ヴェストヴェスト要塞包囲殲滅戦
「何が起こったの?」
目を開けたアナベルは、先程まで自分たちを取り囲んでいた騎兵隊たちがいなくなってしまっていることに、理解が追い付いていない様子であった。
「公爵様……貴方は、一体」
マルメッラーダは、僕が何をしたのか、薄々理解しているようだ。
「……無駄話をしている暇はありません。さらなる追っ手が来ないとも限りません。一刻も早く、ザルツシュヴァルツに戻りましょう」
僕は、痛む頭を抱え、気だるい身体を引きずるようにして、地下通路へ潜り込んだ。
毒ガスの生成と毒素の分解とで、ほとんどすべての魔力を消費してしまった。気力も体力も相当消耗してしまっている。
ぎりぎり、復路を行くあいだ窒素の膜を維持できるかどうかという際どいラインだ。
僕らは来た道を、今度は四人連なって歩いた。
ああ。あのときも、こんな風に魔力切れになりそうになりながら、敵陣を突破しようとしていた。
ーーそう。半年前、ヴェストヴェスト要塞包囲殲滅戦の時のこと。僕は、ウンゲツィーファの兄、フランツと、とある騎士爵――名前は、フラン――とともに、地獄のような戦場の中にいた。
「先月行われた、ツァラトゥストラ首長国連邦最大の穀物生産地域である、ヒラール農業地帯への大規模攻撃作戦は、殿下のお力のおかげで大成功を収めました。よって敵国の兵站は揺らいでおり、敵兵士たちの士気の低下も見込まれます……ヴェストヴェストを攻略するのは、いまを於いて他にありません」
ヴェストヴェスト要塞にほど近い、ザルツシュヴァルツ大公国内・連合国軍ミクサー野営地。そこで、要塞攻略作戦の責任者である陸軍中将から、次の作戦についての話を聞かされていた。
第二皇子である僕が従軍していることは、暗殺の危険性を懸念した皇帝陛下をはじめ、宮廷内の意向によって、箝口令が敷かれている。
そのためこの作戦会議には、僕のほかに、宮廷から遣わされた勅使、作戦総責任者の陸軍中将、三年間攻略作戦を担ってきた三個師団の師団長である少将が三名。そして、僕の護衛役として皇帝陛下が直々に指名したフランツ・バッハフォイアー中佐、フラン・ランベール=ルージュ少尉のみが出席している」
この二人は、それぞれ辺境伯と騎士爵の爵位を持った貴族と準貴族であり、僕を幼い頃から知っている人物でもあった。
「ヴェストヴェスト要塞は、地形を利用した堅固な城壁によって、攻めるに難く、守るに易い城塞都市であります。さらに地下に張り巡らされた通路はツァラトゥストラ首長国にまで延びており、周囲から孤立しているにも関わらず、持久戦を続けることが可能あり、帝国軍三個師団を以てしても、三年間この要塞を陥落させることは叶いませんでした」
中将は地図を広げ、地上にあるツァラトゥストラからヴェストヴェスト要塞への補給路は、すでに断ちつつあることを示した。
「城壁を形成している岩の硬度は高く、更に張り巡らされた地下通路や塹壕のせいで、爆発物による攻撃の効果は限定的です。さらに、敵の錬金術師部隊によって、城壁は破壊しても何度でもすぐに修復されてしまいます。……この三年間で、すでに三万を超える兵士の命が失われました。戦争が長期化すればするほど、この数は増えてしまいます。そして、その三万の兵の命と引き換えにしても、我々は城の中へ一歩たりとも立ち入ることができておりません」
疲れ切った顔をした師団長である少将が、そう補足した。
なんてことはない。不条理に疲れた人たちが、最後の希望として目を付けたのが、より大きな不条理を生み出すことのできる僕であったというだけだ。
「ここに、皇帝・フリードリヒ・ユストゥス・インウィクトス陛下からの勅使が来られています。勅書を読み上げて頂けますか?」
中将が黙って会議を聞いていた勅使にそう声を掛けると、その人物は黙って一歩前に出ると、懐から羊皮紙を取り出し、読み上げた。
「勅。長きに亘るヴェストヴェスト要塞の攻略によって、我が帝国軍の疲弊著しく、且つこれ以上の戦争の長期化は他国の参戦、あるいは市民の暴動を招きかねない。今日帝国にとって要塞攻略は最も重要な懸案事項であり、万難を排してこれの解決に臨まなくてはならない。よって朕は皇帝の名の下に命ずる。インウィクトス帝国第二皇子、リヒト・バルドル・パルジファル・インウィクトスは、その特異魔法を以て、可及的速やかにこれを陥落せよ」
読み上げると、勅使はそれを僕らの面前に掲げた。確かにそこには、皇帝陛下の筆跡で同じ文章が書かれていた。
首は、縦以外に振ることができない。「いいえ」という選択肢は、選択できない。
「……謹んで、お受けいたします」
こうして僕は、補給の遮断だけでなく、もっと直接的な殺人行為を、帝国の皇帝陛下、すなわち父親から命じられたのである。




