石火の剣士
「静かに……顔を伏せて」
マルメッラーダは不意に、振り返らないまま僕らにそう告げた。
「ーーくそっ……あの女剣士どこに隠れやがった。俺は向こうを探す。お前達は路地の方を探せ」
一個小隊ほどの人数の騎馬兵が、そんなことを口にしながら、往来を駆け抜けて行った。
「……いまのって、まさか」
アナベルは騎馬兵の背を見送りながら、マルメッラーダに問いかけた。
「ええ……あれは、騎士爵・ラピエルが逃げ出したウマイヤ首長国の兵士です。あの騎馬兵たちは、彼女を追っていると見て間違いないでしょう」
つまり、確実にこの近辺に騎士爵はいる。だが、追手と鉢合わせることになったら最悪だ。
なんとしても兵士達より早く彼女を見つけ、ザルツシュヴァルツへ再越境しなくてはならない。
「さて……この街のどこにいるのか」
人を隠すなら人混みのなか、という訳ではあろうが、探す身になればこれほど面倒なこともない。そもそも僕とアナベルは顔を知らないから探しようもない。
マルメッラーダが上手く探し出すか、向こうの方で僕たちを見つけてくれるか、さもなくばあの騎馬兵が先に見つけ出し騒ぎになったところを搔っ攫うしかない。
できれば最後のルートだけは避けたいものだ。指名手配犯の亡命に、僕が関与していることが発覚した日には、最悪、国際問題にもなりかねない。そうなったら折角結ばれた講和条約の甲斐もなく、再び戦争状態に逆戻りである。
「ひとまず酒場に行きましょう。こういうときの情報収集には酒場が一番だって、姐さんが言ってた」
と、アナベルが提案した。
いや、ヴィヴィアンは何を教えているのだ。ベタ過ぎだろう。
「まあ、ここでじっとしていても仕方がありませんから、アナベルさんの言う通り、酒場で話でも聞いてみましょ……」
すると突然、酒場の裏口が開いて、マルメッラーダがそこへ吸い込まれた。慌てて後を追いかけると、暗闇の中で口を抑えられたマルメッラーダが、ふがふがしている。
油断していた……今の話、ウマイヤ首長国からの追っ手に聞かれてしまっていたか?
僕とアナベルは臨戦態勢を取りつつ、暗闇の奥に目を凝らした。
「ーーしーっ。私だよオマル。助けに来てくれたんでしょ?」
マルメッラーダの背後の暗闇の中には、一人の背の高い剣士が立っていて、彼女にひそめた声で耳打ちをしている。
「もがっ……オマルじゃない! ボクの名前は、マルメッラーダだ……無事だったのかい、ラピエル」
塞がれていた口が自由になると、案内人は僕らの方に飛び下がり、剣士と向かい合った。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに……オマルは照れ屋だなぁ」
彼女は目深に被ったフードを外すと、長い髪を襟から振り抜き、一歩前へ進み出た。
その頭には、人間にはない2つの三角形の耳が生えている。
「はじめまして。このたびはお手数をおかけして恐縮です、リヒト殿下。私が石火の剣士、ラピエル・シグルズ=アララールです」
獣人族の騎士爵は、そう言って右手を差し出した。
「初めまして。リヒト・クヴェーレと申します。貴女が、大司教が仰っていた騎士爵の……」
もう臣籍降下したから、殿下という敬称は不適当ですと指摘しようとしたが、まあ国によっては公爵に対してもYour Highnessを使ったりするから、別におかしくはないのか?
まあ、呼び方くらいなんでもいいや。
それにしても、差し出された手を握って驚いた。指先の握力、手のひらの皮の硬さ、手首の柔らかさ、腕の筋肉のしなやかさ、どれをとっても彼女の剣士としての力量の高さを示している。
マントで全身を覆っているから判別できないが、身体の筋肉の付き方も、アナベルと良い勝負ではないだろうか。
「あたいはアナベル。リヒトさんの護衛」
「よろしく、アナベル。愛称は、アナ? あなたも獣人族……いえ、鳥人族かしら? でも、耳は森人族みたいね」
ラピエルはとてもフランクに、アナベルにそう話しかけた。
「ダークエルフとハルピュイアの混血。ラピエルは獣人族ね」
「うん。私は雑種の獣人だよ。猫人族の血が濃いけど」
猫というより豹やチーターのような印象を受けるが、なるほど身体能力の高さも頷ける。さっきのマルメッラーダを攫った動きも、恐ろしく俊敏だった。僕でなきゃ見逃しちゃうね。
「無駄口を叩いてる暇はないよ、ラピエル。どういう状況なの? もうこの街に追っ手が入って来ているじゃないか。馬より早く走れる君が、なんで騎馬兵に追いつかれているのさ」
マルメッラーダは、そう騎士爵をとがめた。
「それが、これのせいでなかなか思うように動けないの。そうじゃなきゃ、そもそもオマルやリヒト殿下達のお手を煩わせたりはしないよ」
そう言って、ラピエルは襟首を引き下げて首筋を露わにした。
そこには、毒々しいほど深い赤色の宝石で彩られた首輪がはめられていた。




