表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第8話 杏子の家業

――悪魔のクッキーを食べた翌週。


スマホのアラームが部屋に鳴り響く。

僕は目を開けることなく、枕元に置いてあったスマホを手に取り、アラームを止めた。

そのまま少し動かずにいる。このままだと二度寝してしまいそうなので仕方なく体を起こす。


スマホを確認すると朝七時半、いつも僕が起きる時間だ。

手に持ったスマホをポケットに入れ、ベッドから起き上がって部屋を出る。

廊下に出て階段を下りていき、洗面所に向かった。


洗面所の冷たい水で顔を洗い、ようやく意識がはっきりする。

そのまま歯を磨いた後、部屋に戻り身支度を整え、誰もいない家に挨拶をして家を出た。


登校途中の自販機で朝のコーヒーを買って飲みながら登校する。

これが僕が高校生になってからの朝のルーティーンだ。

缶コーヒーを飲み終えるころには学校前の坂についている。

近くのごみ箱に缶を捨て、坂を上っていった。


坂の中盤付近で背中から声をかけられた。

「おはよっ!」振り向くと杏子が手を振っている。杏子は朝から元気だな。

杏子っていつもこの時間より前に学校行ってなかったっけ?

登校中に会うことってなかったような気がするんだが……。

「おはよ、杏子。今日はいつもより遅くない?」

僕は軽く手を挙げて挨拶を返しながら質問した。

杏子は駆け足で僕の隣まで駆け寄ってくる。

「そうそう、いつもはもっと早いんだけどね。今日は家の手伝いをしてたら遅くなっちゃって。」


「手伝いって、家事とか?」

杏子は僕の回答に一瞬キョトンとしたあと、笑いながら答えた。

「違うよ。私の家って甘味処だから、そのお手伝い。」

杏子の家って甘味処なの!? 初耳だわ……待てよ、そういえば啓介の家の近くに甘味処があった気が。


「あっ、啓介の家の近くにある甘味処ってもしかして!?」

杏子は微笑み、ピースをしながら答える。

「大正解!私の家だよ。『甘味処きさらぎ』って言うの!よろしくね。」


「うん、今度買いに行くよ。」

僕も甘いものは好きだし、今度買って帰るか。

それにしても……コロッケ屋に甘味処か。流石商店街生まれって感じだな。

中学の近くには商店街なかったし、友達に飲食関係の家の子はいなかったし、なんか新鮮だ。


――その後も杏子と話しながら教室まで向かった。


扉を開けて教室の中に入っていく。


僕たちが来たことに気づいた橘さんが体をこちらに向けた。

「おはよう、杏子、藤宮君。」

「おはよ!夕日。」杏子の後に続くように僕も挨拶を返す。

「おはよ、橘さん。」


挨拶を済ませ、僕は自分の席に行き、窓を開けてから座った。

杏子は自分の席に鞄を置いて橘さんの席に向かう。


「杏子、今日はいつもより遅かったね。お仕事手伝ってたの?」

「そうそう、大変だったよー。」

橘さんは杏子の家が甘味処ってこと知っているのか……そりゃそうだよな。

一年の頃から仲いいんだからそれくらい知ってるか。


杏子が橘さんに顔を近づける。

「そうだ、夕日。家の和菓子食べにくる?まだ来たことなかったよね?」

橘さんは少し身を引きながら答えた。

「そうだね。行ってみたいね。今度行ってもいい?」

杏子は嬉しそうに飛び跳ねる。

「うんうん、それならさ――」


「郁人っーー!!」

急に悲しそうな啓介の声が聞こえてきた。

入り口の方を見ると頬を腫らした啓介が立っていた。

なんであいつあんな顔……。


あっ! ヤバイ……僕は啓介の顔を見て全てを悟った。


啓介が力なく歩きながら近寄ってくる。

「お前、なんで俺がこんな目に遭ってるのかわかるよなぁ?」

近いぞ! 顔が近い! そんな顔を近づけてくるな。罪悪感が湧くだろうが!


「その……すまん。怒られたんだな。」

僕は両手を合わせて啓介に頭を下げた。それを見た啓介は姿勢を直して答える。

「お前が先週来なかったから、今日絶対に連れてこいって、これだよ。」

左頬が赤く腫れているが、きっと一撃食らったんだな……。


「すまん。でも先週はどう考えても無理だったろ?僕たち。」

僕たちはあのクッキーで完全に腹をやられていた。

とてもじゃないけどあの状態で新商品の試食など出来るわけない。

何なら食った途端に、下手すれば二人ともトイレコースだ。

そんな状態で流石に試食に行くのは申し訳なかったし。啓介よ。すまん。


「お前、今日は絶対連れていくからな!絶対だぞ!」

そう言い残して啓介は自分の席に向かっていった。

奏さんって怒らせると怖いイメージはあったけど、まさか手が出るほどなのか?

僕大丈夫なのか!? 殴られるの? 嫌なんだけど……。



――放課後。


この時間が来てしまった。


結局この後のことを考えていたらいつの間にか授業が全部終わっていた。

現実逃避のために教室の外を眺める。


憂鬱だ……啓介の腫れは午後には引いていたけど、僕は今からあれを受けるのか?

試食だけでも毎度恐怖なのに今回はそれ以上に怖い。

僕は怒った奏さんを見たことがない。実はすごい不良で喧嘩上等みたいな感じなのか?

身長高いし、目つきも鋭いもんな……あり得る。


そんなことを考えて顔を伏せると、正面から声がかかる。

「おい、郁人!」

僕は顔を上げた。声の主はもちろん啓介だ。

「何してんだお前?早くいくぞ、姉ちゃん待ってるんだから。」


「わかったよ。」

僕は重くなった腰を上げ、教室を後にする。

教室にはすでに杏子や橘さんはいなかった。


下駄箱に向かう途中で啓介に話しかける。

「なぁ、啓介は試作品食べたの?」

「俺?まだだよ。お前と一緒の時にってさ。」

せめて啓介で毒見してから呼んでくれよ。怖いじゃん……。


「日にち空いたから、てっきりもう食べたかと思ったよ。」

「いや、郁人と一緒の時に食べさせてやるから楽しみにしてろってさ。」

楽しみじゃないんですけど……。


「とにかく、早くいくぞ。学校終わったらすぐにって言われてんだから。」

靴を履き、足早に校門を出ていく。


啓介よ、お前はなんでそんなに従順なんだ。お姉ちゃんというのはそんなに強いのか?

兄姉がいない僕にはわからないが、そこまで圧倒的なのか? 奏さんだからなのか?

というかこいつ……杏子にも弱いよな。女性苦手なのか? この感じで?


足早に坂を下り、そのまま商店街の方に歩いていく。

啓介、少し早くないか?心の準備というものがあるんですが。

そんなことお構いなしと言わんばかりに啓介はそそくさと歩いていく。


あぁ、着いちゃうよ。

商店街に入り、いい匂いが漂ってきた。何もない時なら最高の匂いなのに。

なぜか今日はむしろ嗅ぎたくないと思ってしまう。


店が見えてきた。

先を歩いている啓介は止まることなくコロッケ屋のカウンターに行き、声をかける。

「姉ちゃん、郁人連れてきたよ。」


カウンターの横から奏さんが出てきた。

長身でスタイル抜群、深紅の髪に鋭い目つき。

膝裏くらいまで伸びた長いポニーテールを揺らしながら歩いている。


奏さんは僕の方を向いて笑う。

「ようやく来たねぇ……郁人。」


お読みいただきありがとうございました。

続きが気になった方はブックマーク登録いただけますと励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ