第19話
僕は手を温めるように、カップをつつみこむように持った。
ようやく手の強張りが消え、手袋をはずし、またカップを両手で抱え、ゆっくりと飲む。
鼻から抜ける香りはトロピカルな雰囲気があるが、味わいはすっきりと、そして渋みがアクセントになっている。飲みこんだあと鼻から抜ける香りは、どこか夏の香りに似ていて、今日の天気とよく似合う香りだ。
「……ミア、ありがとうございます。少し、落ち着きました」
「いいえ。お口にあったなら良いのですが」
「夏っぽく、少し落ち込んだ僕に元気をくれる紅茶です」
「まあ、お上手」
ミアは笑いながら優雅にお茶を嗜みつつ、僕に視線を送ってくる。
「アキム様から、まさか、魔術師、という言葉が出るとは思っておりませんでしたわ」
「僕だって、信じられないよ。もちろん、協力者はヘルマンだ」
『え? みんな敵じゃねえか!』
「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない」
『なんだよ、そりゃ』
いつの間にかロドスの腕に抱えられて、おやつの魔石をガリガリと食べている。
集中しづらい咀嚼音を聞きながら、僕は少し冷めた紅茶を飲み干した。
「ミア、朝に言ってましたよね、不審者がいるかもしれないと。それはどうしてですか?」
ミアはひと口だけ飲み込んだ。
そしてじっと僕を見る。
真っ赤な瞳は、昼間の光のおかげで、色が薄く見える。
だからか、彼女の肌はより陶器じみた青白い肌で、動くビスクドールといってもいいほど。
丁寧に手入れをされた指先は、なぜか翡翠色だ。
その爪で、高価なカップをカラランと鳴らした。
「もう言ってもいいですわね。単純ですわ。この屋敷のヘルマンから尋ねられたのです」
ミアは忌々しい顔つきで、吐き捨てた。
「『人を造れる石をお持ちですか?』と……」
声に出すのも憚られるのか、眉間に皺がより、目が吊り上がる。
ロドスの胸の中のエンバーは、ミアの気迫に慣れているのか、変わらないペースで魔石をかじっている。
「アキム様は、この石のことをご存知でして?」
僕は心を透かすように問われ、返答に戸惑った。
素直に答えていいのか、どうか。
ヴォルガからは、
「──なんでそれ知ってんの……。いいかい、そのことは聞かれても『知らない』ということ。もし、聞いたことがあるなんてでも言ってみろ。お前もオレも処刑されるからな? 覚えておけよぉ?」
そう、幼少の頃に釘を刺されている。
「……僕の父が、その研究をしていたと思います。『賢者の石』ですよね」
ミアの瞳孔がぎゅっとすぼんで、花が咲くように大きく大きく広がった。
「やはり、アキム様もご存知でしたのね。よく禁忌とされるのに、話してくださいました」
まるで同志を見つけたような雰囲気に、僕は少し笑ってしまった。
「ミアの方こそ、僕を試したじゃありませんか」
「あら、気づいてらして?」
白々しく言うが、僕が賢者の石を知らなければ、全てを教えることはしてくれなかったはずだ。
彼女への信頼と、どれだけの情報を持っているか、それをミアははかったのだと思う。
だが、ミアに頼らなければ、僕はこの事件を解決できない。
いくら彼女が僕を気に入ってくれていても、解決するまでの力は貸してくれない。そんな気がするのだ。
だからこそ、打ち明けた。
判断は間違っていなかったようだ。
「その石のことを知っている人間は、かなり、限られています。ヘルマンのような人間が、軽々しく問える質問ではないのです」
ミアは少し怒りを混ぜて言ったが、お茶を飲みほすと、すぐに表情を和らげた。
「そういうわけで、今回、わたくし直々にスワローを届けに参りましたの。……なにか、企んでると思いまして」
「そうだったんですね」
だがこれで少なからず僕の《《おかしい》》仮説は、少なからず現実味を帯びてくる。
僕は飲み干したカップを横にずらすと、手帳に紋様を書き込み、3枚並べる。
「さっき、目の辺りの灰を回収したのですが、それには意味があります」
すぐにロドスが灰の入った袋と、ティースプーンが手渡される。
僕は一人目、二人目、三人目と書いたメモの通りに、ティースプーンの先っちょにほんの少しの灰を取り、乗せていく。
一人分を乗せると、新しいスプーンが渡され、また一人分と3回繰り返し、準備は整った。
「まずセオは、魔力が多い部族の出身だったのは間違いありません。手首に部族特有の刺青がありましたので。また彼は最近入ったばかりの庭師でした。では、殺された侍女の方々は……?」
僕は順番に紙の上に指を乗せていく。
魔力を込めた指先はインクを伝い、紋様が浮かぶ。同時に灰が黒く小さな液状の粒に変化した。ふわりと浮きながら、まるで生き物かのようにうねうねと波を打ち、次第に細かく震えて、瞬間、光る。
『まぶし! 言えよ、舎弟!』
ゆっくり目を開ければ、粒に色が付いている。
碧だ。
騎士の背にある薔薇と同じ色──
「……彼女たちも、きっと潜在的に魔力の多い部族の方々だったとみていいでしょう」
僕はミアに、目を合わせる。
ミアが小さく頷いた。
「答えは、魔術師以外、あり得ませんわね」
「ええ。少なからず、関わっていると判断できるかと」
ミアは2杯目の紅茶を僕に注ぎながら、いたずらっ子のように目を細めた。
「アキム様、同僚の方とかでしたら、どうします?」
「僕はすでに、《《兄を殺した》》騎士ですよ」
開き直って言ったつもりなのに、胸の奥がぎゅっとしめつけられる。
「それは、心強いですわ」
カップを差し出したミアの目は黒く染まっていた。
あまりに深い黒色に、僕の息が詰まる。




