第10話 あの時のペンダント
――なんでここに杏子と橘さんが?
声を聞いて奏さんがカウンターから身を乗り出して覗き込んできた。
「おっ、杏子じゃん。友達と一緒なの?」
杏子と橘さんがコロッケ屋の前まで来た。
「奏姉、やっほーっ! そうなの、今日はね、夕日が遊びに来てたの」
杏子は橘さんの肩を持って前に押し出す。
橘さんは奏さんの方を見てお辞儀をした。
「初めまして、橘夕日です」
それに答えるように奏さんが手を振りながら挨拶する。
「夕日ちゃんね、私は飯田奏って言うの、奏って気軽に呼んでね」
橘さんは奏さんに笑顔を返す。
「はい。奏さん、よろしくお願いします」
……今日は橘さんが杏子の家に行っていたのか。
教室で遊びに行く話をしていたのは聞いていたけど、今日だったとは……。
今まで学校外で会うことなんてなかったから、なんか新鮮だ。
杏子が啓介に話しかける。
「ねぇねぇ啓介。今日は藤宮君と何してたの?」
啓介は奏さんの方を一度見てから、杏子に向き直り話す。
「今日は姉さんの新作の試食だよ。最近は郁人も呼ばれてんだよ」
「えーっ!? 藤宮君、奏さんの新作食べてるの? すごいねっ!」
……杏子、そのすごいとはどういった意味なんだ?
奏さんに呼ばれるのがすごいってことか?
それとも……奏さんの作るものを知ってて、それを食べてるのがすごいって意味か?
「そうだ! せっかくだし、夕日ちゃん新作食べてみる?」
何!? 奏さん流石にそれはいきなり過ぎないか!?
それに今日のはベジマイトだぞ? そんな物を橘さんに食わせる気か?
「いいんですか?」
橘さん!? ダメです! 食べない方がいいですよ!
僕は必死に橘さんにジェスチャーをした。
「いいよ。せっかくだから食べてってよ」
何がせっかくなんだよ! それなら普通のコロッケにしてあげてよ!
「あ、あの奏さん、流石にあれは――」
「せっかくなのでいただきます」
えーーっ! 橘さん!?今止めかけたのに……。
くそっ、啓介、頼みの綱はお前だ。この状況を乗り切る策を――。
……ダメだ。あいつ、顔真っ青になってる。今の流れで味を思い出したな。
奏さんがカウンターに背を向けて歩き出す。
「よし! じゃあ、準備するね。杏子も食べる?」
「私は遠慮しときま~す」
「はいよ~っ」
即答!? 杏子、速攻で断ったぞ?
まさか奏さんの作る試食品の怖さを知っている?
さっきの僕への評価といい……もしかして、杏子は過去の被害者なのか!?
でもそれなら、橘さんのことを止めたほうがいい気もするのに。なんで止めないんだ?
橘さんが啓介に話しかける。
「奏さんって飯田君のお姉さんだよね? すごい綺麗な人だね」
啓介はカウンターに目を向けながら答える。
「姉さんねぇ。まぁ、確かに昔からモテてるみたいだけど」
確かに奏さんってモテそうだ。長身でスタイルもいいし、おまけに愛想もいい。
ちょっと怖いけど……。
「夕日だって綺麗じゃん」
杏子が橘さんに後ろから抱き着く。
「えぇ? 私なんて全然だよ。そういう杏子だって」
女子同士で褒め合っている……。確かにこの三人は美人だと思う。
奏さんはかっこいい年上の女性って感じだし、杏子だって顔整っているし、話しやすくて親しみやすい。橘さんはお淑やかな感じの美人だ。みんな系統は違うと思うけど。
よく考えたらすごい光景だよな。
横を向くと杏子が僕の隣に立っていた。
「藤宮君。今日の試作品はどうだったの?」
突然横にいたことに少しドキッとしたが、僕はさっき気になったことを尋ねてみる。
「……杏子。もしかしてだけど、奏さんの試食品食べたことあるの?」
杏子は質問に驚いたのか、一瞬だけ目を見開いた。
「あるよ。小学生くらいの時だけどね」
小学生!? 奏さん、そんな小さな頃から試食品をふるまっていたとは。
ということは……啓介は、もう十年以上も試食をしているのってことか。
すげーやつだな。
「ちなみに……味は?」
杏子は苦笑いしながら答える。
「まぁ、美味しくない時もあったよね」
……やはり被害者だったか。その時はどんなものを食べさせられたんだろう。
奏さんが裏から戻ってきた。
「お待たせ! 夕日ちゃん、どうぞ」
奏さんはカウンターから手を伸ばしてコロッケの包みを橘さんに差し出した。
橘さんは、奏さんから包みを両手で受け取る。
「ありがとうございます」
包みからは湯気が出ている。相変わらず見た目だけはうまそうに見える……。
いつの間にか杏子が少し離れている。コロッケを警戒したな。
橘さんは包みを開き眺める。
「おいしそうですね、いただきます」
橘さんはコロッケを一口頬張った。
……あぁ、食べちゃった。
僕は見ていられなくなり、地面に視線を落とした。
「……おいしいです」
!? おいしい? そんな言葉が出てくるはずが……。
その一言を聞いて僕は顔を上げて、橘さんを見る。
普通に二口目を頬張っていた。
嘘だろ? あのベジマイトをそんな涼しい顔して食べれるのか?
啓介を見ると僕と同じように目を見開いていた。
「少し変わった匂いがしますけど、美味しいですよ」
橘さんは表情を変えることなく、ベジマイトコロッケを頬張っている。
デンジャラスラーメンの時といい、特殊な味覚の持ち主なのか?
まさか、これをおいしいと食べれるとは……恐るべし橘さん。
「ほんと? よかったよ。啓介と郁人はいまいちだったみたいだからさ」
奏さんは嬉しそうだ。でも駄目だからね? これ商品化したらダメだからね?
絶対に橘さんが特殊なだけだから。
「ご馳走様でした」
橘さんはベジマイトコロッケを食べ終えて、包みを折りたたんでいる。
途中で手を止めて、包みを眺めだした。
「どうしたの? 夕日」
杏子が橘さんに近寄って覗き込む。
「うん、この包みをどこかで見たことあるなって」
啓介が橘さんに話す。
「この包みはお店で使ってるやつだから、うちのお客さんが持ってたの見たとか?」
「そうなのかな……あっ」
橘さんは何か思い出したように僕の方を向いた。
「この包み紙、あの時に藤宮君が、間違えてポケットから出したのと一緒だよね?」
あの時、というと僕が初めて橘さんと会った時――。
「あっ! あの時か」
そうだ、僕がペンダントと間違えて、この包み紙を出したんだった。
橘さん、覚えててくれてたんだな。
「ん? どういうこと?」
杏子が不思議そうな顔をしている。
「杏子には前に話したよね? 去年入学式の時にペンダント落とした話」
そう、初めて橘さんに会った日で、奏さんに会った日。
あの時にコロッケを買い食いして、散策している時にあのペンダントを見つけたんだ。
それで、間違えて包み紙を出した……今思い出すと恥ずかしいな。
「あぁ、それ拾ってくれたの藤宮君だったの!?」
杏子は僕が拾ったことまでは知らなかったのか。
まぁ、去年のうちに話していたことなら、僕のことも知らないだろうし当然だ。
そういえば、あのペンダント……すごく大事なものだって言ってたな。
誰かからのプレゼント、とかなのかな? ちょうど話題も出たし聞いてみよう。
あの時の笑顔が何だったのか、少しはわかるかもしれない。
「……あのさ橘さん。あの時のペンダントってすごく大事そうにしてたけど、誰かからの贈り物だったりするのかな?」
僕の質問に、橘さんの下瞼がわずかに動いた。
お読みいただきありがとうございました。
続きが気になった方はブックマーク登録いただけますと励みになります。




