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第7話 百万スコヴィル

午後の授業が始まった。

先生の声と、黒板に文字を書いている音が聞こえる。

ただ今の僕は授業なんて聞いていられる状態ではなかった。


わかってたさ……あぁわかっていたとも。こんな時間がやってくるのは。


――猛烈に腹が痛い!


理由はわかっているさ、昼に食べたあのデンジャラスラーメンのせいだ。

あれだけ辛かったんだから、こうなることは予想できたよ。

それを覚悟して食べたさ、食べるしかなかったさ……。


しかし、それにしても痛い!

くそ、名前に偽りなしってか? 今は僕の腹がデンジャラスだわっ!!


授業そっちのけでそんなことを考えているが、時間が経つのが遅い。

なんでこういう時って時間が長く感じるんだ?

僕は一刻も早くトイレに行きたいのに!!

新手の拷問を受けている気分だ。


腹痛に呼応するかのように、時折腹から情けない音が鳴る。

これを橘さんに聞かれるわけには!!


先生の声と黒板の音しかしない教室ではこの音はきっと響く。

僕は音が鳴るたびに咳払いや、足で音を立ててごまかす。

隣の席の子がちらちらと僕を見てくる。

こんなことしていたら気になるだろう、でも我慢してくれ。僕も必死なんだ。


そんなことを繰り返していると授業が後五分で終わるところまできた。

あと少し、あと少しで終わる!


――その油断がいけなかった。


少し気を緩めてしまった僕の腹は、タイミングを計ったかのように波が襲う。

しまったっ!ここに来ての油断は命取りだ。

必死に体に力を入れて耐える。


早く、早く終わってくれ!! 僕は目を閉じながら必死に耐える。


――その時、祝福のチャイムが鳴った。


授業後の礼を済ませた後、そのまま廊下に向かう。

啓介が前に現れ、僕の肩を叩く。

「おい、郁人――。」


「うるさいっ、今は退けっ!」

置かれた手を素早く振り払い、トイレに急いだ。


無事にトイレにたどり着き、事なきを得る。

「ふぅ、助かったぁ。」

そうは言うもののこの痛みはまだ続くんだろう、そう思いながらトイレを出て教室に戻る。


教室に戻ると、僕を見つけて啓介が近寄って来て肩を組んでくる。

「おい郁人、さっきのはひどいぞーっ?」

その顔はニヤニヤしている。こいつ、わかってるだろ……覚えとけよ。


まわされた腕を外しながら少し距離を取る。

「あぁ、すまんすまん。で、なに?」

啓介がスマホを見ながら答える。

「姉ちゃんが試作品作ったら今度食べに来いってさ。」


「あぁ、わかったよ。また近いうちに行くよ。」

試作品か……今度はどっちだろう。

奏さんの試作品には二パターンある。真面目っぽいやつと、遊びっぽいやつだ。

真面目っぽいやつは比較的いいのだが、問題は遊びっぽいやつの方。

たまに何でこの組み合わせでうまいんだ!? ってやつがあるけど、そうじゃない時はマジでまずい。

味見してるのかと疑いたくなるくらいまずい。当たりであることを願う。

それに今そのことを考えるのは腹に悪い……。


チャイムが鳴り次の授業が始まる。

その後再び腹痛に苦しみながらその日を終えた。



あのデンジャラスから二日、ようやく僕の腹は回復し元に戻った。

腹痛のない登校がこれほど気持ちいいとは。そんなことを考えながら坂を上り学校へ向かう。

あぁ辛かった。二度とあんな目に合うのはごめんだ。


学校に到着し、教室に入る。クラスメイトに挨拶をしながら席に着いた。

啓介は……まだ来てないみたいだな。腹も治ったし、今日あたり奏さんの所に行こうかな。

そんなことを考えていると杏子と橘さんが近づいてくる。


元気よく手を挙げて杏子が話しかけてきた。

「藤宮君、おはよっ!」

後に続いて橘さんも挨拶する。

「おはよう、藤宮君。」


「おはよう。」

朝から何の用事だろうと思いながら、にこやかに挨拶を返した。


「この前言ってたやつなんだけどね。」

そういって橘さんは手に持っていた包みを僕に見せてきた。

その手にはお菓子の袋が握られている。


――僕は目を見開いて固まった。


た、橘さん……それは。


橘さんは袋を開けて中身を取り出す。

「はい、どうぞ。食べてみて?」


「あ、ありがとう。」

手に渡されたのは何の変哲もないクッキーだった。

色は普通……しかし! 普通なわけはない!

この前の約束ってことは辛いお菓子でしょ!僕やっと今日腹が治ったところなんですけど!?


考えただけで冷汗をかいてきた。

僕は手に乗ったクッキーをじっと眺める。

顔を上げてみると、橘さんも杏子も僕が食べるのを待っている。


……いや待てよ? クッキーだぞ。甘いお菓子だぞ?見た目も普通だ。

こんなものが辛いなんてことがあり得るのか?


! わかった。きっと辛いお菓子だから良くある感じのピリ辛系とかそういうのだ。

スナック菓子であるような感じだろ。きっと。


――僕は意を決してクッキーを口に入れた。


うん。口の中に入れた感じは甘いクッキーだ。全然辛くない。

なんだ、全然大丈夫じゃん。安心して僕は嚙み始めた。


「どう?」

橘さんが心配そうに見ている。

「うん、全然だいじょう――っ。」

口の中に衝撃が走り、思わず言葉を止めてしまった。


か、辛いっ! 辛いぞこいつ! 噛んで初めて分かる。クッキーの中にジェル状の何かが入っていたのだ。この辛さはこいつからかっ!

舌に当てないように上手く噛もうとするも、口の中でジェル状のものが溶けて広がる。

辛い! めっちゃ辛い! この前のラーメンと比較すると弱い気もするが辛い!


くそっ! 裏切られた。甘いと見せかけて、中に仕込むのは卑怯だっ!

とりあえず口の中のものを飲み込んだ。喉を通っていくのがわかる。


「藤宮君、大丈夫?」

杏子も心配そうに見ていた。僕は必死に取り繕った。

「うん、大丈夫だよ。辛いけど、おいしいね。」

嘘だ。辛いし、痛い。おいしいとは思っていない。だが言えるわけがない。


「そっか。よかった。」

橘さんは僕の感想を聞いて微笑んだ。優しい顔が苦しいです。

僕は杏子に聞いた。「杏子は食べたの?」


杏子は申し訳なさそうな顔をして答えた。

「私、辛い物ダメなんだよねー。それ結構辛いんでしょ?よく食べれたね。」

杏子は橘さんから袋を受け取って裏面を確認する。

「えっ、これ辛さ百万スコヴィルだって。すごく辛いんじゃない?」

ひゃ、百万スコヴィル!? なんだその数字は!


ぎこちない笑顔を作りながら答えた。

「へ、へー。百万スコヴィルって言われてもいまいちピンとこないよね。」


橘さんが指を一本立てて説明を始める。

「タバスコの三百倍以上はあると思うけど。」

橘さんは袋から一つクッキーを取り出して食べた。普通に食べている……どうなってんだ。

「おいしいよね。」

微笑む橘さんの笑顔が眩しい。今の僕には直視できそうにないです。


「おはよー。」

教室に啓介が入ってきた。僕たちを見るなり近寄ってくる。

僕の頭の中である考えがよぎった。

……! そうだ。これを啓介にも食わせよう。


僕は啓介に話しかける。

「おはよう、啓介。今、橘さんにお菓子貰ってたんだよ。」

啓介は僕の席まで来て、隣に立つ。

「おっ!そうなの?いいじゃん。なに貰ったんだぁ?てか、お前汗かいてね?」

よし、食いついた。啓介はこの間の話をまともに聞いていないだろう。

期待を裏切らないな。流石は親友!汗のことなんて気にするな。そんなことは今どうでもいい。


平然を装いながら橘さんに話しかける。

「橘さん、それ啓介にも貰えるかな?」

橘さんは少し驚いた顔をして答えた。

「えっ?でもこれは――。」

「夕日、啓介にもあげよ!」

言い切る前に杏子が遮った。僕は杏子の顔を見る。杏子は意図を理解したようでニヤリと笑った。


橘さんは不思議そうな顔をしながら袋からクッキーを取り出して啓介に渡した。

「おっ、橘さんありがと。」

啓介は受け取ったクッキーを口の中に放り込む。

僕と杏子は笑いをこらえるのに必死だった。


「うん、おいし……。」

啓介の顔がみるみる歪んでいく。

「か、辛――っ!!」

手を口に当てて悶える。それを見た僕と杏子は大笑いした。

橘さんだけが、僕らが笑っている理由がわからず困惑している。

悶える啓介に橘さんが声をかけた。

「飯田君、大丈夫?」


啓介は手で大丈夫と合図をし、僕の方を見た。

「い、郁人!お前っ!」

涙目になりながら啓介が僕の肩を掴む。

「啓介……おいしいよな。」満面の笑みで答えた。

この顔を見た啓介は何かを悟ったように頭に手を当てて天井を向いた。


こうして橘さんからお菓子をもらう約束は果たされた。

もちろんその後、僕と啓介は何日か腹痛に苦しむことになったけどね。

また奏さんの所にしばらくいけないな。


絶対怒られる。


お読みいただきありがとうございました。

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