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異世界農楽集  作者: 夢忌無意味
第八章 とある騎士爵の亡命
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国境なき騎士団

「陸が見えてきた。思っていたより、近いです」

 南に向けて進んでいた船のなかから、アナベルは身を乗り出した。


「うん。直線距離で、30キロだったかな? そろそろ下船の準備をしておこうか」

 ザルツシュヴァルツ大公国は、インウィクトス帝国とは内海を隔てた隣国である。


 その最短ルートは、帝国東端の辺境伯領内ベスパー軍港と大公国北端の岬とを結んだ海路である。距離は、津軽海峡くらいしかない。


 陸路で行くことも可能であるが、その場合はインウィクトス帝国南東部にあるヘーアト侯爵領から、ネプトゥーナーリア帝国を経由して入国しなくてはならない。

 二度も国境を越えるのはリスクが大きい上に、オステンヴォルケからではあまりにも遠回りなルートだ。


「大司教いわく、国境なき騎士団の協力者が港で馬車を用意してくれているらしいけれど。ツァラトゥストラ首長国連邦への潜入作戦についての詳細も、その協力者から聞かされることになっているそうなんだ」

 港に降りて周囲を見渡すと、食糧輸送用の馬車が何台も連なって、帝国から来た支援物資船の荷下ろしを待っていた。

 戦災によって食糧の自給能力が失われた大公国は、こうした外部からの支援によって生きながらえている。


 おそらく協力者の馬車も、この食糧移送用馬車の集団に混じって、僕らを待っていると思うのだが。


「こちらです。付いてきて下さい」

 薄汚れた御者の格好をした少年が、すれ違いざまに声を掛けてきた。僕とアナベルは、その言葉に従って、周囲を警戒しつつ彼の後ろを付いて行った。


 一言も発しないまま、少年は僕らを荷台に乗るように促すと、馬車を南へ向けて走らせ始めた。


「ボクが今回の亡命計画において、ツァラトゥストラ首長国連邦への潜入、および同国からの脱出作戦を任されている、騎士団の協力者です」

 僕よりも年下……おそらく11,2歳くらいだろうか。こんな幼い少年まで、騎士団の構成員にいたのか。


 ーー「国境なき騎士団」。正式な名を「絶対神テラとヴァーラスキャールヴ神殿の貧しき戦友たち」。


 インウィクトス帝国の南に位置する、セフェル・ハ=バヒール大司教領・ヴァ―ラス島は、島全体が絶対神テラを祀る一つの神域となっている都市国家である。

 その中心にあるのが、皇統十二宮の会合が行われるヴァ―ラスキャールヴ神殿である。


 国境なき騎士団は、絶対神テラへの信仰を守護する、大司教直属の戦力である。22名の幹部と、56名の協力者から組織されているのだが、構成員のほとんどは行商人、家政婦、傭兵、宣教師、奴隷といった、あらゆる身分に偽装して国外に潜入している。


 この度、僕らが亡命を手助けする騎士爵というのも、この国境なき騎士団の幹部であり、傭兵としてツァラトゥストラ首長国連邦に潜入していた人物なのだそうだ。


「大司教から話は聞いているかと思いますが、現在、ザルツシュヴァルツ大公国からツァラトゥストラ首長国連邦に潜入する確実な方法は、ヴェストヴェスト要塞の地下に張り巡らされた通路を利用する他にありません。ボクの任務は、その通路の案内です」

 馬を操りながら、少年は振り返りもせずに、荷台の僕らに話し始めた。


「ご存知かと思われますが、先の戦争で使用された魔法の影響によって要塞周辺は瘴気に包まれているため、大公国側の人間も首長国連邦側の人間も容易に近付くことができません……ですが、どうやら公爵様がいれば、その瘴気に影響されることなく要塞周辺を行動することができるとか」

「ええ、まあ」

 僕は、気もそぞろに返事をした。これこそが、大司教が僕に騎士爵亡命の援助を依頼した最大の理由である。


 すなわち、ヴェストヴェスト要塞を包み込む瘴気に妨げられることなく、その近辺を往来できる人間というのが、それを生み出した張本人である僕の他にはいないというわけである。


 僕らを乗せた馬車は土埃をあげつつ、剥き出しになった道に浅い轍を刻みながら進んでいった。

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