旅の道連れ
「それにしても、リヒトも大変ねぇ……王族に謀反を起こして指名手配されている騎士爵の亡命の手伝いなんて、相当な厄介事頼まれちゃって。それも、極秘任務なんでしょう?」
バッハフォイアー辺境伯領内・ベスパー軍港まで見送りに来てくれたヴィヴィアンが、しみじみとそう呟いた。
僕はここから船でザルツシュヴァルツ大公国へと渡り、国境なき騎士団の協力者と接触、陸路からツァラトゥストラ首長国連邦に潜入しなくてはならない。
「全くだよ……でも、大司教直々の依頼なうえ、賢者様からも頼まれたんじゃ断るに断れないし」
まあ、本当は目先の黄金に目が眩んで首を縦に振ってしまったのだが。
「じゃあリヒトのことヨロシクね、アナ。アタシとカーモスは、色々な土地で顔を知られちゃっている上に目立つから、付いて行けないのよ」
確かに、ヴィヴィアンは巨体な上にドラァグ・クイーンみたいな格好をしているから、嫌でも目立つ。
というか、目立ちにきている。もはや目立ちたがっているまである。
カーモスも、その悪名(?)が各地に轟いているらしいから、行動を共にしていると間違いなく警戒されてしまう。
ということで、今回の旅のお供はハルピュイアとダークエルフのハーフ、アナベル・ダークブルームになった。
「任せて、姐さん。リヒトさんは、あたいがちゃんと守るから」
鋭い鉤爪のついた脚はブーツで、黒い翼はマントで隠している。これはツァラトゥストラでは一般的な服装である。きっと、うまく現地人にとけ込めるだろう。
それに、大陸北部では浮いてしまうアナベルの黒い肌も、向こうでは逆に然程不自然ではない色味に見えるだろうから、これも好都合である。
「頼りにしてるよ、アナベル……それじゃあそろそろ出港するみたいだから、行くね。僕の留守中、オステンヴォルケは任せたよ」
「任されたわ。行ってらっしゃい、二人とも。あんまり無理しないようにね? ニューフェイスを連れて帰って来るの、楽しみに待ってるわ」
軽く手を挙げて見送るヴィヴィアンを背に、僕とアナベルは船に乗り込んだ。
「軍服を着た人が大勢いる……これは民間の船じゃないのですか?」
「この船は、戦争で壊滅的な被害を受けたザルツシュヴァルツ大公国に食糧支援を行うための、軍民共用の定期連絡船なんだよ」
僕はフードを目深に被って、甲板に腰を下ろした。僕の顔を知っている軍上層部の人間が乗るような船ではないから、そこまで警戒する必要はないのだが、念には念を入れておくべきだろう。
「戦争……あたいは姐さんと旅をしてたから、詳しくは知らないです。どことどこの戦争でしたか?」
「うーん。色々な国の思惑が錯綜していたから説明が難しいのだけど、七年前にツァラトゥストラ首長国連邦が、ザルツシュヴァルツ大公国に侵攻して始まった戦争だよ。開戦直後に大公国全土をほぼ制圧した首長国連邦軍は、勢いそのままネプトゥーナーリア帝国とインウィクトス帝国にまで宣戦布告したんだ」
皇統十二宮のうち、二家を同時に相手にしていたにも拘らず、ツァラトゥストラ首長国連邦は序盤はかなり優位に立ち回っていた。
一時は首長国連邦軍がインウィクトス帝国南東部にまで侵攻したため、僕はエイルリフィアに疎開することになった程だ。
「インウィクトス帝国は、ネプトゥーナーリアと大公国亡命政権と協力して反攻を始めたのだけど……首長国連邦軍を国土から排除するのに一年、戦線を戦争前の国境線にまで押し戻すのに更に三年かかったからね。そして、敗走していた首長国連邦軍は、国境に築いていたヴェストヴェスト要塞で持久戦を始めて、陥落までに三年近く持ちこたえた」
その三年は、両国が兵力を無駄に削り合う泥沼の戦争であった。
僕が皇帝陛下に戦争への協力を要請されたのは、その状況を打破するためであった。
「ヴェストヴェスト要塞の戦いなら、あたいも聞いたことがあります。一人の正体不明の魔女の登場で、難攻不落の要塞が一晩で陥落したとか」
「……僕も、そこにいたんだ」
そして、いまから再びその地に行く。
戦前、ザルツシュヴァルツ大公国は西と東の文化が入り乱れた稀有な土地であった。だが、僕がそれを呪われた不毛の地に変えてしまった。
この土地は現在、稔りを結ばないどころか、草木も生えない。到底人間が住めるような場所ではなくなってしまっている。
苦しみの界域、障りの土地。ヴェストヴェスト要塞周辺はいま、そんな風に呼ばれているらしい。




