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第11話 甘味処きさらぎ

――僕はペンダントのことを橘さんに聞いてみた。


「えっと……」


橘さんは僕から顔を背けて、胸に手を当てる。

手を当てている橘さんの顔はいつもと違って、明るさを感じなかった。

これ……余計なこと聞いちゃったかな。

僕は心の中で少しだけ後悔しつつ、橘さんの言葉を待った。


少しの沈黙の後、橘さんが顔を上げて口を開く。


「……これはね――」


「ねぇねぇ! 藤宮君ってさ、入学式の時に奏さんと会ったの?」

突然杏子が身を乗り出して、僕に話しかけてきた。

えっ、このタイミングで? 僕は橘さんに声かけていたのに……。

橘さんの方を見ると、突然割り込んできた杏子の姿を眺めている。


その顔は、いつもとは少し違った、安堵したかのような優しい笑顔だった。


仕方ない、ここは杏子の話に乗るしかないか……。


「そうだね、入学式の帰りに僕が商店街に来て、お店に寄ったんだ」


「そうなんだ!? じゃあ、もう奏姉と会って一年以上なんだね」


「う、うん」


「そういえばそうだね。郁人と会ってからもう一年経ってるのね。早いねぇ」

奏さんがカウンターに手をつきながら、僕の方を見てニヤリと笑っていた。


啓介がカウンター前に来て、奏さんの方を向いて話しかける。

「なんなら、姉さん俺より郁人と付き合い長いじゃん」


「そっか、郁人にあんたのこと紹介したの私だったね」

啓介と初めて話したのは、入学式から少し日が空いたんだよな……。


奏さんから聞いてはいたが、あの時の笑顔が頭から離れなくて、すっかり忘れてたっけ。

思い出したのはそれから三日たった後だった。その時に啓介と初めて話したんだよな。


啓介が話し出す。「それでさ――」


僕は話を聞きながら、橘さんの方を見てみると、微笑みながらみんなの会話を聞いていた。

完全にタイミング逃しちゃったな。


気になるけど、この流れでまた聞くのは……ないな。


――結局その日、ペンダントのことを聞くことが出来ず、しばらく話した後に解散した。



――翌日の放課後、僕は一人で学校の坂を下っていた。


昨日のイベントが嘘かのように、今日は何もなかったな。

まぁ、別に進展したわけでもないし、そりゃ何も変わらないか。

昨日が特別だったんだ。


……結局、ペンダントのことは聞けなかったな。

でも、結果的に聞かなくてもよかったのかもしれない。

興味本位で聞いちゃったけど、あの時の顔……困ってたよな。

失敗したな……自分の無神経さに少し嫌になる。


軽く聞いていい話じゃなかったか。

僕は、昨日の自分に後悔しつつ、下り坂を下りていく。

気がついたら、坂を下りきって商店街との分かれ道に来ていた。


「藤宮くん!」

後ろから声をかけられた。


振り返ると、そこには杏子が立っていた。


「おお、杏子も今帰り?」


「そうそう、今から帰って家の手伝い!」

家の手伝いか。杏子はこの前、朝も手伝ってるって言ってたよな。

学校が終わってからも手伝いをやっているのか。

「今日は何の手伝いなの?」


「うーん……今日はね、多分お店に出るかな?」

お店に出るってことは接客とかしてるのかな?

杏子なら明るくて、愛想いいし、ピッタリな感じだ。


「そうだ! 藤宮君。今から暇?」

急にどうしたんだろう、なんか用事でもあるのかな。

今日は別にこの後予定もないし……まぁ、暇か。


「まぁ、特に予定はないけど……」


「暇なんだね! じゃぁ、お店寄ってかない?」

随分と急な誘いだ。今日は啓介もいないのに。


でもまぁ、確かに一度行ってみたかったし……いい機会か。

「うん、いいよ」


「じゃあ、決まりね! いこいこっ!」

杏子は笑いながら商店街の方に歩き出す。


「うん」

僕は杏子についていくように少し後ろを歩いていく。


それにしても……杏子って人懐っこいというか、フレンドリーというのか……コミュ力高いよな。

啓介の友達とはいえ、杏子と知り合ってからまだ一週間くらいしか経っていない。

それで、これだけ話せて、お店にまで誘ってくれるなんて。

しかも全然嫌な感じがしない。これは杏子の愛嬌がなせる技だろうか――。


「どしたの? 藤宮くん、私のことじっと見てたけど」

しまった、つい考え事をしている間に、杏子を観察していたようだ。

「ごめん、杏子ってコミュ力高いなーと思って考えてたらつい」


杏子がきょとんとした顔をしたあと、笑いだした。

「あははっ。そう? そんな風に見えるかな?」

そんなにおかしなこと言ったかな? 普通のこと言っただけなんだけど……。

「そんなに笑うこと?」


「ううん。ただ藤宮くんって、そんなこと考えるんだって思ったら面白くて」

えっ? 僕って何も考えてないとか思われてる?

アホだとか思われてるのかな……訂正してもらわなければ。


「僕だって普通に考えるよ」


「ごめんごめん。啓介や奏姉から聞いていた感じと違ったから」

……啓介と奏さん、いったいどんな風に僕のこと喋ってたんだ。

なんか変な風に誤解されてるかもしれない。今度聞いておこう。


揚げ物のいい匂いが漂ってくる。話していたらもう商店街まで来ていた。

「ここ通るといつもいい匂いするんだよな」


「飯田コロッケの匂いだよね。この匂いがすると商店街来たってなるでしょ?」


確かにそうだな。

この一年商店街に何度も来たけど、もうこの匂いがすると商店街って感じだ。

匂い自体が商店街の一部みたいな感覚になってる。

僕と杏子はそのまま匂いの方に向かって、商店街を歩いていく。


コロッケ屋の前を通りすぎていく。

横目でカウンターの方を見るも、奏さんはいなかった。


僕がカウンターを見ていたことに気づいたのか、杏子がコロッケ屋を見て口を開く。

「今日は奏姉いないね」


「そうみたいだね、大学なのかな」


「多分そうじゃないかな? 大学ない時は大体いるし」


そのままコロッケ屋を通りすぎ、目的地にたどり着く。


「とうちゃーく」

杏子が店の前で手を広げて見せた。

“甘味処きさらぎ”前からちょくちょく前を通っていたけど、立派なお店だな。

商店街の中にあるのにここだけ和を感じる。

木造の建物に瓦屋根、昔ならではの日本家屋って感じで雰囲気あるな。


「ささ、入って」

杏子が入口の引き戸を開いて中に入っていく。

僕は杏子に続くように中へと入っていった。


「たっだいまー」

杏子が手を挙げながら店内を進んでいく。

「お邪魔します」

お店なのに何故か家に来たような感覚で、ついお邪魔しますと言ってしまった。

……恥ずかしい。お店でお邪魔しますなんて言わないよな普通。


奥から若い女性が出てきた。

「杏子おかえり……あら? 今日は男の子を連れてきたの?」


「ただいまお母さん。お菓子食べてもらおうと思って連れてきたの。藤宮君だよ」

お、お母さん!? めっちゃ若くない?

てっきりお姉さんとかバイトの人かと思った……。


「藤宮くんね。初めまして、杏子の母です」

杏子のお母さんは僕に一礼して挨拶をしてくれた。


僕も慌てて一礼して挨拶を返す。

「初めまして、藤宮郁人です。よろしくお願いします」


「はい、よろしくお願いしますね。どうぞ、こちらに」

杏子のお母さんは僕を席まで案内してくれた。

「ありがとうございます」


「今お茶を用意しますから、少し待っててくださいね」

「私も、お店出る準備するからそこで待ってて」

杏子と、お母さんは奥に下がっていった。


……綺麗な人だな。見た目が若く見えるっていうのもあるけど、所作が綺麗だ。

佇まいというのか、なんか風格がある。

それに加えて、杏子っぽい親しみやすさみたいなものも感じる。

杏子も将来あんな感じになったりして……いやいや、考えないでおこう。


ふう。杏子のお母さんには驚いたけど、改めて店内を見渡してみる。

結構広い、数十席はあると思う。それに入口の方に持ち帰り用の商品もあった。

店内は座敷や、僕が座っている赤い布張りの長方形の椅子が並ぶテーブルや、和傘や花も飾ってあって、雰囲気がある。


店内を見渡していたら、奥から杏子のお母さんが出てきた。

「お待たせしました。こちら、お抹茶と当店オススメのおはぎです」

テーブルの上に陶器の茶碗と皿が並べられる。

……あれ、僕何も頼んでないけど?


「あの、僕何も頼んでないんですけど……」


杏子のお母さんは微笑んで返してくれる。

「これはサービスですから、気にしないで召し上がってくださいね」

サービスって、これ普通に商品だよな。

来ていきなりこんなの出されるとちょっと気が引けるんだが……。


「いいんですか?」


杏子のお母さんは顔を近づけてきて、ウインクしながら人差し指を立てた。

「他のお客様には内緒ですよ?」

思わず、その仕草に少しドキッとする。

あぁ……この人は間違いなく杏子のお母さんだ。

距離感というか愛嬌というか、杏子と同じものを感じる。


「ふふっ。杏子はもうすぐ来ると思いますから、ゆっくりしていってくださいね」

軽く一礼すると、杏子のお母さんは奥へと下がっていった。


僕の反応見て笑ったな……あの人確信犯だ!

ドキッとさせる目的でさっきのやったな……恐るべし杏子の母。

まさか友達のお母さんにからかわれるとは。


恥ずかしい気持ちを隠すように、楊枝を手に取っておはぎを切る。

僕は半分に切った片方に楊枝を刺し、口へと運んだ。


うまい……噛むと、口の中にあんこの甘みともち米の風味が広がってくる。

おはぎってあまり食べる機会なかったから、食べてこなかったけど、おいしいな。

小豆ともち米の食感が心地いい。いくらでも食べられそうだ。


抹茶も飲んでみよう。いい香りがする。

それに抹茶って苦いイメージがあったけど、思ったより苦くない。

おはぎとよく合う気がする。


「どう? うちのおはぎの味は」

顔を上げると杏子が立っていた。

Tシャツに細身のパンツ、腰にはお店の名前が入ったエプロンを巻いている。

おお、なんかお店の人って感じだ。


僕は杏子におはぎの感想を伝える。

「うん、おはぎも抹茶もおいしいよ」


「そっか! 気に入ってくれたなら良かった」

「他にもオススメいっぱいあるからまた今度教えるね!」

杏子は嬉しそうに笑ってる。こんな無邪気な顔するんだな。

いつも笑顔だけど、今日のはとびきり嬉しそうだ。

お店のことが大好きなんだろうな。

他のも食べてみたいし、また今度学校帰りに寄ってみよう。


「じゃあ、私働いてくるから、ゆっくりしていってね」

杏子は手を振ってカウンターの方に向かっていった。


――その後、僕は残りのおはぎと抹茶を堪能した。


そろそろ帰ろうかな、あまり長居するのも悪い気がするし。

せっかくだしお土産用に、おはぎを買って帰ろう。

僕は席を立ち、杏子がいるカウンターに向かった。


カウンターに近づいていくと杏子が僕に気づく。

「あれ、藤宮君もう帰るの?」


「うん、ありがとね。あと、おはぎ2つ買って帰りたいんだけど」


「ほんと!? ありがとう!」

嬉しそうに手を組んでいる杏子は少しかわいいと思ってしまった。

あぁ、ここの家族はなんでこんなに……。


「それにしても2つもなんて、うちのおはぎがよっぽど気に入ったのかな?」


「うん、まぁね」

僕は財布からお金を出して杏子に渡した。

「ありがとう、また来てね」


「うん、こちらこそありがとう」

杏子からおはぎが入った袋を受け取り、僕はお店を出た。

外に出て入口の扉を閉めて、少し距離を取ってお店を見上げる。

いやー、うまかった。啓介のコロッケ屋もそうだけど、杏子の家もすごかったな。


さて、帰るか。

僕は来た道を引き返すように甘味処きさらぎを後にする。


――商店街の入口に差し掛かった時、後ろから声が聞こえた。


「藤宮君!」


振り返ると――杏子が、小走りで僕の方に向かってきていた。


お読みいただきありがとうございました。

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