第15話
僕はロドスに、庭師の青年・セオが来たら起こすようにと声をかけておいた。
ロドスは寝る必要のない魔導球体関節人形だ。
魔力の石さえ切らさなければ、起きていられる。
ミアの誘導どおり、僕は少しぬるめのハーブの香りがたつお湯に浸かったことで、鼻腔の奥につまった生臭い臭いはもちろん、一日強張っていた筋肉もほぐれた気がする。
だからこそ、起こしてもらわなければ、起きられないと、ロドスに伝えておいたのだが、セオは朝まで来なかった。
なぜ知っているかといえば、柔らかな枕、軽いかけ布団になれず、何度も目を覚ましてしまったのだ。
野営は平気なのだが、枕が変わると寝られないが発動するとは思わなかった。
目が覚めるたび、ロドスに確認したのだが、来ていないと、横に首を振る。
むしろ途中でエンバーが起き、
『あいつ来たら、俺っちも起きるから、しっかり寝ろ!』
そう、怒られる始末に。
気づけば夜明けだ。
時刻は午前3時過ぎ。
そこからようやく本格的な眠りについた気がする。
だが、そこからすぐ起こされた気もする……
どうも外が騒がしいのだ。
壊れた鳩時計のように、カッコウの鳴き声が止まらない。
「……ん」
もう、寝られない。
僕は目を開けた。
カーテンごしに透ける光は明るく、今日も天気は晴れのようだ。
しかし、まだカッコウが鳴いている。
宿舎は都市部にあり、鳥といっても、小鳥のさえずり程度だった。
野宿の際も、野鳥は確かにいたが、これほど近くで囀ることはなかったのだ。
自分が眠りに対して恵まれた環境で生活していたことを改めて感じ直しながら、ベッドからそっと抜け出す。
いつの間にか枕元で寝ていたエンバーを起こさないためだ。
意外とエンバーの寝息はぷすーぷすーと小さくて、ふわふわのしっぽが頬を温めてくれて、心地がよかった。
今日はエンバーといっしょにゆっくり眠れるよう、早く犯人を見つけないと。
しっかしうるさい。
けど、カッコウってどんな鳥なんだろ……?
カーテンごしのバルコニーに近づくほど、カッコウの声が大きくなる。
好奇心が膨らんでいく。
鳩ぐらいの大きさだろうか?
これほど大きな声で鳴くのだから、白鳥ぐらいあるのだろうか?
僕は柵のふちに鳥がとまっていると想像し、そっとカーテンを開き、静かに窓を開けた。
体が硬直する。
カッコウだと思っていたものが、全く違ったのだ。
大きさは鳩より大きいぐらい。
ただ、頭は可愛らしい3歳児ぐらいの少女だ。
体がカラスのように漆黒の羽をまとった鳥になっている。足も、鳥足。動かす腕も羽だ。
ただ頭だけが人間で、色白の顔に黒い帽子のように髪の毛が切り揃えられて、小さな唇が大きく開いた。
『カッコー!』
「……ひっ」
僕が腰を抜かして後ずさると、後ろから笑い声がする。
『おい舎弟、それはミアのデュオだぜ。そんなにビビんなよ』
「で、でも、その!」
『ハーピーに模して作った人形だっての。歌さえ歌わせなきゃ、無害だから安心しろって』
それは、歌を歌ったら、害があるってことだろ。
僕は思ったが、口をつぐんだ。
鳴き止まないデュオを横目に、僕は顔を洗って着替えていく。
昨日と同じ制服だが、シャツだけ交換だ。
手袋をはめたとき、ドアがノックされた。
「はい」
ドア越しに声を上げると、
『わたくしですわ』
ミアの声だ。
僕はすぐさま扉を開けて、デュオに指をさした。
「ミア、どうにかしてくださいっ」
「デュオは部屋を間違えただけですわ。たぶん」
前を横切るミアを見ながら、昨日と同じドレス、と見せかけて、細部がすこし違うことに気づいた。レースの種類はもちろん、袖が昨日はベルベット生地だったのに、今日は総レースになっている。
さらに髪はアップにまとめられ、より機敏なイメージが浮き立つ格好だ。
「……なるほど。不審な人はいなかったようですわ。少し、安心できますわね」
ミアの言葉に僕は思考をめぐらせる。
不審な人はいなかった?
「僕らを狙う人がいたかもしれないってことですか?」
「あら、鋭いですわ、アキム様」
ミアは右手首を顔の前に掲げた。
レースの手袋と、レースの袖のちょうど重ならない肌が出る部分を隠すように、デュオがとまる。
「朝食を食べながら、いかがしから」
アキムは素直に頷いた。
その返事と同時に、エンバーはロドスの腕に包まれ、僕の後ろについてくれる。
僕はオリーブ色の髪をもう一度手で撫で付けてから、部屋をあとにした。
部屋の窓は開けっぱなしだが、問題はないだろう。
1階の食堂で朝食だと伺うと、すでにディルクが食事中だった。
上座の席で、朝食とは思えない量の料理をほおばっている。
席ついた僕に執事のヘルマンが挨拶と共に、「ディルク様は、昼食は摂らない主義でして」言いながら、ポトフを出してくれた。
大きな野菜はもちろん、ベーコン、ソーセージがバランスよく盛り付けられている。
蒸気にのって舞い上がる香りがとても爽やかで、甘味もある。
向かいに腰をかけるミアも小ぶりのスープボウルに盛り付けられた具材を嬉しそうに微笑みながら、頬張りだした。
しかしながら、その他にもパン、チーズ、フルーツと、ディルク並みに料理が並べられていく。
まだ少量なのだけ、救いがあるが、かなり豊富だ。
「残して結構ですので」
ヘルマンにそう言われても、出されたものを食べ切るのが騎士としての礼儀と学んでいるため、どうにか無理やり詰め込もうと覚悟を決め、僕はスプーンを取り上げた。
一番最初に頬張ったのはポトフだ。
最初にすくった玉ねぎはとけかけるほど柔らかく、スープといっしょに頬張った。
じんわりと甘い玉ねぎが胃に染みる。
体の中心から温まった血液が末端に運ばれていくのがわかる気がする。
「おいしいです、ポトフ」
感動のあまりヘルマンに声をかけると、満面に笑顔をうかばせ、
「地方からの料理人を雇うに限りますね。食べたことのない料理や味付けが楽しめますから」
にっこりと笑ったヘルマンを眺めながら、僕はパンを手に取った。
マスタードをたっぷりつけたソーセージとの相性がとてもいい。
ただ、僕の真後ろで聞こえてくるのは、ガリッカリッと魔石を食べるエンバーの音だ。
耳障りだなぁ、もぉ……
ゆっくり振り返ると、ロドスが手から魔石を食べさせている。
「甲斐甲斐しいな、ロドス」
『お、嫉妬か? 嫉妬なのか、舎弟! お前も食べさせてもらえばいいだろ』
「……いや、うん? 違うって」
「なら、わたくしがアキム様に食べさせますわっ」
半分腰を浮かせたミアに僕は手を突き出す。
「ミア、それは結構です」
「遠慮なさらないで」
「結構なんですってば!」
くだらないやり取りをしている間にディルクの朝食は終わったようだ。
ディルクは険しい顔のままヘルマンのジャケットの襟を握り、
「やっておけよ! 親父からも言われてるからなっ」
──さっさとしろよ、バラ騎士もよ。
吐き捨てた言葉が聞こえる。
意外と僕の耳は拾えてしまうのだ。
チーズを喰みながら、明日はリティンから花嫁のサナが来る。
禊の儀式の準備もしなければ。
今日は切り取られた体の捜索と、魔術式の解析を進める以外にはなさそうだ。
昨日の夜の遺体なら、魔術式がかなり詳細にわかるはず。
「アキム様、今日は何をなさるの? 村に絨毯を見に行きませんこと?」
「行きません」
懐中時計を見ると、8時をまわったぐらいだ。
午前中に昨日の夜の遺体を検死し、解析を先にしよう。
「少し、お散歩しませんこと? わたくしたちの距離をもっと縮めませんと」
「いいえ、今の距離感で問題ありません」
会話が挟まるせいでなかなか考えに集中できない。
食後のコーヒーが出され、僕はブラックでひと口飲み込んだ。
一方のミアはたっぷりのミルクを入れて、優雅にカップをつまみ、傾ける。
黙っていたら、とても美しい少女なのに……
とても美しい所作、美しい顔に見惚れていると、鼻に焦げた臭いがかかるが、田舎ならよくあることだ。
「ミア、先ほど言っていた話ですが」
僕の意識が遮られる。
天井近くの細長い窓から黒い影がびゅんと飛び込んできたのだ。
それはふわりと舞いながら、ミアの肩にとまった。
「デュオ……?」
ミアの耳にそっと囁く仕草は見慣れない。
部屋に残っていたヘルマンもギョッとした顔をしたままだ。
「……マズイですわ、アキム様」
勢いよく立ち上がったミアが、すぐに僕の手首をにぎる。
「ご遺体が、焼かれています」




