第18話
15分ほどかけて戻った部屋はとても、躍動感あふれる状態になっていた。
開かれた窓の風で、床に散らばった紙が舞う。
だが、強風に煽られ、広がった散らかり方ではない。
クローゼットが開かれており、床に転がされた旅行鞄は空っぽだ。
動けない僕に、ロドスが肩を叩く。
さらにエンバーが僕の頭にぼすんと乗った。
『おい、魔石、魔石は大丈夫か!?』
「君のご飯は取られてるわけないでしょ」
床に散らかったものは、鞄に入っていた衣類、書類だ。
確かに窓を開けて出かけたが、空気の入れ替え程度の予定だったのに……!
僕の予定とは全く異なる状況だが、何を求めてこれほど荒らされたのか知らなければならない。
「何か無くしてるものあるかな……もうパズルみたいだ……」
床に散らかった書類をかき集めていく。
儀式用の書類はばらけていたが、抜かれた形跡はない。
他の資料もだ。花嫁であるサナの資料も抜かれていなかった。
床に散らばった小袋を確認してみる。
ロドス用の純度の高い魔石は取られていない。もちろん、エンバーのおやつとしてミアから渡されたスカスカな魔石も袋ごと残っている。
身につけるものは全て身につけていたのが功を奏したとも言える。
騎士の装備が盗まれでもしたら、相当なことになる。
しかし、そういった類のものは盗まれていない。
「わたくしが置いておいた茶葉も茶器も残っております。アキム様、安心くださいまし」
散らかった部屋のまま、ミアはお茶を淹れに取り掛かるようだ。
あまりの行動力に肩をすくめたとき、ロドスが机を指で叩いた。
『おい、舎弟!』
頭からびょんと机に乗ると、エンバーが両手で掲げ上げたのは伝言板だ。
2本脚で立ってまで見せてきた伝言板を僕は受け取るが、思わず手からこぼれそうになる。
書いてあったのは、
【明日、禊と挙式を行うと通達あり。明日午後15時までに神官を派遣願う】
だが、まだ返信がない。
きっと調整に時間がかっているのだろう。
インク壺とペンを残し、机の荷物を薙ぎ払い、訂正文を書き込もうとしたとき、
【問題ない。了解だ】
「嘘だろぉ!?」
僕の喉とは思えない奇妙な声がでるが、僕だ。
いや、返信が来たが、訂正すれば問題ない。
訂正をと手を伸ばすと、お茶を淹れていたはずのミアから止められた。
「これは、犯人が仕組んだ罠ではありませんこと?」
「罠? 誰に?」
「アキム様に」
「僕に……?」
手を取られ後ろを向くと、ロドスがいる。
彼の両手が抱えているのは、儀式で使う短剣が入ったケースだ。
禊の儀式で使用する短剣だが、なんだと見ていると、おもむろに蓋を持ち上げる。
──空だ。
「……空っぽ? なんで? 盗まれるわけないだろっ」
つい叫んで、僕は口を手で覆った。
意図して入られているのだから、それぐらい対応できるのかもしれない。
だが、それでも、だ。
僕は手袋を外し、顔を拭う。
冷や汗と胃痛が体を覆っている。
僕の老騎士への道が、もう、絶たれた……
「……くそっ」
脱いだ手袋を力任せに床へ叩きつけた。
『おっと』
エンバーが近くにいたようだ。
彼は身軽な動きで、僕のそばに来ると、するすると脛にからみついてくる。
『なぁ、舎弟、箱の説明しろよ。なぁ』
ふわりと脛に体をこすりつけて見上げるエンバーの顔も、なんだか見慣れてきた。
ふわふわとして可愛らしく見えてくる。ひとつ目だけど。
僕は服越しに胃をさすり、額の汗を拭う。
ふっと息を吐いてから言葉にする。
「……その、ケースには魔術鍵がかけられていて、担当の騎士でなければ開けられない仕組みなんだ」
『それが、綺麗に開けられてんのか』
「そういうこと」
かちゃりと茶器のこすれる音と、フルーティなお茶の香りが鼻をくすぐった。
振り返れば、昨日いっしょに夕食をとったテーブルが綺麗に片付けられている。
「さ、お茶にしませんこと?」
ぐるりと見れば、大方片付けが済まされている。
「ロドス、ごめん」
首を横に振られてしまう。
問題ないと言いたいのだ。
全く情けない主人だ。
僕はもう一度深呼吸をして、背筋を伸ばした。
「ミア、その前に、この状況をヘルマンさんに伝えた方がいいのでは」
「アキム様はこの部屋に入った賊は、窓から入ってきたと思ってらして?」
僕は朝方デュオがとまっていたテラスへ出ていく。
ここは3階。梯子をかけるにもかなりの長さが必要だ。
仮にペガサスで浮き上がることができても、彼らは空中でとどまることができない。
「ほぼ、不可能だ……。でも」
「でも?」
「ミア、見てください」
僕は手袋をはめ直し、テラスの手すりについた粉を指で擦った。
「魔石の粉です。浮かんで足裏をここに乗せたと考えられませんか」
「お見事ですわ、アキム様。アンを呼ぶまででもなかったですわね」
ミアは嬉しそうに微笑みながら、さぁさぁと僕の手をとる。
「お茶が冷めてしまいますわ。少なからず、犯人の目星は立ったのでは?」
「……はい」
僕はミアに促されるまま席に腰をおろす。
すかさず僕の膝にエンバーが乗り、テーブルに前脚をつけながら僕を振り返った。
『教えてくれよ!』
「犯人は、……ま、魔術師。……たぶん、ね」
誤魔化したけれど、手が冷えて震えている。
ミアの入れてくれたお茶が、じんわりと僕の指を溶かしてくれるようで、ありがたい。




