているようで、香りにすら厚みがある。
「お腹が空く匂いですね」
「ですが、ランチですのに、かなり高級な香りがいたしますわ」
「確かに、僕もそう思います」
扉に手を伸ばした瞬間、観音開きに開いていく。
「お待ちしておりました、アキム様、……まあ、ミア様、お席はこちらです」
いきなり始まった高級な接待な気さえする。
朝になかった花も生けられて、どこか雰囲気がおかしい。
「披露宴で振る舞おうと考えているメニューでして。ハーフコースですが、お試しいただけたらと」
前菜として野菜のテリーヌが《《お淑やか》》に現れた。
「新鮮な野菜のいい香りがしますね。……あの、ミア」
「なんですの、アキム様」
すでにミアは優雅な手つきで頬張っている。
ひと口目でもわかる美味しさのようで、大きな目をより開いて嬉しそうに微笑んだ。
「さ、アキム様もお召し上がりになられたら? ほっぺたが落ちるといいますが、まさしくこのことですわね」
「……いや、その、何か、盛られるのではと……」
「訓練されていませんこと?」
「それは多少はしておりますが……」
「即死はあり得ません。多く見積もっても、昏睡と麻痺程度でしょう? ……さ、アキム様、あーーーーん!」
つきだされたフォークを僕は手で遮った。
「結構。自分で食べれます」
息をついて、僕はひと口頬張った。
手のひらよりも小さい枠の中に、幾つの野菜が敷き詰められているのだろう。
さらに鮮やかな色の配置がされている。
もう芸術といえる食事ではなかろうか。
野菜それぞれ下味がつけられ、さらに食感も生かされており、どこから食べても味わいが変わって素晴らしい。特にラディッシュの辛味と酸味がいいアクセントになっており、いくらでも食べられそうだ。
「いかがですか、アキム様?」
ヘルマンの声かけにびくりと肩が震える。
震えた肩を誤魔化すように、自分の肩を撫でて、ヘルマンににこりと笑顔を返す。
「とても美味しいです。素材の味がしっかり生かされていて、食感もとても楽しめます」
「それはよかったです」
ヘルマンは話しながら慣れた手つきで白ワインをグラスに注いでいく。
「その、朝も見ましたが、アキム様はお食事の際、手袋は外されないんですね」
「大変申し訳ありません」
「いえ、責めているわけでは……」
笑って誤魔化してくれたが、外して欲しいのがよくわかる。
しかしながら、僕はこの手袋がなければ、さまざまなものに触れることが難しいのだ。
「昔のトラウマで、大きな部屋での食事では、手袋が欠かせないのです。それに……」
神妙そうな顔を作るが、大抵はこれで納得はしないことはわかっている。
「我々騎士団は、食事の際、手袋ははめたままでいるようにと習うのです」
「どうしてです?」
僕はソースに手袋の先を浸す。
「手袋には特殊な加工が施されています」
ブイヨンがメインのさらりとした半透明のソースの色が、じわりと濁る。
それは紫色に変化し、絵の具のように渦を描きながら広がっていく。
「あら、紫ですわね」
「ええ。神経薬と睡眠薬の混合ですね。ミア、お見事……です……」
せっかくなら、お肉料理までは食べたかったな。
僕はそんなことを思いながらも、薄れ始めた意識の中で、僕は反芻していた。
実は、ここにくる前の時点で、ミアは一度襲撃を受けていた。
魔術トラップだ。
クローゼットを開けると強制睡眠させられる魔術だったようだ。
しかしながら、ミアは魔術式の存在を《《妹たち》》から教えられ、発動前にドアを破壊。
それにより、あの爆音がしたようだ。
では、なぜ、僕に魔術トラップがしかけられてなかったのか?
それはロドスが片付けている際に、トラップを発見。
それはあの空になっていた儀式用の箱だ。
魔術式を無効化する最高級の魔石のブレスレットが役に立ったといっていい。
やはり備えあれば憂いなし、だ。
さぁ、これからどうなるのか……
ロドスとエンバーはちゃんと村まで逃げられただろうか……
せめて、花嫁のサナに連絡が届くことを祈るしかない。
ここに、来てはならない。
何が起こるかわからないから……
……さあ、目覚めたときに、きっと、始まっているはずだ────




