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異世界農楽集  作者: 夢忌無意味
第七章 農楽談儀
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爆弾と毒ガス

「爆弾と毒ガス……それが、戦時下に現れた貴方の魔法のもうひとつの姿なのですね」

 僕はティターニアさんの言葉に静かに頷いた。


「ティターニアさん……貴女は、許すことができますか? 技術を悪用され結果的にそうなった、というのではありません。僕は戦争の遂行のために、積極的に協力したのです。農を志したものが、人を幸福ではなく不幸な道に導いたのです。私は、裁かれるべき人間なのです」


 文明の光たる科学技術には、常に暗い影が付きまとう。光の皇子などと呼ばれていた僕は、光が強い分その影も色濃く浮かび上がっていた。


 高効率の窒素肥料である硝安、硝酸カリウムには、肥料以外にも使い道があった。硝酸カリウム(KNO3)は、昔は硝石と言われていた。硝石とは、古代中国で発明され、江戸時代には火縄銃の発射薬となり、近世ヨーロッパでも銃や大砲の発射薬として使わていた。そして現代でも花火や火薬として使われている「黒色火薬」の最重要原料である。


 爆発というのは、科学的には急速に進行する燃焼反応のことである。燃焼とは酸化であり、酸素が必要である。酸素は空気中に多く存在するが、爆発のような急速な反応に間に合うような酸素を供給するには、空気中の酸素では間に合わない。


 燃焼反応が急速に進行するには、炭素や硫黄といった燃料の近くに、爆発が起こると同時に大量の酸素を供給するような物質が存在していなければならない。一分子内に三個の酸素原子を持つ硝石(KNO3)は、その酸素供給材として理想的の物質である。つまり優れた窒素カリ肥料である硝酸カリウムは、優れた火薬でもあった。


 そして、病毒や害虫、雑草から作物を守る農薬も、その濃度を上げれば人間にさえ効き目がある。


 突き詰めてしまえば、爆弾と肥料、農薬と毒ガスとは双子の兄弟のようなものである。


「僕は肥料ではなく爆弾を、兵站を断つために農民が大切にしていた農地に施しました。そして農薬ではなく毒ガスを、敵兵の潜む要塞にばら撒いたのです……貴女は、僕のような残虐な人間を、許すことができますか?」

 さっと吹いた風が、静かに泉の水面を揺らした。桜の梢から離れた緑の葉が、肩にそっと落ちてきた。僕の告白は、自然のなかに吸い込まれていった。


「僕には耐えられないのです。勝利の二文字のうえに仕立て上げられた、光り輝く歴史の虚像を背負わされることが……どうしても我慢ならなかったのです。たくさんの人を直接死に至らしめたこの魔法が、人を飢えから救うことによって賞賛を浴びることが。だから、いまは使いたくないのです」


 ティターニアさんは目を伏せて、下唇を微かに噛んだ。


「……私には、貴方を裁く権利も、許す権利もありません。気休め程度の慰めの言葉をかけるつもりもありません。ですが」

 彼女は、僕をそっと抱擁した。自然の懐に抱かれているような、優しい心持ちがした。


「貴方の罪を一緒に背負うことならできます。一緒に苦しむことならできます。途方も無い時間がかかるかでしょう。一生かかっても取り返せるものではないかもしれません……それでも、贖い切れない罪を一緒に贖い続けることならできます。私は、幸福を貴方と分け合いたいと思うのと同じくらい、貴方の不幸も惨めさも苦しみも、分けて貰いたいと思っているのですよ」

 鼻の奥がツンとした。息が詰まった。僕は、ティターニアさんに抱かれるままになって、呆然と立っていた。


「ねぇ……リヒトさん。田植えも終わったことですから、このまま領地はクーボーさんや他の皆さん方に任せて、私と一緒にイグドラシルへ戻りませんか? 神樹の側でしばらく静養するのです。神樹の恵みを食べ、私と神樹の魔力を浴び続ければ、一年……いえ、数ヶ月でもとの健康状態まで回復できる見込みがあります。秋の収穫までには、きっと戻ってくることができますよ」

 ティターニアさんの言葉は、これ以上なく魅力的であった。だが、受けるわけにはいかなかった。


「とても嬉しい申し出なのですが、それはできません。これからが一番の農繁期ですし、諸々の事業もようやく軌道に乗り始めたところなのです。領地を長期間あける訳にはいきません……それに、この身体のことは、いましばらくは罰だと思って受け入れていますので」

「どうしてそのようにお考えになるのですか? この土地はリヒトさんを必要としています。クララさんやカーモスさんだけではありません。オステンヴォルケの人々は、貴方の健康を心から祈っているはずです……それは、私も同じです。そのためにも、いまの貴方に必要なのは、罰を受けることではなく、静養することです。贖い続けるためにも」

 その申し出を、僕は受け入れることも、拒むこともできなかった。


「……稲の収穫が終わった冬の農閑期であれば、あるいは。皆と相談してからになるでしょうけど」

「分かりました。ですがきっと、領民の皆さんも後押しをしてくれるはずですよ……それでは私は、一足先にイグドラシルに戻ってリヒトさんの静養の準備をしておきますね」

 ティターニアさんはそう言うと、首に下げていた小さな笛を音高く鳴らした。

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