呪いの首輪
「その首輪は、一体……見たところ、かなり年代物のようですが」
毒々しい色彩ではあるが、宝石の輝きにしても、首飾りの意匠からしても、相当な価値がありそうなものである。
きっと高名な彫金師の手によるものだろう。宮廷の宝物庫でも、似たようなものを見たことがある。
たしか、特定の種族に作用する魔力が宿っているとかなんとか。
「これは、獣人族の力を抑える呪いの首輪です。そうとは知らず、騎士爵の称号を与えられた際に、ウマイヤ首長国の王族の者から贈られたのですが、これがとんでもない罠で……」
ラピエルはそう言って大きくため息を吐いた。
「私は、親の顔も知らない戦災孤児です。物心ついたときから、戦場を駆け回って屍肉を漁って生きていました。ですので、読み書きもできなければ、算術もからっきしです。学というものは一切ありません。ただ、剣の腕だけを頼りに生きて来ました。ですから剣の腕を評価され爵位が与えられたときは、潜入任務中のこととはいえ、それはもう嬉しかったものです」
ラピエルは、柄がボロボロになってしまっている直剣を撫でながら、そう話を始めた。
「この首飾りは、叙爵の式典の際に下賜されたものです。綺麗な首飾りだと思って喜んで付けたが最後、これは私を飼いならすための首輪でしかないということに気付いたのは、その夜に王族の人間に手籠めにされかけたその時でした……ただ逃げるだけならそれほど大きな問題にはならなかったかもしれませんが、反射的に手を挙げてしまったせいでこのように国賊扱いに」
騎士爵は、こめかみを抑えながら、事の顛末を語った。不憫だ。完全に、その王族の某の逆恨みではないか。
まあ、絶対王政や封建制に限らず、人の世では、上に立つ人間の傲慢さというのは、いつだって度し難いものである。
こうしてここまで逃げられたのであれば、まだ良かったのかもしれない。
「それにしても、いくら手を挙げたっていっても、そんなに大事になるほどのことなの? そんなに大事にした日には、王族にとっても醜聞になりそうなものだけど」
マルメッラーダの意見は尤もである。
「うーん、咄嗟のことで、枕元に置いてあった剣で手を切り落としちゃったからなあ……もしかしたら、それがまずかったかもしれない」
ラピエルは、あはは、と笑って頭を掻いた。なるほど。そりゃ指名手配もされるはずだ。
しかしこの騎士爵殿、感情の起伏が忙しいなぁ。良く言えば表情が豊かであるが、なんというか直情的なタイプだ。
悪いことでは全然ないのだけれど、ちょっと問題を起こしやすそうな性格をしている。
「話が逸れてしまいましたね。手を挙げてしまったからには、捕まればただでは済まないと思ったので、私はすぐに逃げ出しました。追手をまくため、山を越え谷に潜みながら、どうにかして警備を掻い潜り国境を越えなければと考えておりました」
外の様子を伺いつつ、ラピエルはことの成り行きを話し始めた。
「ヴェストヴェスト要塞の地下通路を使えばザルツシュヴァルツへと行けることは知っていたのですが、地下通路は入り組んでいるうえに、先の戦争の影響で、現在は瘴気が立ち込めていると聞いたので、どうしたものかと途方に暮れていました。しかしこの街に来る途中、運良く国境なき騎士団の隼便を見つけたので、大司教宛にSOSのサインを贈りました」
まさに、オステンヴォルケにやって来た大司教が話した内容と一致する。問題はこの先である。
「大司教からすぐに、救援としてマルメッラーダとリヒト殿下とをこちらに送るからこの街で待機しているようにと伝令が来ました。私は、心強い味方を得て大いに喜んだのですが……運悪く、その隼便に目を付けられてしまったらしく」
「なるほど……伝令を受け取ったときに、潜伏場所が見付かってしまったと」
ラピエルは大きく首肯いた。
「普段の能力を発揮できるのであれば、騎馬兵をまくことなど造作も無い事なのですが……この首飾りの呪いは凄まじく、普段の十分の一の力も出すことが叶いません。そういうことで、この街まで辿り着いたものの、情けなくも追手に囲まれでしまっているという状況なのです」
「まったく。不用心にそんな首飾りなんて付けるからだよ……馬鹿だなぁ、ラピエルは」
マルメッラーダは、容赦無く騎士爵の落ち度を詰った。ラピエルはムッとして亡命公爵の孫娘の頬を両側へ引っ張った。
それにしても、先程マルメッラーダを店内へ引きずり込んだ動き。あれで普段の十分の一なのか……。獣人のポテンシャルというものは、侮れない。
「まぁまぁ二人とも……過ぎてしまったことは仕方がありませんから、いまはここからどうやって脱出するかを考えましょう」
追手は約三十人。ここが見付かってしまうのも時間の問題である。
如何にして、街中を抜けて地下通路の入り口のある墓地に辿り着くか……。潜入するよりも、どうやら脱出することの方が遥かに難儀そうである。




