肥料と農薬
「貴方のように、農村の豊かな自然や素朴な農民の方々に深い思い遣りをお持ちの方が、なぜその魔法を使う資格がないのですか……?」
ティターニアさんは、視線を外した僕の顔を覗き込んだ。
「窒素を操る魔法の副産物として、僕はその他の気体の操作にも適性がありました。これは、土地を豊かにする肥料ではありませんが、農作物を守る農薬の精製に利用していました」
「農」の中心的課題は、一貫して農作物の収量の増大と品質の向上にある。そして増収を目指して注力された要素は3つ。ひとつは農地造成・土壌改良。ふたつ目は化学肥料・農薬の利用。みっつ目は品種改良。
僕が帝都の大学で修めた農芸化学という分野は、このうち特に化学肥料と農薬について研究する学問領域であった。
化学肥料と農薬は、安全性の面から批判を受けることも多い。だが、膨れ上がりつつある人口を支えるための大規模農業には、この二つが欠かせないこともまた確かなのである。
農地では1~少数種の作物が大部分を占め、雑草や樹木などその他の植物は排除される。そのため、生物多様性は自然生態系と比較して著しく低く、食物網も単純なものになる。
そのような生態系では、作物を好む病原生物や動物・昆虫にとっては、利用資源が豊富なうえに天敵が少ないという「理想的」状態が生じる。こうした状況になると、これらの生物だけが増殖し作物に大きな被害を与える事態になる。
また、農地は雑草にとっても競合する植物が限られているうえ、土地が肥沃であるという生育に適した条件を潜在的に備えている。除草の圧力がゆるければ雑草が繁殖してしまい、作物の減収をもたらす。
病害、動物害、雑草害に対応する三つの研究分野がある。植物の医学とも言える植物病理学、有害動物の防除を研究する応用動物昆虫学、雑草から防除をする雑草学である。農作物の有害生物を防除する中心は農薬である。
「僕の魔法は、作物を育てる肥料と、作物を守る農薬と、その両方を精製するものでした。これほど農業に適した能力は、それこそ樹木を操り植物と会話できるティターニアさんや、腐植土を超速で生み出し続けることのできるカーモスを除けば他にありません」
七妖でも不滅種でもない人間にとっては、強大過ぎる魔法である。
「ええ。大袈裟でなく空気から食物を生み出す魔法と言えます。大規模な設備も、材料の確保もいらず、空中から無尽蔵に肥料と農薬を取り出す……貴方の健康状態さえ回復すれば、フェロニアさんが言うようにオステンヴォルケの地力もすぐに元の状態に戻すことができ、秋にはきっとインウィクトス帝国内でももっとも豊かな稔に覆われるでしょう」
僕はティターニアさんの言葉に頷いた。僕だって、この魔法に暗い影が付きまとっていないならば、今すぐにでもそうしたい。
「ですが、僕は地を豊かにするための魔法で、地を汚してしまった……肥料と農薬は、平時には人を飢えから救うために使うことができます。ですが僕が生まれたこの世界は、泥沼のような戦争の時代でした。そしてそんな時代には、肥料と農薬は別の使い方ができてしまう」
「……別の使い方、ですか?」
僕は数カ月前に見て目に焼き付いた、焦土となった農地と、汚染された城塞都市とを思い出していた。
まだあれから半年も経っていない。あの土地に残った戦争の傷跡は、簡単には消えないだろう。
「戦時下において、鋤が剣に、鎌が槍に打ち直されるように、肥料は爆弾に……そして、農薬は毒ガスになるのです」
ティターニアさんの表情に、不安の色が滲み出てきた。
その顔は、僕に続きを話すことを躊躇させるには十分過ぎるほど切ないものであった。
しかし、彼女は続きを促すように、うつむいた僕に一歩にじり寄った。




