第16話
一瞬、ミアの言っている意味がわからなかった。
「急ぎませんと、すべて灰になりますわっ」
僕は持っていたカップを落とすようにソーサーに置いた。
ようやく僕の頭が起きた気さえする。
僕はミアの肩にとまったデュオに「ありがとう」と伝えると、「クルル」と返事がきた。
カッコウ以外にも鳴けるようだ。
ミアに引きずられるように正面玄関へ走り出した僕だけど、一度ヘルマンを振り返った。
ヘルマンはただ驚いた顔のままだ。
あの表情は、知られたことに驚いた顔なのか……?
シャンデリアが下がる廊下を滑らかな飛行で先導してくれるデュオを見上げつつ、裏庭へ移動する。
足の裏から感じるやわらかさに、僕は顔を歪めた。
今日は朝、霧がでていたせいか、土がやわらかい。
勢いよく走ったせいで、裾に泥が跳ねている。
「やっちゃった……」
つぶやく僕の肩をロドスが叩き、指をさした。
『焼いてるの、ずっとずっと先、みたいだぜ』
エンバーの言う通り、まだまだ先の、さらに林の奥だ。
目印のように黒煙が上がり、わかりやすい。
が──
「なんで、あんな遠くで……」
「少しでも燃やした形跡を見せたくないのかもしれませんわね」
僕は少しだけ考えた。
だけど、僕にはこれしか思い浮かばない。
「ロドス、僕についてこれるよね」
こくりと揺れたのを見て、僕は即座にミアを横抱きにする。
ふんわりとしたドレスに包まれた体はか細く、かたい。
「まあっ!」
すぐに腕を首に回すミアに、離してもらっても困るため、頬を寄せてくるのを我慢しつつ、僕は言う。
「ミア、失礼します。このまま移動しますね」
頭の上で2周回ったデュオに視線で合図を送り、僕は足の裏に魔力を込めた。
あの強盗犯を捕まえた時と同じ方法だ。
ただ今回は少し距離がある。
だが、ヴォルガとの訓練に比べれば、まだまだ近い。
訓練のときは、丸1日、走り通しだったこともあるからだ。
「アキム様、風のようにお疾いですわ」
嬉しそうな囁きに笑いながら、スケートリンクを走る要領で足をさばいていく。
そして、なるだけ飛び上がらずに、距離をかせぐように跳ねて進む。
ある程度、道らしい道があったが、すぐに農道となり、整備された道路ではなくなった。
何度も押し車で運んだのか、細い車輪の跡と足跡が何周にも渡ってついている。
「アキム様、もう少しのようですわ」
ミアは視線を上に投げた。
それに釣られて僕も上を見る。
カッコウの鳴き声が、一度した。
デュオが上空で4回旋回したあと、木々の隙間を縫いながら、ぴたりと止まった場所がある。
僕は一気に踵に力を込め、進んでいく────
「遅かったか……」
ミアをおろしすも、絶望に潰されそうになる。
並べられた4つの遺体は、すでに黒炭だったからだ。
最後のひと吹きというように、ごおと音を響かせたのは、リトルリザードだ。
木の幹に鎖で繋がれ、こちらにはこれないようになっている。
だが、リトルとは名ばかりで、体は羊よりずっと大きく、赤い鱗をもつ、大きなトカゲだ。
ただリトルリザードは大昔から人間が飼い慣らしてきた家畜のひとつで、調教さえしっかり行えば、人を襲うことはない。
現に今も、目印となった青い魔石に向けて炎を吐いている。
あの石が溶けるまでリトルリザードは炎を吐くはずだ。
「あのリザードはあの屋敷におりまして?」
「いや、見ていない、と思う」
『いなかったな。あいつがいたら俺っちの鼻で、すぐわかるぜ』
「では、ギルドから借りてきてるのね。《《わざわざ》》」
ミアがわざとらしく声に出す。
その理由もわかる。
リトルリザードは、たしかにブリーダーもいるが、基本はリトルリザードを用いる作業のあるギルド内で繁殖と飼育を行うことが多い。
リトルリザードを保有するギルドは、鍛冶屋が主となる。他には、飴細工をするための調理ギルドになる。
リトルリザードの炎は特殊で、魔石を溶かすことができるのだ。
その意味は、魔力を封じながら石を焼くことがき、魔力の効力を失うことなく、剣や鎧に加工できるという意味となる。
しかし、遺体にかけられた魔法、僕がかけた魔法を無効にするために、わざわざリトルリザードを借りて焼いた、ということなのだ。
「……なんでこんなこと」
首輪に鍛冶屋の目印の小さな蹄がつけられている。
村のギルドから借りてきたのだ。
もう、用意周到という言葉以外、この事態に似合わない気さえする。
「あぁ、バラ騎士様、おはようございます」
後ろからの声に、僕らは大きく振り返った。
帽子を脱いで挨拶したのは、庭師であるマシューだ。
彼の手には、リトルリザードの炎を吐かせるための鞭と、止めるための口輪が彼の手にある。
僕は少しでも冷静にと、深呼吸をしてから、尋ねてみた。
「おはようございます、マシューさん。……あの、どうして、燃やされて?」
「旦那様が言われたものですから」
「せめて僕に一言あってもいいのでは?」
「旦那様が言われたものですから」
「昨晩の、グレースさんの検死も終わっておりませんが?」
「……旦那様が言われたものですから」
まるで音声をコピーする、録音結晶石のようだ。
同じトーンで、同じセリフしか出てこない。
「マシューさん、あの」
マシューのそばから鈴の音が響いた。
伝言板の呼び出し音だ。
彼は素早くエプロンのポケットから伝言板を取り出し、手早く読むと、僕に振り返る。
「アキム様、大変失礼しております。しかし、これから婚礼の儀を行うにあたり、不浄なものを敷地内に置いておくのはどうかという旦那様の判断でございます。どうかお許しください……」
深く頭を下げられた。
しかし、マシューは怒鳴る相手ではない。
僕は大きくため息を逃して、質問を変えることにした。
「セオはどうしたんです? お一人でここに運んで、リザードで焼かれるなんて、大仕事じゃないですか」
マシューは一度息を吸って、止めて、僕に力無く笑った。
「あいつぁ、少し、根性がなかったみたいで」
僕が小さく首を傾げると、「へぇ」マシューは話を続けてくれる。
「セオは、朝には、消えておりましたな」
「朝に、ですの?」
ミアがすかさず声を挟む。
マシューは大きく顔を揺らす。
そうだ、と言うのだ。
『逃げたって、どこに逃げんだよ?』
エンバーの言う通りだ。
逃げるとは、どこに?
「消えた、とおっしゃいましたが、どこか心当たりとか」
「いえいえ。去るもの追わず、です。旦那様の教えですね。そっとしておくのが一番でしょう」
「しかし、今回の件を面白おかしくなど、悪い噂を広められた」
「そんなことはない、と思います」
僕の言葉をさえぎるようにマシューが言った。
言い切って、さらに、にこりと笑うマシューに、ミアも微笑んだ。
「よっぽど信用のおける方でしたのね。なら、なおのこと逃げられたの、気になりませんこと?」
「……わしは、あまり考えないんで。頭がよくないので」
それ以上、マシューが口を開くことはなかった。
なぜ、そんな態度になるのか理解しかねるところがある。
とはいえ。
ならば、セオはどうして、あの屋敷から逃げたのだろう?
僕への約束を反故にしてまで……




